愛犬の気持ちを知りたい――。それは飼い主にとっての永遠のテーマだろう。長年連れ添った愛犬であれば、表情や仕草でその感情を推察することも不可能ではないが、飼いはじめたばかりであれば、それも難しい。そんな飼い主のニーズに応えるデバイスが発売された。その名も「INUPATHY(イヌパシー)」だ。
開発・販売したのはラングレス。社名は「言葉(Language)によらない(Less)コミュニケーション」に由来する。同社でCTOを務める山口譲二氏に、イヌパシーで本当に愛犬の感情がわかるのか、その仕組みなどについて詳しく聞いた。
感情と密接に結びついているHeart(心臓)をセンシングする
イヌパシーはハーネス型のデバイスで、装着時、飼い主から見える背面にLED表示部を、犬の心臓付近にあたるベルトに心音センサーを搭載している。心音センサーで計測した心拍の変動をリアルタイムで解析し、その結果をLEDの光色で表示。飼い主は、それにより愛犬の感情を読み解ける、というわけだ。
イヌパシーでは、感情を測るために心拍を利用しているが、心拍でなぜ感情がわかるといえるのだろうか。
山口氏は、大きく3つのポイントを挙げた。
1. 感情によって交感神経・副交感神経の活性が変化
2. 交感神経の活性化により心拍はより速く・正確に、副交感神経の活性化により心拍はより遅く・ルーズになる
3. 心拍の観測により、交感神経・副交感神経の活性を調べられ、それにより感情の変化がわかる
簡単にいえば、「心拍を観測すれば、感情を逆算して測れる」というのだ。
では、心拍は感情によってどのように変化するのだろうか。
緊張状態にあるときには、心拍数は上がり、心拍は規則的になり、より正確に鼓動を打ち、身体中により多くの血液を送り出そうとする。逆に、リラックスしているときや幸せを感じているとき、つまり快い感情が生まれている場合、副交感神経が優位になり、心拍数は下がり、心拍のタイミングは不規則になる。戦闘モードではパフォーマンスを上げられるようにしておき、それ以外のときには省エネモードに入る、というわけだ。
「寝ているときと食事をしているとき、どちらも幸福感のある状態ですが、心拍速度とときどき現れる交感神経(緊張状態)のタイミングが異なります。“0”と“1”の現れるパターンで、テキストや色、イラストを表現するデジタルの世界のように、わたしたちは交感神経と副交感神経の活性化パターン、つまり心拍分散状態で、表示された感情を読み取ることができるのです」(山口氏)
英語では心も心臓も同じ単語(Heart)で表すが、心臓は心の状態≒感情と密接に結びついている。イヌパシーは、それを利用して犬の感情を測れることに着目したデバイスだったのだ。
モフモフが壁となる
とはいえ、犬に限らず、ほとんどの動物には人間と違い分厚い毛皮がある。どうやって心拍情報を得るのだろうか。
実は、イヌパシー開発で、最も苦労したのがその点だったという。
「人間用の心電センサーは、心臓が発する電気信号を読み取るもの。そのため、犬の毛を剃って皮膚に密着させるか、導電ゲルを皮膚とセンサーの間を埋めるように塗り込むかしなければならない。とはいえ、愛犬の毛を剃るのは、飼い主としてあまりしたくない。仕方なく、導電ゲル方式のセンサーを使って心拍情報を取ることにしました」(山口氏)
データは取れたが、ここでまた壁にぶつかった。「塗るのも、拭き取るのも面倒くさいんですよ」と山口氏。「正確に解析できるようになって、製品化できたとしても、こんな面倒くさいのでは誰も使ってくれないと思ったんです」と説明する。
そこで、簡便さを重視し、心臓が発する僅かな音を拾う心音センサーを採用することになったのだ。
400頭以上の犬の協力を経てアルゴリズムを作成
ヒトであれイヌであれ、感情と心拍に因果関係があることはわかったが、それを解析するとなるとまた話は別だろう。心拍数から逆算しイヌパシーに表示する“感情の色”が、本当に犬の内部に生まれた感情とは違うかもしれないからだ。
「正直に言えば、100%ではないでしょう」と山口氏。「しかし、製品として信頼に足るだけの正確性はある、と自負しています」と語る。
その理由は、検証にかけた総時間数などによるものだ。
アルゴリズム作成までに愛犬を使って観察した時間は2年間で700時間以上、それ以外にも50頭の犬からの協力を得たという。検証ではさらに多くの犬に協力してもらった。「正確な数字は出せませんが、400頭以上に協力してもらい、飼い主からのフィードバックを得ました」とのこと。
観察時には、動画と心拍変動を同時に記録した。心拍データを二次元の散布図にし、カラー化することで、計測とアルゴリズム作成のスピードにはずみがついたという。
「数値的なものは自動取得できますが、その数値と感情がどうひもづいているのか、というところはすべて手入力。人間に比べると感情が単純であること、また10年以上一緒に生活している愛犬だったおかげで、観察に基づく心拍と感情のひもづけを行うことができました」(山口氏)
それまでの観測に基づき仮説を立てて観察。情報を記録し、作成したアルゴリズムで解析し、その結果を検証する。出てきた結果に納得がいかなければ、アルゴリズムに修正を加え、さらに観察と解析を繰り返す。700時間にわたる観察と検証、また数百頭に及ぶ犬とその飼主からのフィードバックを経て開発していったのだ。
よりハッピーなペットライフのため、精度と読み取れる感情の種類数を上げていきたい
犬の感情は人間より単純とはいえ、そもそもつくりが異なるため、人間のものさしでは測れないことが多い。たとえば、眉間にシワを寄せて横たわっているとき、人間からは「不機嫌そう」に見えてもリラックスしていて特に何も考えていないこともあるし、口角を上げて笑っているように見えても、「暑くてかなワン」というサインのこともある。
「イヌパシーは、飼い主の予想とは異なる表示をすることもありますが、それは愛犬の新たな一面の発見につながると確信しています」と山口氏。「あまりにも予想とはかけ離れた感情表示ばかりでは『これは不正確だ』と、デバイスを信用してもらえなくなってしまいますが、協力者やお買い上げいただいたユーザーの皆さんからは、ほぼ『違和感がない』というフィードバックをいただいています」と語る。
今後は、取得したデータのディープラーニング化を進めることで、より多くの情報を取り入れ、精度を高めていきたいとのこと。「今のところ5つの感情しか表現できていませんが、『お腹が空いた』『散歩に行きたい』など、表現できる感情の種類を増やしていきたいですね」と次なる目標を語ってくれた。
「イヌパシー」は、これまでハーネス部カラーがホワイトのみの販売だったが、飼い主の好みや犬種に応じ、レッド、カーボングレー、カーキモデルの3色を、また要望の多かった超小型犬向けSSサイズの開発を開始。現在、クラウドファンディングサイト「First Flight」( https://first-flight.sony.com/pj/inupathy )で出資を募っている。