「週刊GetNavi」Vol.56-3
Appleはスマートスピーカー「HomePod」を、利益重視・高価格路線で販売する。約350ドルという価格はライバルに比べ200ドル近く高く、かなり不利な価格帯である。
ではAppleはそのコストをどこにつぎ込んだのか? ひと言でいえば「音質」だ。スマートスピーカーは、海外においては音楽体験を軸に売れている。だが多くのスマートスピーカーは、オーディオ機器として見るといまひとつな音質でしかない。価格重視であり、「なんとなく部屋に音楽が流れていればいい」感じの製品になっている。そこで音質を重視するのは、ひとつの方向性として正しい。
だが、音質をいくら重視しても、本当に高く売れるのだろうか? そもそも、スマートスピーカーで聴かれている音楽は、ネットからストリーミングで再生されるものだ。いわゆるハイレゾではない。ステレオで音を聞くには、当然左右にスピーカーが必要で、その音が理想的に聞こえる範囲も限られる。そういう状況では、普通にやれば、「いいスピーカーをつける」くらいしか差別化要因がない。それでは別に高くならないし、仮にやったとしても、効果はたかが知れている。スピーカーの構造を変えないと音質の劇的な改善は行えないし、そこまでやっているスマートスピーカーはほとんどない。
AppleがHomePodでやろうとしているのは、まさにスピーカーの構造を変え、音質の体験を変えることだ。
HomePodには7個のツイーター(高音用スピーカー)がある。ここから出る音は、6つのアレイマイクを使って判定される「周囲の状況」に合わせて調整される。例えば、壁の前にスピーカーを立てると、音は壁に反射する。通常は、反射した音とスピーカーから出る音が混ざるので、周囲に壁がない時とは音質が変わってしまう。だがHomePodは、周囲に壁があることを認識し、それに合わせて音の出方を調節するので、音質が良くなる。また、聴いている人がひとりの場合には、その位置を大まかに把握し、そこに向けて音を絞り込むことで、自分には迫力ある音に聴こえるが、周囲にはそこまで大きな音には聴こえない……といった体験ができる。部屋全体に響かせたい時は、もちろんそのように変えられる。
このような工夫は、従来はホームシアター向けのスピーカーで、音が出る場所を調整するために使われていた技術の応用である。音楽向けスピーカーでの活用例は少ない。どのくらい効果的なのかは、実際の製品でのデモが行われていないので、まだよくわからない。しかし、Appleはそこに差別化要因がある……と判断しているわけだ。
そもそもAppleは、濃い「Appleファン」を抱えていることが強みだ。Appleのサービスに登録し、Apple製品を多く使っているユーザー向けに体験を最適化すれば、やはりそこでも「体験」を差別化できる。音質も含めた体験の差別化こそ、Appleが「他社よりも高くても売れる」と考える点そのものなのである。
では、Appleが不利な点はどこか? そして、日本ではどうなるのか? そのあたりは次回のVol.56-4以降で解説する。
●Vol.56-4は7月18日(火)公開予定です。