VAIO株式会社は、2014年7月1日にソニーからパーソナルコンピューター事業を移管する形で設立されました。初年度こそ、大きな赤字を計上しましたが、2年目にはV字回復で黒字を達成。縮小が叫ばれるPC市場において驚異的な回復を実現した背景には、いったいどのような企業努力があったのでしょうか。2015年に同社の社長に就任した大田義実氏に話を伺いました。
――VAIOは2015年度の決算で見事黒字化を果たしました。まずお伺いしたいのですが、初年度の赤字は何が理由だったのでしょうか。
大田義実社長(以下、敬称略) 初年度は迷走状態にありました。その理由は、「事業性・損益・効率性をチェックする」という、普通の会社で普通にやっていることができていなかったからです。その結果、約20億円の経常損失となりました。当社のような小さい規模の企業としては大変な額です。
――そこから黒字を達成するために、どのようなことをされたのでしょうか。
大田 社長に就任したとき、社員の皆さんに最初に言ったのは「自立した企業になる」ということでした。自分で稼いで自分で食べていける企業ということです。そのために、主に3つのことを実行しました。
1つめは、事業性を重視するということ。製造しようとするパソコンのモデル1つ1つについて採算や事業性をチェックし、それを確保できる製品だけを作るということです。そのために、それまで他社に任せていた営業部を自社内に作りました。
2つめは、「作る」から「売る」までを一気通貫でやるようにしたということです。ソニー時代から、VAIOは「作り手」と「売り手」が分かれている体制でした。それを、弊社も企画から営業・販売管理までの全行程に関わることにしました。製品を発売したら、販売台数をモデルごとに毎日チェックしています。利益があがらなかった場合、どのモデルが原因なのかをすぐに把握できるようにです。弊社の営業マンが直接お客様や量販店様のところに行くようになったことで、あるモデルが売れない場合に「なぜ売れないか」も把握しやすくなりました。
その情報によって、たとえば販促キャンペーンをうつとか、機能に対する不満が出ているようなら追加するといった対応をすぐに行ないます。VAIOはもともとCTO(自由にカスタマイズしてから買う)で販売していましたから、機能を柔軟に変更するのにはお手のものなのです。
3つめとして、パソコン以外の事業を新規に始めました。それが、安曇野工場を使ったEMS事業(※)です。この事業は始めて半年くらいですが、順調に成長しています。
※:EMS事業とは、自社の工場で、他社の電子機器を受託生産する事業のこと。発注元企業にとっては、自前の生産設備を持たずに自社ブランド製品の企画・設計・販売ができるというメリットがある。
そのほか、全社をあげて固定費削減運動をやってもらいました。すべての部署で徹底的に無駄をなくし、試作品を減らすなど地道な削減を全社員がやってくれたのです。その結果、固定費を前年度から1割以上も削減することができました。
以上の対策を行なった結果、今月は営業利益が黒字になりました。みんなが頑張ってくれて、20億の赤字から1年で黒字になったのです。最初は戸惑いもあったようですが、見事に結果を出してくれました。
ソニーから受け継いだ世界有数の工場で新たなる事業「EMS」を起こした
――先ほどのお話にあったEMS事業は、なぜそのように急成長しているのですか。
大田 現在の事業の柱は、もちろんVAIOのパソコン事業です。そこに、もう1本の柱となる事業を昨年夏に立ち上げました。それが、安曇野工場を利用したEMS事業です。
安曇野工場はソニー時代からVAIOの生産を行なっている工場ですが、それだけではなくソニーのデジタルデバイスを生産する中心的な役割を担っていました。オーディオだとか、「AIBO」のようなロボットも安曇野で作っていたのです。ですから設備もノウハウが残っています。その工場を、ソニーから引き継ぐことができた。私は最初に安曇野工場を見たとき、「これは活用しない手はない」と思ったんです。それでEMS事業を始めることにしました。
このEMS事業は、ありがたいことに開始した当初から問い合わせが殺到しました。なにしろ安曇野工場は、ロボットでも最初から最後まで生産できる設備と技術力を持っている。そんな工場はそうないですからね。もちろん業界でも安曇野工場のことは広く知られていましたが、これまではソニーの工場ですからソニーの製品しか作らない。その安曇野工場が受託生産を始めたぞということで、多くの企業様から声がかかるようになったのです。ソニーの知名度のおかげなのか、はるばる欧米からも多くの引き合いをいただいています。
その結果、まだ1年たっていないEMS事業が急成長しました。先ほど申し上げたように、弊社が2年目で黒字化できたのは、このEMS事業のおかげでもあるのです。
大成功したEMS事業から新たなる事業に挑む
大田 このように、現在は「パソコン事業」と「EMS事業」という2本の柱があるわけですが、現在はさらに3本目の柱を考えています。それは、安曇野工場を使って弊社が自ら企画する製品を作るという事業です。
EMS事業は受託ですから、弊社が担当させていただくのは企画・生産・販売・保守といった製品づくりの一部だけ。どの部分を担当できるかもお客様次第です。新しい事業は、その全体を弊社でやろうということなのです。
――ということは、近い将来「VAIOの会社が作った、パソコン以外の新製品」が登場する、と考えていいのでしょうか?
大田 そういうことです。まだそれがなにかを申し上げることはできないのですが、炊飯器やトースターではないはずです(笑)。
事業の拡げ方は関連性をもってじわじわと
――黒字化したパソコン事業だけにとどまらず、事業を拡大させているのですね。これまで以上の成長を狙っているということでしょうか。
太田 もちろん成長はさせます。しかし急増は狙いません。いわゆる「逓増(ていぞう)」でいきます。そのためには、弊社にとっての「成長エンジン」を増やしていくことが必要です。低迷しているといわれるパソコン業界ですが、私はまだ成長事業だととらえています。しかし、弊社にとって大きな成長エンジンかというと、そうともいえない。そこでEMS事業を立ち上げたのです。
EMSは新しい事業といっても、ゼロから立ち上げたわけではありません。安曇野工場だったり、人材だったりといった、弊社がすでに持っている優れた部分を、新しい領域にも使うというやりかたです。そのようにして立ち上げたEMS事業がうまくいったので、今度はもう1歩発展させて自社製品の製造を事業化します。
事業を拡げるといっても、あっちこっちに手を伸ばしていくのではなく「あるものがうまくいったら、次はそれを利用した別のことをする」というように、関連性を持ってじわじわと拡げていくということです。新事業で製造する自社製品も、おそらくコンピューティング関連のような、弊社の持っている強みを活かした製品となるでしょう。
VAIOのキーワードは「快」
――GetNavi webとしては、パソコンとしてのVAIOのお話も伺いたいところです。VAIOの「いいところ」を教えてください。
大田 これはVAIO(パソコン)に限らないことですが、弊社がものづくりで常に追求しているのは、「快」ということです。持って気持ちいい、そして使っていて気持ちいい、そういう製品を目指しています。
たとえばVAIOでは、個人用はもちろんビジネス向け製品であっても「軽い・薄い・かっこいい」を追求しています。持っていて気持ちいいということです。そしてキーボードの押し心地や長時間使えるバッテリーなど、使っているときの気持ちよさも重視しています。
そのようなものづくりができるのは、手前味噌になりますが弊社の高い技術力が背景にあります。液晶パネルの開閉部やキーボードといった可動部が気持よく動作するには、高い精度での組み立てが必須です。また、部品を高密度で実装できる技術もあります。その結果、同じ性能でも筐体内に空きスペースを多くとることができ、そこに大きなバッテリーを内蔵することで長時間使用が可能になっているわけです。
安曇野工場では、組み立てをベルトコンベアーで流さず、一人一人で組み立てて完成させる。職人が作っているんです。それが、他社さんの製品にはない「快」を実現できる理由なのです。
――最近はVAIOブランドのスマートフォン「VAIO Phone Biz」も発売されましたね。
大田 「VAIO Phone Biz」は、「Windows 10 Mobile」の市場がまだ未知数なので、MicrosoftさんやNTTドコモさんと協力して市場を作っていこうという段階です。ただ、弊社としては「スマホ」というよりは「立って使える小さいパソコン」と位置付けています。「VAIOパソコンのラインナップの中で、もっとも小さいモデル」ととらえていただいてもいいでしょう。ですから、当然VAIOの持っている「快」を備えた製品になっています。
――確かに「VAIO Phone Biz」は、Windowsパソコンのように使える点が快適でした。次期モデルにも期待したいところです。本日はありがとうございました。