とどまるところを知らない、世界的なウイスキーブーム。なかでもシングルモルト(単一の蒸溜所で生まれるモルトウイスキー)、特にジャパニーズウイスキーのシングルモルトは大人気で、国内外から注目を集めています。
今回紹介するのは“日本のウイスキーの父”と呼ばれ、いまも語り継がれる朝ドラ「マッサン」の主人公でもある竹鶴政孝氏が創業した、ニッカウヰスキーのシングルモルト「余市」「宮城峡」の限定品。お酒好きならぜひチェックしていただきたい、本プロダクトの魅力を開発者インタビューとテイスティングでレポートします。
醗酵工程で酵母が生む多様な香りに着目
今回の限定品は、2024年に創業90周年を迎えるニッカウヰスキーのアニバサリー企画の一環。昨年「マジ旨!ピートの効かせ方を真逆にした「余市」「宮城峡」の限定ウイスキーを試飲」で第1弾を紹介しましたが、その第2段にあたるのが「シングルモルト余市 アロマティックイースト」と「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」です。
「余市」「宮城峡」ともに「アロマティックイースト」と銘打たれていますが、これこそが今回のテーマ。そう、アロマティックなイースト(酵母)に着目したシングルモルトとなっているのがポイントです。
開発の舞台裏を教えてくれるということで、それぞれの香味設計などに携わった主席ブレンダーにインタビュー。まずは、ウイスキーにおける酵母について聞きました。
筆者は普段、様々なお酒を取材するなかで酵母の話もよく見聞きしますが、よく登場するのは日本酒やビール、ワインなど。なかでも日本酒では「きょうかい酵母」という日本醸造協会が頒布している酵母が有名で、秋田の新政酒造が発見した6号酵母、長野の宮坂酒造(代表銘柄は「真澄」)が発見した7号酵母などは広く知られています。また、ビールでは「アサヒスーパードライ」の318号酵母がビッグネームでしょう。
一方、ウイスキーで酵母が積極的に語られることはあまりありません。それもあって、今回の「余市」と「宮城峡」が酵母に着目したというのは気になるところ。背景から聞きました。
「アロマティックイーストでは、とりわけ醗酵工程で酵母がつくり出す多様な香りに着目しました。約90年の歴史のなかで数々のトライがあり、その足跡を残すうえでも魅力的な原酒は使っていきたいなと。当社ではウイスキーに適したディステラーズイーストのほか、ビール酵母やパン酵母、あるいは自然界にある野生酵母など多彩な株をストックしており、試験的に使うこともあるんですね。そうしたコレクション酵母を用いた原酒のなかから、狙った香味をもったタイプをブレンドしたのが『シングルモルト余市 アロマティックイースト』です」(綿貫さん)
限定の余市は洋なしを思わせる吟醸香が芳しい
数ある原酒のなかから、綿貫さんの想像力を刺激したのが吟醸香(日本酒でよく用いられるフルーティな香り)にも似た華やかさ。酵母の働きによって麦芽が発酵する際に生まれる、フルーティなエステル香に特徴をもつ原酒をブレンドし、味わいを組み立てていきました。
「もともと余市には華やかなエステル香があるので、よりその魅力をきれいに出すかという点は苦労しました。また、余市はピート感も特徴ですから、スモーキー香を出しつつエステル香をマスクしないようにと。そのため、樽に関しても熟成香が強すぎるものは使わず、ユーズド樽と活性樽(焼き直した樽)を中心に、主張しすぎない樽の原酒を選びました。これら、全体バランスの調和がブレンドのカギとなっています」(綿貫さん)
吟醸のニュアンスをもったエステル香に、余市ならではのスモーキーさとは非常に好奇心をくすぐられます。ということで、スタンダードな「シングルモルト余市」と「シングルモルト余市 アロマティックイースト」とで飲み比べつつテイスティング。今回も、ディスカバリーというシリーズ名にも納得の発見がありました!
今回の「シングルモルト余市 アロマティックイースト」は、ピートのコクやビター感もありつつ、りんごやバナナなどの明るいフルーティさも。さらに洋なしを感じさせるフレッシュな果実味は、確かに吟醸香のように凛々しく上品。ラストは、マーマレードを思わせるビタースイートな余韻が心地よく続きます。
宮城峡はアプリコットの果実味が絶妙に調和
一方の「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」については、渡邊さんが解説してくれました。キーとなったのは、アプリコット(杏)を彷彿とさせる、甘く魅惑的な香りを生む酵母。また「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」では、酵母の種類はスタンダードでありつつも、発酵時に工夫をすることで個性的な香りが出る特性を活用しているそうです。
「スタンダードの宮城峡は、青りんごなどエレガントな果実味が魅力のひとつ。アロマティックというテーマを踏まえ、持ち前のキャラクターをベースに、より個性をお伝えできる味わいをイメージしました。そこで目指したのは、フルーティでありつつもキャラクターが異なる果実感です。そこでひらめいたのが、発酵時の工夫で生まれたアプリコットの香味をもつ原酒。20年以上も眠っていたコレクションから今回抜擢した形となります」(渡邊さん)
とはいえアプリコット香の原酒はキャラクターが非常に立っていて、そのコントロールが苦労点だったとか。あるポイントを超えると宮城峡らしい華やかさが弱まってしまう一方、ポイントを下回れば香りそのものが消えてしまう。このバランスに気を配りながらブレンドをしたと渡邊さんはいいます。
「例えば、樽に関してはユーズドを多めに使っています。そのぶんスタンダードの宮城峡よりも、シェリー樽など香りの強いタイプは多少減らしました。また、ピートの強い原酒を加えてスモーキーさを出しつつ、アプリコットの甘みを引き締めてマスクしすぎないように調整しました」(渡邊さん)
そして今回の「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」をチェック。なるほど、明るみがあって熟した果実のニュアンスは、確かにアプリコット。その奥には、ほのかにベリーの甘酸っぱさやチョコレートのコクやビターなテイストも感じます。甘みとともにほどよいピートや樽の香りも続き、「シングルモルト宮城峡」より大人な印象を受けました。
アルコール度数が高い理由とペアリングを解説
スペックに関する補足として、「シングルモルト余市 アロマティックイースト」はアルコール度数が48%、「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」が47%と、スタンダードの45%より少し高くなっています。この理由は、「ノンチルフィルタード」といって、あえて冷却ろ過をしていないから。
多くのウイスキーでは澱(おり)を除去するため冷却ろ過を行いますが、澱は味や香りに厚みをもたせる成分も含んでいて、できれば残しておきたい要素。そこで、アルコール度数を高めて澱を溶け込ませるのです。その最適なパーセンテージが今回の場合、48%と47%だったのです。
最後にフードペアリングについて聞きました。まずは「シングルモルト余市 アロマティックイースト」から。
「余市の原酒自体が香ばしさや穀物の甘みをもっていますので、今回のように華やかなアロマを立たせるうえでは、コクの豊かなナッツがオススメです。フルーツはドライマンゴーを用意しましたが、ほかのドライフルーツでも、またはフレッシュフルーツでもおいしいですね。あとは余韻のビター感、オレンジ系の柑橘感を楽しむにはチョコレートが合うかなと思います」(綿貫さん)
「『シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト』は比較的甘みを際立たせているので、しょっぱいおつまみとペアリングすると、その甘みがより際立ちます。サラミやビーフジャーキーは、それに加えオイリーなニュアンスが合うと思いますし、牛脂の甘さはアプリコットの甘さと親和性があります。また、その他のしょっぱい系のおつまみやナッツとも好相性なので、例えば柿の種やピーナッツなどもオススメです」(渡邊さん)
今回紹介した「シングルモルト余市 アロマティックイースト」と「シングルモルト宮城峡 アロマティックイースト」、ともに国内では1万本限定ということもあり、プレミア的な価値が付いていますが、バーなどで飲むことはできるはず。見つけた際はぜひチェックを。そして、2023年にも登場するであろう次回の「NIKKA DISCOVERYシリーズ」も、いまから要チェックです!
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