Vol.110-3
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2021年のテック業界振り返り。ストリーミング・ミュージックで注目を集めた、ハイレゾ・ロスレス楽曲と空間ミュージックを解説する。
2020年頃から加速した「ストリーミング・ミュージック」普及の流れは、2021年も変わらなかった。ちょっと違った点があるとすれば、シェアの大きな2つの外資系サービス、「Apple Music」と「Amazon Music HD」が、ハイレゾ・ロスレス楽曲と空間ミュージックという、2つの高付加価値型楽曲を、追加料金なしで提供することになった、という点だろうか。
特にインパクトが大きいのはApple Musicだ。Amazonも利用者は多いが、どちらかというとHDサービスより、Amazon Primeに含まれる「Amazon Prime Music」の利用者が多い。音楽サービス単独で有料契約している人が多いApple Musicの方が、高付加価値型サービス導入で驚いた人は多いだろう。
特に、iPhoneやiPadと、トップシェアの完全ワイヤレスイヤホンである「AirPods」シリーズがあれば空間オーディオが聴ける、という価値のバランスは大きい。
世界的にも、この2社の動きは大きなインパクトを与えた。2021年初頭、世界トップシェアの「Spotify」はハイレゾ・ロスレスを含む「Spotify HiFi」を2021年中に開始、とアナウンスしていたものの、本記事を執筆している2021年末の段階になっても、サービス開始や詳細のアナウンスはない。おそらくは、2社の動きを見て戦略変更を迫られた影響だと思われる。
一方、ハイレゾ・ロスレスや空間オーディオが「音楽を聴いている多くの人々」にいきなり支持を得ている状況かというと、そうでもないように思う。ハイレゾ・ロスレスは、アンプやヘッドホン、スピーカーなどを準備し、差がわかる形で聴く準備をしないと違いがわかりづらい。
空間オーディオにしても、すべてのヘッドホンで明確な違いを出すのは難しい。Apple Musicならアップルのヘッドホン、Amazon Music HDならソニーなどの対応ヘッドホンとスピーカーを、やはり用意する必要がある。また、対応楽曲数もまだ多くはない。
空間オーディオは、ハイレゾよりはハードルが低いし、多くの人に違いがわかりやすい技術ではあるのだが、機器と楽曲数の両方でまだ初期の技術であり、本格的に広がるのはこれからだ。
ポイントは、聴き放題であるストリーミング・ミュージックから広がるものであるため、楽曲の買い直しなどは不要で、対応楽曲さえ増えれば自然と「あたりまえのもの」になる可能性が高い、という点だ。ここは従来の音楽フォーマットの進化とは違うところである。
それよりも日本に関していえば、他国より5年近く遅れる形で、ようやくストリーミング・ミュージックが普及し始めたばかりである、という点が大きいだろう。
現状ではCDなどの音楽ソフトの方が、まだ3倍ほども市場規模が大きい。学生向けなどのキャンペーンを活用し、入口を広くしてディスクメディアからの移行を促進するフェーズと言える。そういう意味では、LINE MUSICなどの学生に強い日本独自のサービスもまだまだ伸びる可能性がある。それらは、ハイレゾや空間オーディオなどの「高付加価値サービス」に向けた動きは少なく、価格などに注力している印象を受ける。
また、コロナ禍になってリモートワークが増え、自宅で音楽をかけながら仕事をする人も増えた。今後コロナが落ち着いたとしても、そうした生活スタイルを続ける人もいると考えられる。ならば、それらの人が気軽に音楽を聴けるものとして、ストリーミング・サービスそのもの普及に注力した方がいいフェーズとも言える。
どちらにしろ、日本は諸外国に比べ2~3週遅れてトレンドが回っている状況なので、おそらく2022年も、海外大手の施策によって市場が翻弄される状況ではないか、と考えられる。
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