吸引力の落ちない掃除機、羽根のない扇風機、熱くないドライヤー。数々の革新的な家電を開発しているダイソン。そのダイソンの創始者であるジェームズ・ダイソン氏が、若いエンジニアを支援する目的で設立されたのが「ジェームズダイソン財団」だ。
ジェームズダイソン財団では、若いエンジニアのための国際的なアワード「ジェームズダイソンアワード」を主催。応募資格は、プロダクトデザインやエンジニアリングを学んでいる学生、および過去4年以内に卒業した人。チームでの応募も可能だ。
第12回目となる2017年は、世界23か国、1027の作品の応募があった。そのなかから、日本国内での審査を通過した5作品が国際最終審査へ進出。そして、うち3作品が国際最終審査のTOP20へ入賞した。この記事では、昨年12月に行われた国内受賞作品表彰式セレモニーの様子と、国際TOP20に選ばれた3作品の受賞者へのインタビューをお届けする。
授賞式には国内審査通過5作品が登場
ジェームスダイソンアワードのテーマは、一貫している。そのテーマとは「問題を解決するアイデア」。日常生活におけるあらゆる問題を、テクノロジーで解決しようというのがテーマ。決まったジャンルがなく、毎年のテーマ設定もない。それだけに、応募するエンジニアは長い時間をかけて作品の開発に当たることも可能だ。
今年のセレモニーでは、まず国内審査員と過去の受賞者、そして今年の受賞者のパネルディスカッションからスタート。パネラーは、国内審査員を務めるジャーナリスト・コンサルタントの林 信行氏、2015年、2016年と国内受賞をしている山田泰之氏、そして2017年の国内最優秀賞を受賞した孫 小軍(そんしょうぐん)氏が登壇。
それぞれ、このアワードの魅力や受賞後の変化、そして審査員から見たアワードの成長などについて語った後、これからのデザイナーやエンジニアに求められる資質や、今後のアワードへの期待などを述べていた。
続いて国内審査員である林 信行氏と、デザインエンジニアでありTakramディレクターの緒方壽人氏による講評があった。
林氏は「歴史的にジェームズダイソンアワードは福祉や医療関係の作品が多いが、今年は幅広いバリエーションの応募がありました。必ずしも深刻な課題だけではなく、視野を広げて審査をしました」とコメント。緒方氏は「発見した問題に対する問いの立て方と、それをどのように解決していくかという過程、そしてものづくりをしてプロトタイピングをしていくプロセス。この3つのポイントを重視して評価を行いました」と、評価のポイントを説明していた。
今回の国内応募は、過去最高の50作品。審査には5時間を費やしたという。そして選ばれたのが次の5作品だ。
国内第5位 ReverseCAVE: VRデバイドを解決するためのパースペクティブ共有技術
製作者:石井 晃氏(筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻)、
鶴田真也氏(筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻)、
鈴木一平氏(筑波大学 情報学群 情報メディア創成学類)、
中前秀太氏(筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻)、
皆川達也氏(筑波大学 情報学群 情報メディア創成学類)
概要:VRゲームなどの仮想空間を楽しむには専用のヘッドマウントディスプレイ(HDM)が必要となるため、プレーヤー以外にはVRで何が行われているのかがわからない。そこで、空間を覆う半透明スクリーンと多数のプロジェクター等で構築される “ReverseCAVE”システムを開発。VR空間がスクリーンに映し出されることで、VRプレーヤーと観客が同時にVR空間を楽しめる。
国内第4位 Telewheelchair
製作者:橋爪 智氏(筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科 図書館情報メディア専攻)、
鈴木一平氏(筑波大学 情報学群 情報メディア創成学類)、
髙澤和希氏(筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科 図書館情報メディア専攻)
概要:遠隔からの操作が行える電動車いす。遠隔操作技術と360度カメラ、そしてAI技術を組み合わせることで、障害物検知や環境認識を実現。介助者がいなくても安全な走行を行うことができる。
国内第3位 ~Cuboard~クローラユニットシステムを用いた雪上にて走行可能な小型モビリティ
製作者:寺嶋瑞仁氏(長岡技術科学大学大学院 工学研究科 機械創造工学専攻 兼 ㈱CuboRex 代表取締役社長)、
上脇優人氏(長岡技術科学大学 工学部 電気電子情報工学課程 兼 ㈱CuboRex 勤務)、
冨田 青氏(長岡技術科学大学 工学部 電気電子情報工学課程 兼 ㈱CuboRex 勤務)、
パドロン ファン氏(長岡技術科学大学大学院 工学研究科 電気電子情報工学専攻 兼 ㈱CuboRex 勤務)
概要:雪深い地域では自転車やバイクといった交通手段が使えない。必然的に自動車に依存することになるが、渋滞などを引き起こし移動に時間がかかる。そこで、手軽に雪上を移動できるモビリティを開発。片手で持てる重量で、雪国での冬場の移動を快適にする。
国内準優秀賞 Digital Garden
製作者:ベン バーウィック氏(東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻 修了、現 オーストラリア在住)
概要:太陽光発電などが注目されるなか、集合住宅ではソーラーパネルの設置がしづらいため、なかなか普及していない。そこで、折り紙工学によりデザインされたソーラーパネルを開発。太陽光による発電ができるほか、パネルの照り返しで部屋の内部も明るくする。
国内最優秀賞 SuKnee -障害者のモビリティを高めるロボット義足
https://youtu.be/9B1HP0fXyWk
製作者:孫 小軍氏 (東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻)、
菅井文仁氏 (東北大学大学院 工学研究科 修了、現 東京大学大学院 情報理工学系研究科 創造情報学専攻 特任助教)、
佐藤翔一氏 (慶應義塾大学 環境情報学部 卒業、現 東京大学 生産技術研究所 研究員)
概要:既存の義足は動力を持たないものが多く、歩行中に転びやすい。そこで、生態メカニズムに基づいてロボット技術と人間の筋肉を模倣する独自のアクチュエータを開発し、軽量コンパクトな電動アシスト付き義足をデザイン。疲れにくく自然な歩行が行える。
以上5作品が国内最終審査を通過。このうち3作品が、国際審査のTOP20に入賞した。日本のエンジニアリングのレベルが高い証拠と言えるだろう。
国際TOP20受賞者にインタビュー
ここからは、国内受賞作品のうち、国際TOP20に入賞した3組の受賞者のインタビューをお届けする。開発の経緯やアワードへの応募動機、そして今後の展開などを伺った。
SuKnee -障害者のモビリティを高めるロボット義足 開発チームリーダー孫小軍氏
――開発のきっかけは?
私は右足が義足です。義足で生活をしていると、現在普及しているタイプでは動きづらいということを実感していました。大学卒業後、いったんは大手メーカーに勤めていましたが、いまの義足よりももっといいものを作りたいという思いから退社し、現在は大学で義足開発をしています。
――いままでの義足と大きく違うところは?
動力がついているところです。現在の義足は動力がなく、ユーザーが自分で動かさなければいけません。SuKneeには、バッテリー、モーター、制御のためのボード、電気基板、角度センサー、力センサーなどを内蔵しており、ユーザーが動かそうとするとその状態を検知して、義足自体が動きます。
――義足は結構身体に負担がかかるものなのですか?
歩行中、義足とつながっている残った足の部分を自分で振り出さないといけません。その部分は疲れやすいですね。長期的には腰などにも負担がかかります。
――歩行時の疲労を軽減してくれるんですね。
もうひとつは、イスから立ち上がるときに必要な力も軽減されます。義足をしていると、立ち上がるときに反対側の足の力で立ち上がる必要があります。若いうちはいいのですが、高齢者になるとそれも難しくなり、寝たきりになってしまうこともあります。SuKneeならば、義足自体が立ち上がるときにサポートしてくれるので、楽になります。
――ジェームズダイソンアワード参加のきっかけは?
義手義足という福祉分野は、現在ヨーロッパの2社が世界70%というシェアを持っている寡占的な市場になっているため、新規参入が厳しい状態です。しかし、2014年にイクシーという義手を作ったチームが国際準優秀賞を受賞して、その後広がりがあったのを見て、我々も国際的な広がりの期待ができるこのアワードを目指そうと思いました。
――今後はどのような展開を考えていますか?
今年の秋には大学を卒業するので、その後はベンチャー企業を立ち上げて商品化を進めていきます。2020年に東京でパラリンピックが開催されるので、まずはそこで競技者の方たちの日常生活で使っていただけるよう、2019年の商品化を目指しています。
~Cuboard~クローラユニットシステムを用いた雪上にて走行可能な小型モビリティ 開発チームリーダー寺嶋瑞仁氏
――なぜ雪上を移動するためのモビリティを開発しようと思ったのですか?
私は和歌山出身なのですが、大学入学のために新潟県長岡市で一人暮らしを始めました。すると冬の積雪がすごく、冬場はほぼ家から出られないんです。当初はクルマを持っていなかったですし、クルマを持つと維持費もかかる。そこで、手軽に雪上を移動できるものを作ろうと思いました。
――雪上を走るために工夫されている点は?
防水機構には気を遣いました。動力部分に水が入ってはいけないので、中身をパッケージングしたり、ケーブルを防水にしたり。また、外部からの負荷を逃がすための工夫もしています。
――新しい技術は搭載されていますか?
クローラーベルトの構造が新しいですね。本来ならば金属を連結させたり、ゴムで作ったりするのですが、これはプラスチックを採用しています。構造はお風呂のふたと同じなんです。戦車のようなクローラーでは重たくなってしまいます。また製作にも特殊な機械が必要になったりするのですが、我々の構造ならば比較的安価で作れます。ここに関しては特許も取得しています。
――ジェームズダイソンアワードに参加しようと思ったきっかけは?
これまで、ビジネスコンテストには何回は出たことがあるのですが、私はエンジニアなので、ビジネスモデルが描けないんです。でもジェームズダイソンアワードは、課題とその解決方法、そしてプロトタイプがあれば評価してもらえるので、ビジネスモデルを描かなくていいという点が非常によかったなと思います。
――すでに起業してビジネスにされていると思いますが、今後はどういう展開を考えていますか?
当初は雪上移動のための乗り物と考えていたのですが、展示会などでの反応を見ると、レジャーの側面での需要が大きそうなんです。なので、レジャー施設やテーマパークにレンタルという形で卸して、メンテナンスなどで収益を上げていくというビジネスモデルを考えています。あとは、量産できるよう我々の体制を整えることが課題ですね。
Telewheelchair 開発者 橋爪智氏、鈴木一平氏、髙澤和希氏
――車いすで遠隔操作というのは珍しいと思うのですが、なぜそこにスポットを当てたのですか?
橋爪:一番の目的は、高齢化社会といわれるなかで、介護者の負担を減らしたいというものです。
高澤:これまでの車いすは、1台に1人付いていなければいけなかった。しかしTelewheelchairならば、遠隔地に1人いて、複数の車いすを管理できるので、人件費の削減にもつながると思います。
――VRはどういうところに使われているのですか?
高澤:車いすの上、ちょうど介護者の目線に360度カメラがありまして、そこからの映像を見ながら遠隔地のパソコンで車いすを操作します。360度カメラなので、後ろを向いたり横を向いたりすることが可能です。
――AIはどのような効果があるのですか?
高澤:映像のなかの物体認識をしています。もし人が近づいてきたら判断し、距離が近ければ危険と判断してアニメーションを出したり、車いすをストップします。
――どのような現場で使われることを想定していますか?
橋爪:介護施設ですね。一番車いすを使う場面は、介護施設だと思うので、まずはそこにフォーカスしていきたいと思っています。
――介護者の負担が減る以外のメリットはありますか?
橋爪:心理的な面のメリットがあります。車いすに乗られる方というのは高齢者が多いのですが、介護の方に車いすを押してもらったりするということに申し訳なさを感じ手いることが多いんです。しかし、自動運転の車いすならばその罪悪感も軽くなるようなんです。実際に介護現場でテストをしたときに、そのような声が上がってきました。
――今回国際TOP20に入賞したことについての感想はありますか?
橋爪:これまで国内のコンペで賞を取ったことはあるのですが、国際的なアワードでの受賞は初めてだったので、すごくうれしいですね。国内だけでなく世界的に知っていただけるというコンペはなかなかないので。受賞してからいろいろと取材依頼などもいただいております。ロシアのメディアにも載っていたんですが、内容が読めないんですよ(笑)。
アイデアと技術がある若きエンジニアの登竜門
ジェームズダイソンアワードは、学生および若いエンジニアが参加できるアワードだ。冒頭でも記したが、テーマは「問題を解決するアイデア」だ。このテーマが変わることはない。今回の受賞作品を見ればわかるとおり、私たちの生活のなかにはさまざまな問題がある。そのような問題を見つけられる着眼点と、解決するためのアイデア。そして課題解決のための技術力。この3つを備えていれば参加できる。
ジェームズダイソンアワード2018の応募開始は3月、締め切りは7月。1人でもよいし、チームでもよい。エンジニアのための国際的なアワードは数少ない。技術で世界を変えたいという想いがある人は、ぜひ応募してみてはいかがだろう。