Vol.93-3
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、アップル・シリコン。WWDCで発表されたMacの自社設計CPUへの移行―その背景には何がある?
アップルがCPUをインテルから移行することに対し、インテルは「今後もアップルをサポートする」と公式コメントを発している。インターフェイスの「Thunderbolt」はインテルとアップルが共同開発したもので、今後も使われていくと思われるため、この発言は当然といえる。一方、インテルの内心は決して穏やかなものではないだろう。
インテルの業績は決して悪くない。7月に発表された2020年度第2四半期業績によれば、同社の収益は前年同期比20%増の197億ドル(約2兆906億円)となっており、むしろ好調だ。新型コロナウィルス感染症によるテレワーク需要の増加は、インテルにとって追い風といえる。
一方、将来のことを考えると、インテルも必ずしも安泰とはいい難い。特に近年、ライバルの追い上げが厳しいからだ。PC用のCPUとしては、AMDの「Ryzen」シリーズがパフォーマンスをあげてきており、採用例も増えている。そこにアップルの「脱インテル」宣言である。理由はどちらも同じである。インテルの半導体製造技術の進捗が思わしくなく、新しい「7nm世代」の半導体製造プロセスの導入に手間取っている。2020年度第2四半期業績説明会では、これまで「2021年に市場投入の見込み」としてきた7nm 世代の製品投入が、当初の見込みからさらに6か月以上遅れている、と説明した。量産品として十分な量が市場に出回るのは2022年から2023年になると予想される。
この件について、AMDの現在のハイエンドCPUやアップルの「Aシリーズ」を生産しているTSMCがすでに7nmプロセスを使用していることから、「インテルはずいぶん遅れている」と思っている人もいるようだ。ただ、それは誤解である。同じ「7nm」という数字を使っているのだが、簡単にいえば基準が異なるため、インテルのいう「7nm」とTSMCの「7nm」は同じことを意味しない。その半導体が使うもっとも微細な配線の幅で比較した場合、TSMCの「7nm」技術は、インテルの「10nm」技術に相当し、技術世代的には近しい、といってもいい。
とはいうものの、インテルは2016年に現行の「10nm世代」立ち上げに苦労し、今また「7nm世代」の立ち上げに苦労している。消費電力や性能面で、かつてほど強い印象がなくなっているのは、製造面と開発面、両方で苦労しているから、という部分が大きいのではないだろうか。
半導体製造を自社で行うインテルに対し、AMDやアップルは、半導体製造を「製造技術専業」であるTSMCに任せ、アーキテクチャ開発に注力している。製造技術の進化についてはTSMCの技術力に依存しているが、分業することで資産をより効率よく使っている、ということもできる。
過去、インテルの強みは「製造技術でもアーキテクチャでも先行している」一体経営にあった。だが、高度なプロセス技術を使った半導体製造の難易度が高まると同時に一体経営のリスクが出てきた……という分析もできる。
もちろんインテルも、この状況を黙ってみてはいない。最新の「第10世代Core iプロセッサー」では、内蔵GPUの性能を向上してパフォーマンスをあげたし、低消費電力型プロセッサーとしては、コードネーム「Lakefield」で知られる製品を6月に正式発表した。これらの新プロセッサーを使った製品の「対価格性能比」は向上している。
だがおそらく、アップルにとっては、こうした施策も「遅い」のだろう。自社で半導体を設計する能力を持っているアップルにとっては、製品の性能向上について「インテルの技術開発待ち」であること自体がすでにリスクになっていた。だからこそ、ARMコアを使った自社設計プロセッサーの採用へと移行したのである。
では、「インテル離れ」はMac以外でも始まるのだろうか? Windowsでもx86以外の利用が進む可能性があるのだろうか? そのへんは次回のウェブ版で解説しよう。
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