自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。
「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく当連載は、フランスをはじめとする古くから“ワイン大国”として名を馳せる国から、アメリカなどの“ワイン新興国”まで、さまざまな国と産地を取り上げてきました。今回は「スペインワイン」「ポルトガルワイン」。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。
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スペイン&ポルトガルワインを旅する
「スペインワイン」や「ポルトガルワイン」というと、日本人にとって馴染みがあるのは、スペイン産では瓶内二次発酵のスパークリングワイン「カヴァ」や、安くて果実味豊かな赤ワイン、ポルトガル産では酒精強化ワイン「ポート」や、輸入ワインが初めてブームを巻き起こした際に注目されたヴィーニョ・ヴェルデの「マテウス・ロゼ」あたりでしょうか。
“スペインバル”が流行したこともあり、以前よりもスペインワインに親しむ機会は増えたのかもしれませんが、スペインやポルトガルのワインが好きという人は、まだまだ少数派のように思えます。
地理的に言えば、ユーラシア大陸の最東端に位置する日本にとって、イベリア半島は最西と遠いですが、日本に初めてワインが持ち込まれたのは室町時代。珍陀(チンタ)と呼ばれたそれは、ポルトガルワインでした。日本ワイン黎明期に大流行した「赤玉ポートワイン」もまた、ポートのイミテーションとして造り出されたワイン。イベリア半島は距離的には遠いのですが、文化的には日本が大きな影響を受けた地域であり、タバコや金平糖、天ぷらなどポルトガル由来で日本語化したものも多く、特にポルトガルは“遠くて近い国”と言えるでしょう。
日本ではほとんど見かけないポルトガルワインと、世界第1位のブドウ栽培国であるスペインワイン(日本の国別輸入では第4位)をひとくくりにして紹介するのも、いささか乱暴な気もするのですが、この二国はどちらも紀元前から続く長いワイン生産の歴史がありながら、20世紀中は1980年代のEU加盟まで、さまざまな社会情勢も相まってヨーロッパワインの主流からは追いやられたという共通点があります。どちらの国も今までにない大きな変化のただ中で、革新的ともいえる進歩を遂げているにもかかわらず、日本のマーケットではなかなか主役になりえていない現状もまた共通しています。また広大なイベリア半島のなかで、この二つの国は伝統的な品種から近代的なワインを産み出し始めているという点も、他の国にない魅力的なポイントです。
1. リベラ・デル・デュエロ(スペイン)
2. アンダルシア(スペイン)
3. ミーニョ地方(ポルトガル)
4. ドウロ地方(ポルトガル)
5. ダン地方(ポルトガル)
1. リベラ・デル・デュエロ(スペイン)
− イベリア半島でもっとも重要な河川デュエロ河の河岸 −
かつてカスティーリャ王国の宮廷が置かれていた歴史ある街、バリャドリードの東に位置し、東西に流れるドゥエロ河の両端に120kmに渡って広がるワイン産地が、リベラ・デル・デュエロです。
スペインはワイン生産量ではフランス、イタリアに首位を譲るもののブドウの栽培面積では世界1位、ヨーロッパのなかでも屈指のワイン大国に数えられるはずですが、大戦後国際的に孤立する社会情勢から長らくワイン産業は停滞してしまっていました。ワインは生産されていたものの輸出は大幅に落ち込み、他のヨーロッパ諸国がワインの近代化を推し進めるのに遅れをとりましたが、1985年に晴れてEUへの加盟を果たしたことから、スペインワインは新たな歩みを始めました。
そんなスペインワインの進化をもっとも体現している産地がリベラ・デル・デュエロです。元々スペインを代表するワイナリーであるベガ・シシリアがこの産地で優れたワインが産まれることを証明したのは1929年のことでした。バルセロナで開催された万国博覧会で金賞を受賞したことにより名声を獲得します。
ところが、リベラ・デル・デュエロにDO(スペインの原産地呼称法)が施行された1982年の時点で、ワイナリーはわずか24軒。1990年代にアレハンドロ・フェルナンデスの造るティント・フィノ(リベラ・デル・デュエロで改良されたテンプラニーリョ)、「ペスケラ」が世界中で高評価を獲得したため、国内外からの投資が増え、現代では300軒を超えるほどに急拡大を果たしました。スペインワインの新時代という意味ではリオハやプリオラートといった銘醸地よりもリベラ・デル・デュエロはこれからの可能性豊かな産地といえるのではないでしょうか。
Torres(トーレス)
「DO Ribera Del Duero Celeste Crianza2017(DO リベラ・デル・デュエロ セレステ・クリアンサ2017)」
3000円
輸入元=エノテカ
2. アンダルシア(スペイン)
− シェリー、ヨーロッパの最南端に見るシャンパーニュとの共通点 −
シェリーは、スペイン南部アンダルシア地方の3つの街、ヘレス・デ・ラ・フロンテラ、サンルカール・デ・バラメダ、エル・プエルト・デ・サンタマリアを結ぶ三角地帯で、アルバリサと呼ばれる石灰質土壌から造られる酒精強化ワインです。
シェリーのベースワインは、フロールと呼ばれる産膜酵母下で酸素と遮断されて熟成した薄い色調の「フィノ」と、酸化熟成に由来する琥珀色のコクのあるタイプの「オロロソ」の2種に大別されます。酒精強化されたワインは通常のワインに比べ、劣化しにくく輸送が容易だったため、古くからヨーロッパ諸国に輸出されてきました。特にイギリスでは食前酒としてシャンパーニュと並んで人気が高く、大英帝国の世界制覇時代に世界中に広めた文化のひとつでもあります。現在でも愛好家の間では“スペインの特に高品質な白ワイン”という認識に変わりはありませんが、1970年代から80年代に大量生産が行われ、シェリーの地位は大きく損なわれてしまいました。日本でもあまり知られていないのはこの当時のことが影響していると考えられ、アンダルシア地方におけるシェリー用のブドウ栽培面積は1990年頃に比べ1/4近くまで減少していることも事実です。
私はもともと、日本人には多様な食生活やアルコール度数などからもワインが向いていると考えているのですが、シェリーもより楽しまれればいいと思っています。その理由をいくつか挙げると、前述したように通常のワインに比べ、劣化しにくいため少しずつ飲んでも問題がなく、レモンなどの柑橘やソーダやトニックとの相性もよく通常15%程度のアルコール度数を薄めて楽しむこともできるからです。
シャンパーニュとシェリーはどちらも通常のワイン生産の道を歩まず、国内でも無類の個性を表現した白ワインであること、どちらも白亜の土壌で育まれ、イギリスが世界に広めたという多くの共通点がありますが、日本での楽しみ方という点では、シェリーは大きな余地があるように思えるのです。
下の「マンサニーリャ」は、海沿いのサンルカール・デ・バラメダでは冷たい海風の影響で厚いフロールが一年中保持されるため、フィノのなかでも特に薄い色調でフレッシュな味わいが特徴です。
Emilio Lustau(エミリオ・ルスタウ)
「DO Sanlúcal de Barrameda Manzanilla Papirusa(DO サンルカール・デ・バラメダ マンサニーリャ・パピルーサ)」
実勢価格2600円前後
輸入元=ミリオン商事
3. ミーニョ地方(ポルトガル)
− 緑のワイン、ヴィーニョ・ヴェルデ −
ポルトガルワインもまた、スペイン同様にEU加盟後に飛躍的にワインの品質が向上しました。また、カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといった国際品種が隆盛を極めるなか、国内の在来品種を守り続けているという点でも似通っています。国際品種の流行は同時にワインの地域性を薄めるといった指摘がされ、流行の見直しがされているなか、こうしたポルトガルの従来のブドウ品種で現代のワイン造りを行っていることはユニークであり、ひとつのワイン世界の最先端でもあるといえます。ミーニョ地方はポルトガル北西部ミーニョ河流域に広がるワイン産地で、日本でもよく知られる「マテウス・ロゼ」は、この地域のヴィーニョ・ヴェルデのロゼです。
直訳すると“緑のワイン”となりますが、ここでいうヴェルデは「若い」という意味でフレッシュな早飲みタイプ、元々はブドウが完熟する前に収穫される酸味の強い、痩せた没個性的なワインが大半を占めていました。ところが新世代の生産者たちはブドウを完熟させ、ワインの果実味や香りをより優れたものにするさまざまな工夫と努力の結果、現代的でみずみずしく、以前よりもアルコール分も高めの高品質なワインが造られるようになってきました。ブドウ品種はロウレイロといった地場品種をブレンドすることが主流でしたが、地続きのスペイン、リアス・バイシャスでも植えられるアルバリーニョが高品質ワインには採用され、大西洋沿岸の銘醸ワインとしての評価を固めつつあります。
下のワインは、まだ珍しいアルバリーニョを樽熟成させたレゼルバ・タイプ。オークのニュアンスに負けない柑橘系のリッチな果実感とアロマは地場のブドウを国際的なワインに昇華させた好例のひとつです。よく日本食に合うワインというテーマは、さまざまな議論を呼びますが、実はポルトガルの良質なヴィーニョ・ヴェルデはもっとも合わせやすいワインのひとつではないか、と個人的には考えています。そういった意味では初めて日本に来たワインがポルトガルワインならば、今でも古くて新しい、遠いようで近い存在なのもポルトガルワインなのかもしれません。
Soalheiro(ソアリェイロ)
「DOP Vinho Verde Reserva(DOPヴィーニョ・ヴェルデ レゼルバ2018)」
5000円
輸入元=木下インターナショナル
4. ドウロ地方(ポルトガル)
− ポートワインの産地ではスティルワインが新しい −
スペインから流れ込むドウロ河は、シェリーと並び、世界最高の酒精強化ワインであるポートワインの生まれ故郷です。シェリー同様にイギリス人によって世界中に広まったポートワインは、日本では早くから普及していた国産の甘味果実酒の影響か、一部の好事家に親しまれるにとどまり、一般には受け入れられなかったように思えます。
ですが、20年以上の壜熟成を経て真価を発揮するヴィンテージ・ポートは、ワインの熟成の美しさをもっともよく表現するワインのひとつで、私も贈り物用にバースデー・ヴィンテージを探している方には目的の生産年のヴィンテージ・ポートを見つければ迷わずおすすめする逸品です。通常のワインよりも状態の不安も少なく、その深みのある甘みはもちろん、数十年という変化を想像しながら楽しむという点では最高のワインなのです。
ただし、近年のポルトガルワインの飛躍で注目したいのは、ドウロ産の酒精強化をしないスティルワインの品質向上が目ざましいことです。赤ワイン用のブドウ品種は、主にスペインのテンプラニーリョに当たるティンタ・ロリスやトゥーリガ・フランカですが、スペインの凝縮感のある果実が印象的なのに比べ、酸を感じエレガントな赤ワインなどが目立ちます。
下のニーポートは、1842年創業の老舗ポートワインメーカーですが、5代目に当たるディルク・ニーポートは、そういったドウロ産スティルワインのパイオニア的な存在。ブルゴーニュに感銘を受けて試行錯誤されたスティルワインは、ポルトガルワイン新世代の代表格といっていいほどの造り手です。ワイン名のヴェルテンテは“新たな視点”というネーミング。新時代のポルトガルワインはまだ一部の好事家のためのワインにとどまっていますが、より広く知られることを願っています。
Niepoort(ニーポート)
「DOP Douro2016(DOPドウロ ヴェルテンテ2016)」
3300円
輸入元=木下インターナショナル
5. ダン地方(ポルトガル)
− 壇 一雄の愛したポルトガルの銘醸地 −
ドウロ地方の南、スペイン国境と大西洋の中間に位置する内陸のワイン産地、ダンは、古くからポルトガルのスティルワインの銘醸地でした。16世紀、マヌエル一世からジョアン三世のポルトガル王国の黄金期にこの地域の保護を命じたといわれることからも、日本に初めて上陸したワインは、ダン産のものだったのかもしれないと想像できます。ですが、20世紀中ごろには栽培農家間での競争意識の低下から、手間のかかる高品質種であるトゥーリガ・ナショナルの栽培が減り、量産種の栽培が主流となる時期があり、ワインの品質は著しく低下しました。
そういった傾向に危機感を抱いた優良なワイン生産者は、ブドウ畑を購入し高品質種を独自で栽培したり、契約栽培農家に指示して造らせた良質のブドウに市場よりも高い価格で買い取ったりするようになりました。こうした動向に中小のワイン生産者も追随し、畑の改善や醸造設備の革新が起こったのが、やはりEUに加盟した時期と重なってきます。
以前は複数品種のブレンドが主流でしたが、下の「キンタ・ドス・ロケス」は単一品種でのワインを試行錯誤し「トゥーリガ・ナショナル1996年」が2000年版ワイン&スピリッツでポルトガルワインの最高得点を獲得するに至ります。ポルトガルで大作「火宅の人」を書きあげた作家、壇一雄氏は、自分と同じ名前のダン・ワインにほれ込み、愛飲したといわれていますが、その頃のダン・ワインよりも現在のダン・ワインの方が間違いなく美味しいのです。
Quinta dos Roques(キンタ・ドス・ロケス)
「DOP Dàn Touriga Nacional2016(DOP ダン トゥリガ・ナショナル2016)」
4000円
輸入元=木下インターナショナル
【プロフィール】
ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)
カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/