Vol.129-2
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。ほかのHMDを超える品質を実現した背景を探る。
アップル
Apple Vision Pro
3499ドル~
アップルは6月に「空間コンピュータ」と銘打ち、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)タイプの機器「Apple Vision Pro」を発表した。ただし、発売は2024年初頭にアメリカから始まり、その後各国で……とだけアナウンスされている。
また、通常アップル製品が発表された後は、多くのプレスに対して体験機会が儲けられるものなのだが、今回はそうではなかった。1人ひとり体験する必要があるためか、非常に限られた人数(おそらく全世界でも100人以下)が実機に触れているのみで、当面、広く実体験できる機会は増えそうにない。
筆者はその、数少ない「実機を体験できた人間」のひとりだ。
どんな感じだったかというと、ひと言で言えば「自然」だ。目の前に見える風景は、Vision Proをかける前に見ていたもの、すなわち現実の風景と同じものだ。視界は多少狭くなる。解像感や発色も“現実と寸分違わず”とは言えない。しかし、Vision Proをつけて1~2分もすれば、そのことはまったく気にならなくなる。部屋の中を立ち上がって歩き、机の上の本を読む。そんなことをしても、ほぼ酔わないし、きちんと見えるし、歩いても危険性は感じない。そして、その中にきちんとCGで描かれたウインドウが、自然な感じで溶け込んで存在している。
要はアップルの公開しているVision ProのPVとほぼ同じ体験が、ほぼ嘘偽りなく実現されているのだ。
現実にCGを重ねるAR機器を作るのは難しい。特に、現実を違和感なく見せるのは大変だ。目で見た印象とずれの少ない解像感を実現するディスプレイとレンズを搭載し、ちゃんとした画質のカメラも必要になる。
しかも、カメラの仕組みは目と同じではない。人間の目の構造はシンプルだが、柔軟な調整機能を備えているうえに、脳側でかなり補正したうえで“現実を認識”している。単純に良いカメラとディスプレイを搭載したHMDを作っても、違和感が残りやすい。
Vision ProはHMDという構造を使うことで「目に見えるすべての領域をディスプレイとして使えるiPad」を作ったようなものだ。発想自体はシンプルなのだが、自然に使えて、きちんと空間全体を生かせるものを作るのは大変なこと。だから、実体験したプレス関係者はみな度肝を抜かれた。筆者も同様だ。
こうしたことを実現するには、単に高価なデバイスを用意するだけではダメである。高価なデバイスはもちろん必要なのだが、そのうえで距離センサーなども搭載し、さらにOS側での補正と画像処理、CGを自然に重ねるための工夫が必要になる。
すなわち、アップルがVision ProでほかのHMDを超えるAR品質を実現できたのは、デバイスとOS両方の工夫があってこそのものなのだ。OSとハードを両方同時に開発している企業だからできる力技ではある。
Vision Proの名前こそ知られていなかったが、その存在は何度も噂になってきた。ハードウェアのスペックも一部流出していた一方で、OSなどの構造や体験の質はほとんど流出しなかった。ハードはパートナーと共に生産する必要があるが、OSはアップル社内だけで作れる。だからこそ秘密を保てたのである。
ただ、Vision Proが快適であること、ハイクオリティであろうことにはもうひとつ理由がある。その点は次回解説する。
週刊GetNavi、バックナンバーはこちら