【意外と知らない焼酎の噺06】
第3回「いろんな「甲類焼酎」を飲み比べて味わいの違いを実感する噺」で、樽貯蔵熟成酒のブレンドによって甲類焼酎の味が大きく変わることを知った倉嶋さん。今回はその「樽貯蔵熟成酒」ができるまでを、宮崎県の高鍋町にある宝酒造 黒壁蔵で実際に見学してきました。
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黒壁蔵のある宮崎県高鍋町とは
宮崎県児湯郡(こゆぐん)高鍋町は、日向灘に面した宮崎県のほぼ中央に位置する町。江戸時代には秋月家3万石の城下町として栄え、明治以降は児湯地方の中心地として発展しました。町の東部には、宝酒造の焼酎工場「黒壁蔵」があります。
東に日向灘を臨む高鍋は、海の町としても人気。特にビーチスポットとして知られるのが、高鍋駅からも近い場所にある「蚊口浜(かぐちはま)」です。南北に長い海岸は海水浴向けとサーフィン向けにエリアがわかれ、さらにキャンプ場を併設しているなど多彩な遊びができます。
宮崎が誇る最近の大きな話題といえば、県庁所在地の宮崎市における2021年の餃子購入額(1世帯あたり)が初めて日本一になったこと。そんな宮崎のご当地餃子といえば、何を隠そう高鍋町の「高鍋餃子」です。
こちらは、同県屈指の名店として知られる「餃子の馬渡(まわたり)」と「たかなべギョーザ」が人口2万の高鍋町にあることが背景にあります。特徴は、高鍋名産のキャベツの他に玉ねぎ、にらなど野菜が多めであること。
宝酒造「黒壁蔵」とは
高鍋町にある宝酒造の「黒壁蔵」は、同社における焼酎製造の主要拠点。シックな黒い建物やタンクが広大な敷地内に立ち並ぶ、圧巻のスケールです。黒いルックスは、日向灘から吹く風のミネラル分を栄養源とする黒い微生物が外壁に繁殖し、工場全体が黒く見えるのだと言われています。
倉嶋さんを案内してくれたのは、工場長の岡 博和さん。まずは黒壁蔵の成り立ちから教えていただきました。
岡 倉嶋さん、ようこそ黒壁蔵へ! 今日はよろしくお願いします。
倉嶋 こちらこそ、よろしくお願いします。楽しみにしていました! 黒壁蔵、スゴいですね。風格と歴史を感じます!
岡 ここはもともと1938年に、アルコールを製造する官営の工場として設立しています。やがて戦後に民間払い下げが実施され、1952年に当社、宝酒造に移管されました。その後、2004年に現在の黒壁蔵へと名称変更して現在に至ります。
倉嶋 今の名称になったのは比較的最近なんですね。黒壁蔵、かっこいい響きです!
岡 ありがとうございます。当社は全国に6つの工場があり、以前倉嶋さんにお越しいただいた松戸工場は東日本の主幹工場です。そして黒壁蔵は芋焼酎や麦焼酎などの製造を行うとともに、当社が保有する樽貯蔵熟成酒の重要拠点でもあります。
倉嶋 6つの工場それぞれに役割があるんですね。神戸・灘や京都・伏見の工場は、“灘・伏見”で知られる日本酒の聖地ですから、日本酒の拠点ですよね。
岡 はい。そして灘は「白壁蔵」という名称でして、焼酎工場であるここ「黒壁蔵」と対をなす大切な製造拠点ですね。
倉嶋 高鍋という町も自然がいっぱいで素晴らしいです。おいしい焼酎ができるに決まってますね!
岡 宮崎の温暖な気候はさつまいもの栽培や樽貯蔵の熟成に適していることはもちろん、高鍋は東に日向灘、北に尾鈴山を望む自然豊かな環境にあることも魅力です。
倉嶋 樽貯蔵熟成酒について、今日はしっかり学ばせていただきます!
いざ、樽熟成の現場へ
岡 では、これより着替えていただき、工場内の見学へとまいりましょう。まずは連続蒸留室へご案内します。
倉嶋 ということは、連続式蒸留機がある場所。甲類(こうるい)焼酎の製造現場ですね。
岡 そうです。甲類焼酎の造り方はこれまでの回で触れていたと思いますけど、あらためて簡単におさらいしましょう。蒸留機には、「単式蒸留機」と「連続式蒸留機」があります。単式蒸留機は1回のみ蒸留を行う仕組みですね。単式蒸留機によって造られた、原料の風味が残る焼酎が乙類(おつるい)焼酎で、「本格焼酎」とも呼ばれます。
倉嶋 今回は甲類焼酎がメインですけど、黒壁蔵では本格焼酎も造ってるんですよね?
岡 はい。全量芋焼酎の「一刻者(いっこもん)」や、芋・麦・米など様々なバリエーションがある「よかいち」などの本格焼酎も、ここで造っています。では、甲類焼酎をつくる連続式蒸留機とはどういうものか。これは単式蒸留機の仕組みを連ねた複雑な構造です。連続的にもろみを投入することができ、機械のなかで何度も蒸留できるのが特徴。この連続式蒸留機で造られた焼酎は甲類焼酎と呼ばれ、蒸留を繰り返すことでピュアな味わいの焼酎になります。ということで、ここからは製造担当で次長の一上(いちかみ)と一緒に、連続蒸留室へまいりましょう。
一上 一上です。よろしくお願いします! ここは樽貯蔵する前の個性の異なる様々なタイプのアルコールを造っている施設です。
倉嶋 松戸工場もスケールが大きかったですけど、こちらもスゴいですね。
岡 サイズでいえば、松戸工場はさらに巨大で黒壁蔵の8倍はあります。また、松戸工場の甲類焼酎づくりではピュアなアルコールの蒸留が主目的ですが、黒壁蔵の場合は狙った味の成分を残したアルコールづくりがメインとなり、そこからブレンドなどを経て約85種類の樽貯蔵熟成酒を造り分けしています。
倉嶋 そうでしたね。以前の取材で約85種類あるとお聞きしました! ちなみに、この上はどうなっているんですか?
一上 この連続式蒸留機には階段とフロアを設けて全6階の設計となっています。高さでいえば、30mほどありますね。試しに2階へ上がってみましょうか。
倉嶋 連続式蒸留機の内部はこのようになっているんですね! 驚きです。
岡 泡鐘の機能により、ブレンドに必要な味を造り分け、それぞれの棚から狙ったアルコールを取り出しています。そして蒸留したばかりの透明なアルコールを樽に詰めて何年も寝かせ、まろやかな味や深み、甘い香りなどをもたらせていくというわけです。
倉嶋 寝かせることで、奥行きのある味わいの樽貯蔵熟成酒になっていくんですね。
岡 おっしゃる通りです。では、次はいよいよ樽貯蔵熟成酒の本丸。貯蔵庫へご案内します。
倉嶋 わっスゴい! 入った瞬間からおいしそうな香りがしてきます。
一上 ここはラック式の手動樽貯蔵庫です。文字通り、クレーンで樽を縛ってラックに積み上げていくのですが、津波対策や安全性などを考慮して、いまは自動式のほうが主流です。自動式はこのあとご案内しますね。
倉嶋 ラックは最高で7段までありますけど、以前はこの手動式で積み上げていたんですか?
岡 はい。ただ、今はもう手動で7段まで積み上げることはないですね。昔は手動式の貯蔵庫が7棟ありましたが、現在は2棟。一方で、巨大な自動式が4棟あります。樽の数は合計で約2万樽ですね。
倉嶋 2万! これまたスゴい数ですね。ちなみに、ここにある樽の材質や熟成期間は?
一上 樽の材質は、基本的にウイスキー用のアメリカンホワイトオークですね。一部、シェリー酒などに使われるフレンチオーク樽、ほかに桜樽や栗樽などもあります。熟成期間は、古いものですと30年以上の樽もありますね。目の前にある樽は2002年から熟成している、ちょうど20年ものです。香りだけですが、テイスティングしてみますか?
倉嶋 20年ものなんて、きわめて稀少ですよね。うれしいです!
一上 お、これは実に見事な色づきですよ。20年ものなので、天使の分け前(熟成過程でアルコールが蒸発し、樽の中身が減ること)もかなりあります。では、どうぞ。
倉嶋 きれいな琥珀色! あぁ、洋酒を思わせるキャラメルやバニラのような甘い香りがします。アルコール度数が高いからか、力強い香りもしますね。これは絶対おいしいやつです。
岡 喜んでいただけてよかったです。では、次は自動ラック式の貯蔵庫へご案内しましょう。自動式は、機械が積み上げなどをやってくれるので安全性や効率がよく、また手動式より数多く積み上げられることもメリットです。
一上 この貯蔵庫は、1986年に建てられました。自動式といってもなかなか歴史があって、実は昭和のころには既にあったんです。
倉嶋 こちらは手動式に比べてぎっしり積まれている印象です。こちらは機械で操作して、それぞれの樽を積んだり降ろしたりするわけですよね?
岡 その通りです。用途は多岐にわたり、ただ貯蔵するだけではありません。例えば上部のほうが高温になり、熟成スピードも速くなるため定期的に樽の入れ替えを行っています。また、樽の新旧によっても熟成速度は異なるので、中身の入れ替えをするためにも積み降ろしを行います。
樽の再生加工も行う
岡 黒壁蔵では樽の再生加工も行っていますので、次はそちらにご案内します。
倉嶋 再生ということは、組み直したり焼き直したりするんですか?
一上 はい。長年熟成すると、熟成効果が薄れたりするのですが、再生することで、最長で30~40年ほど使用することができるんですよ。樽も貴重な資源ですから、地球環境のためにも、うまく活用していきたいという考えです。再生工程にはいくつかの手順があり、樽の内部を削った後、熟成効果を高めるためにバーナーで焦がす作業を行います。
倉嶋 バーナーの熱は何度ぐらいになるんですか?
一上 遠火でじっくり加熱する「トースト」と、直火で加熱する「チャー」があるのですが、目安は約300℃。焼く時間は20~30分が一般的で、樽によっては60分近く行うこともあります。
【チャーの仕上げ工程の動画】
倉嶋 最後はここまで豪快に焼き上げるんですね。想像以上でした! あと、樽の内側から漂ってくる香りがまたたまりませんね。
岡 この樽はまだ熱をもっているのですが、その間に締め直しとフタの装着を行います。
倉嶋 そうなんですね。熱い方がいい理由はあるんですか?
一上 焦がした熱によって、締め付けられた樽の張りが緩くなるので、熱いうちにタガを外し、隙間ができないよう整えながら入念に締め直すんです。
樽貯蔵熟成酒の味は?
岡 本日最後にご案内するのは試験室です。ここはサンプルのチェックや製品の最終検査を行う場所で、物質の香気成分を検査したり分析したりすることが主な役割。そして今回は、そのなかにある官能検査室をお見せしますね。ここでは主に香りや味をテイスティングして、適正な品質になっているかをチェックします。
一上 今回用意したのは11種類。多くはアルコール度数が60%を超えますので、検査する際には25%に加水調整してチェックします。
倉嶋 なかには熟成前の透明なものもありますよね。これらはそれぞれ、どんなアルコールなんですか?
一上 ひとつは大麦原料の甲類焼酎で未貯蔵タイプ、1年熟成、3年熟成と熟成年別に。他にもコーン原料の甲類焼酎の1年熟成、3年熟成ものなど原材料別でも用意しています。
倉嶋 同じ原材料でも、熟成の深さで味わいがどう変わっているかをチェックするんですね。面白そう!
岡 倉嶋さんも、ぜひテイスティングしてみてください。
倉嶋 やった! では大麦の焼酎を熟成の若いタイプからかぎ分けます……。あっ、やっぱり年を重ねていくと甘い香りやまろやかさが強くなりますね。同時に、複雑味も増していくような気がします。
一上 原材料の違いでも、感じ方が異なりますよね。
倉嶋 はい。特に、熟成酒になると違いがはっきり出てきますね。大麦はウッディで奥行きのある甘さ、コーンはもう少しストレートな甘みですけど、バニラのニュアンスを豊かに感じます。これらをブレンダーの方が調合して製品に仕上げていくんですよね?
岡 その通りです。基本的なレシピは決まっているのですが、樽貯蔵熟成酒が約85種類ありますから、それぞれの個性をどうブレンドし、統一されたおいしさに仕上げていくかは腕の見せ所です。
倉嶋 その組み合わせは天文学的な数字になりますよね。すごいなぁ。
一上 倉嶋さんにそう言っていただけるとうれしいです。今回テイスティングいただいたのは一部ですが、これらの樽貯蔵熟成酒がブレンドされることで、当社の製品にそれぞれの個性をもたらし、「宝焼酎」をはじめとした様々な製品のおいしさに寄与しているんです。
倉嶋 例えばブレンド比率が13%なら「純」、20%なら「レジェンド」ですよね。奥が深いです!
岡 さすが、よくご存じですね! もちろんお店で飲むチューハイのベースとなる焼酎や、「タカラcanチューハイ」「焼酎ハイボール」「極上レモンサワー」などの製品も、絶妙なバランスでブレンドした樽貯蔵熟成酒がおいしさの要となっています。ぜひ今度飲まれるときに感じていただけたらうれしいです。
倉嶋 はい。今回の工場見学も勉強になりましたし、なにより樽貯蔵熟成酒の魅力をいっそう知ることができてよかったです!
樽貯蔵熟成酒を現地で体感し、宝酒造が誇る甲類焼酎の神髄に近づいた倉嶋さん。次回の「意外と知らない焼酎の噺」もご期待ください。
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