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2017/4/6 19:00

TOWA TEIが選んだ“良音リマスター盤”とは? トークイベント「Talkin’ Loud & Sayin’ Music」Vol.4

音楽評論家の小野島 大さんとゲストが選ぶ優れたレコーディング作品を高音質で聴きながら、その作品の魅力や音へのこだわりについて語るトーク・イベント「Astell&Kern×disk union presents Talkin’ Loud & Sayin’ Music」。そのタイトル通り、ポータブルプレイヤーのハイエンドブランド「Astell&Kern」とディスクユニオンによる共同イベントとなります。その第4回は3月22日にニュー・アルバム「EMO」をリリースしたTOWA TEIさんが登場。TEIさんが考える優れたレコーディング作品について、熱いトークが繰り広げられました。

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イベントはTEIさんが考える良質な録音作品3枚を「Astell&Kern」のポータブルプレイヤー「AK380」を通して試聴し、小野島さんがTEIさんに選出理由や魅力について聞いていくという流れでスタート。その3枚についてのおふたりのやりとりをここで紹介しながら、レポートをお届けします。

 

1.YMO「CAMOUFLAGE」(『BGM』収録)

TEI:まずは、最初に聴いた音楽ということでYMOから行きましょうか。この曲は「BGM」収録曲ですが、ここではこのベスト盤「YMO GO HOME!」から聴いてもらいました。このベスト盤は細野晴臣リーダーの監修で、細野さんから僕にジャケットをやってくれとオファーがあって、関わることになりました。

 

小野島:1999年発売のベスト盤ですね。それまでYMOのベストは何枚も出てますが、これは初めてメンバー自身が監修した、いわばメンバー公認ベスト。デジタル・リマスターされたベスト盤もこれが初めてですね。細野さんがプロデュースで、ジャケット・デザインをテイさんが担当してます。

 

TEI:音的に、細野さんがちゃんと納得なさったリマスターです。マスタリングの定義って色々あると思うんですけれど、過去に色々出てきたものや未発表のものをまとめてCDに並べる地ならしというか、アルバムごとにあったカラーを活かしつつ、通して聴けるものにするっていう作業だから、そこにはやっぱり主観と客観のいろんな葛藤があると思うんです。細野さんもたぶん、ご自身で納得できる音のベスト盤がようやくできたということでしょうね。それまでの勝手に編集されたものは本当に聴いて欲しくないっていうことをおっしゃっていたので。

 

小野島:なるほど。その「BGM」から「CAMOUFLAGE」という曲を聴いてください。

 

TEI:この曲は81年!? 古いですね。

 

小野島:古いけど、全然古臭くないですね。

 

TEI:そう、METAFIVEみたい。一緒にMETAFIVEをやってる(高橋)幸宏さんの曲です。

 

小野島:この「BGM」にはMETAFIVEでもやっている「CUE」が入っていますが、それではなく、あえてこの曲を聴いていただきました。この曲は何がすごいんですか。

 

TEI:アルバム全体がすごく好きですけど、こうやって(スピーカーの)後ろで聴いていても、やっぱりディレイの処理とかが違う。いまのいわゆるテクノやテクノ・ポップといわれている音楽や、音響系とかいわれているものと聴き比べても、未だにオリジナルというか、遜色ない。ドラムのフィルだけが、幸宏さんの生のタムだったりとか、TR-808の音をすごく加工して使っているビートだったりとか、なんか普遍的なんですよね。僕にとってはデフォルト。1番最初のYMO体験は「RYDEEN」だったんですけど、こっちの方がずっと聴いてる。

 

小野島:「BGM」の前に「増殖」という「スネークマンショー」のギャグが入っているポップなアルバムが出たんですが、そのあとがいきなりこの実験的なアルバムだったので、みんなビックリしましたね。

 

TEI:僕もビックリしました。

 

小野島:その時おいくつだったんですか?

 

TEI:中学生の時に「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」を聴いたから、高校生ですかね。「BGM」はジャケットにメンバーの顔も出てない。蛇口から水が流れて、そこに歯ブラシというデザインも斬新だった。買って家に帰って聴いたら、ステレオ壊れたかなと思った。「高い音が足りてないぞ」って、子どもながらに。

 

小野島:普通の安いステレオだとうまく再生できないかもしれない。

 

TEI:独特な中低域ですよね。細野さんいわく、増えすぎちゃったミーハーなファンとかを気にすることなく、自分たちの好きなことや聴いたことのない音楽をやりたいっていうことで、こういうものを作ったそうなんですけどね。

 

小野島:これはYMOで初めてデジタル・レコーダーを導入した作品だそうですね。その当時日本で2台しかなかったデジタル・レコーダーを使ったらしいです。

 

TEI:テクノですね!

 

小野島:ただ、その音があまりにもクリアすぎて、細野さんが「これじゃダメだ」って言いだして、デジタルで録った音を一回アナログを通す、という特殊な作り方をしたと聴いてます。

 

TEI: 「BGM」っていうアルバムは、ちょうど音楽の作り方がアナログからデジタルに変わってきた黎明期というか過渡期の作品なんです。細野さんが「(デジタルの音は音楽に)なじまない」ということで、わざとアナログのMTRに1回落としてミックスをしたんですね。

 

小野島:あえて音質を荒くしたということですね。

 

TEI : そう。それで坂本(龍一)さんと喧嘩になったりとか。一番仲の悪い時期だったんですよね、ふたりから直接聞いたんですけど。

 

小野島:(笑)なるほど。

 

TEI:いまでもやりますよね。ビットコンバートとかビットクラッシュって言って、音をダーティにする。サチュレーションとかね。

 

小野島:あえて汚すということですね。ヒップホップやテクノではよく使う手法。

 

TEI:そうそう、汚す。音がクリーンすぎちゃうとつまらないっていうところもあるじゃないですか。ハイファイであれば良い音、ともいえない。

 

小野島:音を汚すことによって、どういう効果が生まれるんですか?

 

TEI:なじむとか。デジタルだと分離が良すぎて、音楽になじまないっていうことに、たぶん違和感があったんだと思う、その当時は。最初は16ビットとかでしょ。いまみたいなビット数がないわけで、いまからすればそんなにクリアじゃないはずのデジタル音なんだけど、デジタルそのものの音が新しかったんで、きっと音と音が粘着しないというか、混じらなかったんでしょうね。

 

小野島:そこはやはり細野さんのロック育ちというか。デジタルの音って無菌室で録っているような、非常にクリア過ぎて、きれい過ぎて、なんか落ち着かない感じがたぶんあって、音を汚した方が絶対ロックとしてかっこいいっていう意識があったのかな、とか思います。

 

TEI:「RYDEEN」の頃はアナログ録音だから問題なかったんですよ。最先端のシーケンスと生のドラムと歌とっていうバランスもアナログだったらアリだったけど、デジタルではナシだったんじゃないですか。そのデジタル音がクリーンすぎて。

 

小野島:同時代にヒップホップとか出てきて、そういう音楽も音を汚すっていうか、あえてダーティにするみたいなところがある。小ぎれいなものに対する反動みたいなものが、きっと先鋭的なミュージシャンの中で芽生えてきていた感じがあったんでしょうね。

 

TEI:まだデジタルが出たばかりの頃は、一般的にはアナログの48トラック・テープとか24トラック・テープを使っていたんで、そうするとやっぱりもっとにじむしなじむ。ヒップホップとか、そっちを使っていたと思いますね。

 

小野島:ところで日本に2台しかない貴重なデジタル・レコーダーを使ったが故に、YMOのマルチ・テープはいま再生できないらしいですね。再生できる機械がないから。アナログのマルチ・テープがないから当然リミックスもできないし、サンプリングもしにくいということになっている。それは文化的損失ですね、明らかに。どっかに残ってないですかね。

 

TEI:僕は知らないです。まりんのほうが詳しいんじゃないですか(笑)。

 

小野島:YMOのカルトキング(笑)。YMOを聴かれたのが中学校、高校の1番多感な時期でしたから、当然TEIさんのなかで影響が大きいと思うんですけど。どこに1番影響を受けました?

 

TEI:たぶん実際はライヴとかやって、汗かいてドラム叩いたりしていると思うんですけど、あまり人が働いている感じがしないっていうか。汗かいてお金稼いでいる感じがしない。涼しい顔で稼いで、頑張ってない感じ。

 

小野島:前に石野卓球が面白いこと言っていました。YMOって絶対機械がやってるんだと思ってたのに、テレビ観たら幸宏さんが一生懸命ドラム叩いてたから「人間がやってるよ!ガッカリ!」みたいな(笑)。

 

TEI:僕はYMOを聴く以前は、音楽そのものがそんなに好きじゃなかったんですよ。音楽を聴くことっていうか、学校の音楽教育や授業の音楽っていうのが苦手でした。音楽のせいで志望校をワンランク下げなきゃいけないぐらい苦手だったんです。「音楽死ね!」って思っていましたもん。

 

小野島:音楽の成績が悪いから内申書の成績も落ちる。

 

TEI:そうそう、ワンランク下げなきゃいけないくらい。でもYMOを観たときにピンと来て。ニューミュージック・ブームだったんですよね、周りが。休み時間にギターを弾いたり、髪伸ばしたりていうのが、ピンと来なくて。なんか涼しい顔して、人民服着て、訳わかんない機械が積んであって、テクノカットでモミアゲがなくて、「悪くないな、あの人たち」って、ピンと来たというか。

 

小野島:ギターが入ってないのが新しい感覚だったっていうことは、みんな言いますね。

 

TEI:でも、それすらもわからないくらい音楽音痴だったんです。

 

小野島:ギターがいないっていうことは、それまでのロックの形式みたいなものとはまったくかけ離れているっていうことなんですよね。

 

TEI:そうですね。ひよこは最初に見たものを親と思うっていうじゃないですか。僕が最初にハマった音楽がYMOだったんで、テクノやテクノ・ポップがデフォルト。ちょっと下塗りしたキャンバスくらいのかんじ。

 

小野島:じゃあ最初に見た親と、いまバンドをやっているわけですね。

 

TEI:そうですね。ファミリーバンドというかね。

 

小野島:お母さんが喜んだらしいじゃないですか。昔好きだったYMOの人とバンドやっているんでしょ、って。

 

TEI:そう、下敷きに入っていた人とバンドやってるんだねって(笑)。母もそれはわかるみたいですね、下敷きに写真を挟んでいたオッサンといまは何かやってるって。

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小野島:オッサン(笑)。じゃあそろそろ次に行きましょうか。グレイス・ジョーンズの「スレイヴ・トゥ・ザ・リズム」を聴いてもらいたいと思います。

 

2.グレイス・ジョーンズ「ドント・クライ – イッツ・オンリー・ザ・リズム」(『スレイヴ・トゥ・ザ・リズム』収録)

TEI:僕会ったことあるんですよ、楽屋でいちど。ディー・ライトをやっている時にニューヨークのパラディアムっていう大きなクラブのニューイヤー・イヴのパーティに一緒に出ることになって。そこで90年の12月31日、日にちが変わって91年の1月1日にディー・ライトとグレイス・ジョーンズでライヴをやりました。写真撮んなかったですけど。たぶん疲れていて。

 

小野島:グレイス・ジョーンズって写真で見たままの人ですか?

 

TEI:まんまっすね。僕87年にニューヨークへ行ったんですけど、87年の暮れにもグレイス・ジョーンズを客で観に行ったんですよ。その時にすっごい感動して。1時間以上遅刻して始まって、幕が開いたら、4mくらいあるスカートで現れた。

 

小野島:小林幸子みたいな?(笑)

 

TEI:そうですね。大晦日ですよね。まさかその数年後に楽屋で一緒になるとは。僕ほとんどしゃべれなかったですけどね。「あー、グレイス・ジョーンズだ」って思って。

 

小野島:コワイですよね、あの人。人間の言葉通じんのかっていうくらいの見た目で。

 

TEI:ほかのメンバー2人はもちろん大ファンだったから、盛り上がっていた気がするんですけど。グレイス・ジョーンズはその頃、特に主だった活動をしていたわけでもないけど、リムジンで現れたりとかするんですよ。その時に誰かが言ったのは“スタートリップ”。いちどスターになってリムジンの送り迎えとかがあると、売れなくなってきたとしても、以前の生活は変えられない。なので借金地獄。「ナニワ金融道」みたいな(笑)。ごめんなさい、悪い音に聴こえてきちゃいそう。それで、何年でしたっけ、このアルバム。

 

小野島:1985年ですね。

 

TEI:そう、僕はこの前のアルバム「リヴィング・マイ・ライフ」の方が、アルバムとしては好きなんですけど、リマスターで出ているのがなかったんですよね。リマスター括りじゃないんですけど、どうせだったらと思って、リマスター括りで3枚選んだんですよ。次の曲は数年前に出たリマスター盤からなので、聴いてみましょう。

 

小野島:「ドント・クライ – イッツ・オンリー・ザ・リズム」をお聴きください。

 

TEI:歌なかったですね。この次の曲も良いですけどね。

 

小野島:聴いていただいた通り、突然左チャンネルしか音が出ないとか、右に飛んだりとか、かなり奇抜なことをやっている。プロデュースがトレヴァー・ホーン。

 

TEI:そうです。アート・オブ・ノイズの。

 

小野島:アート・オブ・ノイズ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドとか、マルコム・マクラーレンとか。有名なのでいうとバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」もトレヴァー・ホーンのプロデュースです。

 

TEI:時代の寵児的な存在のプロデューサーというか。スタジオ・ワークっていうことをすごく意識した作品でしたね。まだ、スタジオなんて行ったことない時代でしたけど。セミプロみたいな頃だったんで、こういうお金のかかっているアルバムを聴くと、かっこいいなって。

 

小野島:これはシンクラヴィアっていう、当時の価格で数千万するようなものすごく高い機材を使っているわけですけど、たとえば今のテクノロジーだったら、ここでやっていることって、わりと簡単にできるんですか?

 

TEI:簡単とはいわないけど、できるんじゃないですか。でもやっぱり、結局音楽性というかアイディアというか、グレイス・ジョーンズの存在自体が新しいというか、普遍的というか、ちょっと人間離れしているキャラがあって。ポスト・ヒューマンというかね。グラフィックも含めてですけど、ジャン=ポール・グードというグラフィック・デザイナーが手がけていて、すごくかっこよかった。共通していることで言えば、YMOと一緒で、ヴィジュアルと存在感と音が同時に僕の中に入ってきたんですよ──卓球くんはYMOとお笑いが一緒に入ってきたと言ってましたけど。「ひょうきん族にYMO出てるわ」みたいな──僕はそれでどんどんヒップホップを聴くようになって、気がつくと黒人がやっている音楽にどんどん惹かれていった。YMOももともとアーチー・ベル&ザ・ドレルズの「タイトゥン・アップ」をカヴァーしたりもしてたんで、そのルーツ的なものにどんどん惹かれていった時期ですね。

 

3.ジェームス・ブラウン「トーキン・ラウド&セイイン・ナッシング」(『Time for Payback』収録)

小野島:だんだん黒人音楽を遡っていって、次に来るのが、いまに通じる黒人音楽の元祖みたいなジェームス・ブラウン。TEIさんとっては、どういう存在ですか?

 

TEI:大学の1年生ぐらいのときだったかな、もうちょっと前の時に聴いていたんですけど、数枚だけ初期のJBを聴いて「なんだこれ」って言うか、「黒い」っていうのと、「これは焼肉だ」って思ったんですよ。

 

小野島:焼肉? その心は(笑)?

 

TEI:なんか焼肉食って元気になる、みたいな感じ。タイマーで朝からJB聴いていたんですよ。もう黒人じゃなきゃダメ、みたいな。またニューヨークへ行って、いわゆるレア・グルーヴ・ムーヴメントみたいなのがあって、イギリス人のセンスで選ばれた、今までJBのメインじゃなかった曲とかをコンパイルした編集盤や(1986年発売の「In the Jungle Groove」など)、高音質のアナログ盤が出たりして、それを僕は87年くらいに買い漁ったんです。JBとかPファンクとか、いわゆるダンス・クラシックスのルーツみたいなものを。その頃に知った曲がこれ。今回のイベントのテーマと被るというか、ここから来てるんじゃないですか。

 

小野島:そうですね。それでは、「トーキン・ラウド&セイイン・ナッシング」を聴いてください。

 

小野島:これは72年の曲ですね。

 

TEI:やっぱり。レコード買う人としては、72年もいいんですけど、73、74年っていうのは分かれ目なんですよね。録音的にも演奏的にも。たぶんこの頃にブーツィー(・コリンズ)とかが入ってきたりしたと思う。JBのドキュメント映画で言っていたのが、ファンクは最初の頃はドラムが主役だった。でも、ブーツィーとそのお兄さんであるキャットフィッシュが(JBのバンドに)入ってきたことによって、ファンクの主役がドラムからベースに変わったと。

 

小野島:なるほど。

 

TEI : とはいえ、スネアの音とかめちゃくちゃ良いじゃないですか。ここで聴いていても。リズム隊のドラムとベースの絡みだけで、ずっと聴いていられる。とにかく演奏がうまい。うますぎて打ち込みみたい。本末転倒というか。でもこれは打ち込みでは、なかなか出ないグルーヴですけどね。この曲でJBはたいしたことやってなかったですけど。

 

小野島:まあ、JBはだいたいあんなもんじゃないですか(笑)。

 

TEI:そうですね、歌いもしないし。「Come on!」とか「Hit it!」とかね、言ってるだけですけど。でもやっぱり、これ(『Time for Payback』)はCDが2枚、リマスターですごく愛のある良い音でまとまってるんですよ。それぞれの曲を活かしつつね。

 

小野島:小山田(圭吾)くんが何年か前にJBのリミックスをやったことがあって、その時の話を聞いたんですけど、普通にマルチのテープが送られてきたらしいんですよ。マルチのチャンネルのあちこちに、JBの怒鳴り声が入っているんだって(笑)。「お前何やってんだ、バカ野郎!」みたいな。あの一糸乱れぬ演奏は、猛特訓、スパルタ教育の賜みたいな、ブラック企業的な厳しさの賜だっていう。怒鳴り声を入れれば面白かったのに(笑)。

 

TEI:そういう意味でポスト・ヒューマン感ありますよね。限りなくロボティックというか、ファンクを突き詰めて、煮詰めていくと、マン・マシーンみたいなね。

 

小野島:ブーツィーとは、ディー・ライトのときに一緒にツアー回られたんですよね?

 

TEI:そうなんですよ。僕はツアーが嫌で嫌でしょうがなかったんですけど、ほかの2人は次のツアーはフル・バンドでやりたいって言って、やるんだったらブーツィーがベースでしょ、みたいな感じで参加してくれたんです。ブーツィーがバンマスになって、ドラムを連れて来たり、Pファンクの後期にいた人とかを連れて来たりとかしてやったんですけど。僕この頃、人生で1番疲れていた時期なんですよ。バターにやられていて。

 

小野島:バター?

 

TEI : ホテルで食べるものが、だいたいバターの味しかないんですよ。醤油味とかないんです。ツアーでアメリカを2周して、食べる時間がないからルーム・サービスのメニューを見ると、ビーフorチキンって書いてあって、でもどっちもバターの味なんですよ。あと塩と胡椒がついてくるくらい。

 

小野島:フィッシュはないんですか?

 

TEI:たまに。サーモンとかあると「やったー」みたいな。で、中華料理屋がツアー・バスから見えると「やったー!」みたいな。気が狂いかけていました。

 

小野島:アメリカ・ツアーの食べもののつらさはみんな言いますね。

 

TEI:小山田くんが行った10年前とかはもう全然状況が違うと思いますよ。とにかく、僕は嫌で嫌でしょうがない時期で、ほとんどブーツィーの写真も撮ってないですね。夢のような人と毎日一緒にいたのに。「さっきのスクラッチ良かったなー!」とか言われても「はぁ、そうでしたかー」みたいな。

 

小野島:もったいなかったですね。

 

TEI:もったいなかったですね。入れ替われたいですね、いまの自分と(笑)。いまだったらこっちが背中を後ろから叩いて「おー、ブーツィー!」って言ってね。いい人ですよ、ブーツィーは本当に。

 

小野島:JBの影響って、ご自分の音楽のどういったところに活きていますか?

 

TEI:あんまりないと思うんですけど。ファンクってある種ミニマルなところがあると思うんですよ。

 

小野島:7分間やっても展開なしみたいな。

 

TEI:(さっきの曲は)1回だけブレイクありましたけど、それを人力でやるし。僕らはシーケンサーを使ってやる。YMOを今聴くと、比較的1stも2ndもメロディアスだったり、コードの和音がすごくおもしろかったりするものの、ビート的には途中で変なことになったりしなかったじゃないですか。クラフトワークとか聴いても単調とか冷たいとか言われてますけど、僕はグッと来たというか、ピンと来たというか。

 

小野島:そういうミニマルなリズムとか繰り返しみたいなものに、面白さや気持ちよさを見出せるかどうかって、ひとつ音楽の楽しみ方が広がる境界線のような気がするんですよ。だから、プログレ・ファンはあまりブラック・ミュージックを好きじゃないっていう説があって。プログレみたいに展開が多くて複雑なものを聴いている人だと、黒人音楽の単調なミニマルさに耐えられないっていう、まことしやかな説があって。

 

TEI:いつイントロ終わるんだろう?って(笑)

 

小野島:そうそう。全然曲変わんねーじゃねーか! みたいな。同じ10分やっても、イエスとJBじゃ全然違うっていう(笑)。

 

TEI:そうですね。僕はプログレには行かなかったですよ。でも、後追いですけどクラウト・ロックは好きですね。

 

小野島:クラウト・ロックは、クラフトワークもそうですけど、単調な繰り返しのおもしろさみたいなのがあって、だからプログレ・ファンの間ではクラウト・ロックって結構鬼っ子扱いされているって。

 

TEI:そうなんですか。そのあたりに疎いので。プログレ・ファンも周りにそんなにいないです。

 

小野島:そういう人多いですよ。

 

TEI:でしょうね。音楽評論家とか音楽ライターとかにそういう人多そうですもんね。そもそも僕、音楽の話とかしないですからね、普段、こんなに。

 

小野島:(笑)。確かに貴重な機会でしたね~。ありがとうございました。

 

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