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2017/6/8 20:00

しばたはつみ「ステージ・ドア」が描く“舞台と私生活を切り離す装置”としての楽屋

ギャランティーク和恵の歌謡案内「TOKYO夜ふかし気分」第15夜

みなさんこんばんは、ギャランティーク和恵です。いかがお過ごしでしょうか? いきなりですが、このコラムで度々宣伝させてもらっていたワタシのCD「ANTHOLOGY」シリーズの最終回「ANTHOLOGY#5」が5月31日にめでたく発売となりました! 3か月に1度のペースでリリースしていたこのシリーズもやっとフィナーレを迎えることができ、ホッとしすぎてむしろ脱力しています。やりきったわ……。

 

ワタシは昔から、自ら高いハードルを設定してそれに向かって邁進するというストイックな性分なのですが、その代償として終わった後は何もする気がおきず、腐りっぱなしです。これじゃ、ただの酒飲みのヒゲボーボーのオジさん(女装)です。ダメ女装。でも、そんなオジさんがまた美しく輝くために、ちょっとの間ですが充電期間に入らせていただきます。まぁ、ただひたすら寝てるだけなんでしょうけど……。

↑ギャランティーク和恵さん(撮影:下村しのぶ)
↑ギャランティーク和恵さん(撮影:下村しのぶ)

 

先日、ワタシが歌手としてデビューした場所で、渋谷にあったいまは無きシャンソニエ「青い部屋」のオーナーでもあり、作家で歌手の戸川昌子さんの一周忌追悼イベントがありました。戸川さんが亡くなってもう1年。あの日もいまごろと同じように朝から日差しが強く、黒い服を着て、暑いなかを葬儀場まで歩いて向かったのを思い出します。到着するとそこには、普段はスパンコールに羽やら何やらをつけた派手な格好をしている歌手・ミュージシャン・ダンサーたちが喪服を着ていて、当然ワタシだって男姿だし付けマツゲもしてないしヅラもかぶっておらず、ワタシたちにとってはある意味「異様」で「非日常」な空気が漂っていました。ド派手で破天荒でそれでいて多様な人間を受け入れる包容力を持った戸川昌子という生き物に引き寄せられ、「青い部屋」という空間でかなりハチャメチャに遊ばせてもらったワタシたち舞台人であっても、この日ばかりは真面目に喪服なんぞを着るんだな(ワタシも含めて)……なんて冷静に見つめていたものです。

 

1967年に開業し2010年にその幕を下ろした「青い部屋」という場所は、戸川昌子というビッグ・ママを慕って様々な美術家・芸能人・作家などが集う文化サロンのような場所だったと聞きます。そんな著名人ばかりでなく、陽の当たる健全な場所では生きにくいようなマイノリティなジャンルをも受け入れるアンダーグラウンドなムードもあり、まさに「渋谷の洞窟」と言っていいような淫靡で怪しげな空間でした。

 

ワタシが通い始めた00年代は、ちょうど「青い部屋」がリニューアルされたころで、それまでの濃厚な歴史が蓄積された空間が2000年をきっかけに若い世代へと開放され、新旧入り混じった出演者がさらなる狂宴を夜な夜な繰り広げる、刺激的でカオスなライブハウスとして変貌しており、その頃、「歌謡曲を歌う女装の歌手」という超・マイノリティな歌手として歌う場所を探していたワタシは、もうここしかないだろう……と勇気を出して「青い部屋」の扉を叩き、なんとか歌手活動をスタートさせることが出来たのです。

 

そこでは、時代錯誤にファッション・音楽を偏愛するミュージシャンや歌手、歪みまくった美意識によるパフォーマー・美術家・映画監督、より自由な表現を求めたダンサー・ストリッパー、性別を超越するドラァグ・クイーンなどが、代わる代わるステージに立っていました。そんな一夜の狂宴が終わるころになると必ず、ワイングラス片手にフラつきながら玉虫色のようなギラギラしたドレスを引きずって戸川さんが登場し、「アタシもバケモンだけどアンタたちもバケモンだね~ハッハッハッ!」と笑いながら、ステージの真ん中で酔っ払いの戯言のような客いじりを始めたと思うと、その戯言はいつのまにか歌になっていて、気がつくとお客さんと出演者たちは、戸川さんの歌の世界にどっぷりと引き込まれているのでした。その素晴らしさと言ったら……(あれは体験しないと分からない)。そんな戸川さんの前では、さすがにどんなにバケモノ自慢な出演者も「まだまだワタシたちはバケモノ修行が足りないな……」と大バケモノの前でひれ伏すのです。

 

そんな‘ビッグ・バケモノ・ママ’戸川昌子さんの一周忌を追悼するイベントには、00年代「青い部屋」に出演していた、いわゆる「バケモノ・キッズ」が久々に集結。あれから10年以上の時が過ぎ、みんなあの「バケモノ」により近づいてるのかな? と思ったけれど、どちらかというとどこか家庭的で、角が取れてるというか、もちろんワタシも丸くなってるような気もして、なおのこと戸川昌子という人がいかに本物のバケモノだったかを思い知るわけです。

 

そんな彼女や青い部屋を追悼するために、さて何を歌おうかな……と考えていたところ、ちょうど同じ時期にリリースしたCD「ANTHOLOGY#5」が、~舞台に立つ女の愛と孤独~というテーマで選曲していて、その歌の世界と「青い部屋」で繰り広げられていたあの狂宴とどこか似てるかも……と思い、そのまま3曲まるっと歌わせていただきました。そのCDの1曲目に入っている曲が、今回ご紹介する曲、しばたはつみさんの「ステージ・ドア」です。

 

【今夜の歌謡曲】

提供:日本コロムビア
提供:日本コロムビア

15.「ステージ・ドア」/しばたはつみ(アルバム『シンガーレディ』に収録)
(作詞/橋本 淳 作曲/大野雄二)

 

「ステージ・ドア」という歌は、失恋で泣き疲れた女が、楽屋でボロボロの心を引きずりながらも、ステージに上がる決意をする歌です。舞台に立つ人間は、それぞれにどんな私生活があろうとも、楽屋を一歩出ればそこはショービズの世界。華やかな衣装を纏い、笑顔でスポットライトを浴びるのです。楽屋とは、私生活からショービズの世界へ自らをトランスポーズ(移行)する特殊空間です。しかし時には私生活に引っ張られ、スムーズにトランスポーズできない時もあり、ワタシもそのような瞬間がこれまでにも何度かありました。

 

この歌の歌詞のなかに、ステージで着る衣装に身を包んでいることを「この衣装の冷たさに耐えている」という描写があるのですが、それこそが、トランスポーズにおける「摩擦現象」です。その辛さ、虚しさ、そういったものを乗り越えて、バカみたいに派手な格好で舞台に飛び出る演者を、「青い部屋」の楽屋で何人も見てきました。

 

「青い部屋」の楽屋は舞台のすぐ横にあり、その狭い楽屋で女たちは譲り合うようにスペースを確保し、メイクをして衣装に着替えたものです。衣装だってどこで売ってるんだか分からないような、光ることだけが命みたいなド派手な石やらスパンやらがくっ付いてて、ただでさえ狭いのにかさばるような羽が四方八方に伸びてて周りを突き刺しながら着替えていました。最初の頃は「青い部屋」の楽屋さえも使えず、近くのオフィスビルのトイレの個室でメイクしていたこともありました。

 

いつも思い出すのは、戸川さんが「どんな狭い楽屋だってワタシはメイクをして着替えられる、それが劇場の外の非常階段であっても」と言ってたこと。色々勉強させてもらったことは数あれど、ワタシの中で一番心に残っている言葉です。それは決して「上品にまとまるな」という意味だけでなく、「楽屋がどんな状況であってもステージでお客さんを楽しませることにおいては平等だ」という意味で言っていたようにも思います。どんな場所でもこれから楽屋に入るたびに思い出すことができる大事な言葉。「青い部屋」で過ごした日々は、ワタシにとっての芸人としての原点なのです。

 

 

<和恵のチェックポイント>

ワタシが歌手として大尊敬しているしばたはつみさん。彼女は「歌謡曲歌手」という枠には収められないくらい、どんなジャンルの音楽も自由に歌える歌手でした。音楽から愛され、ミュージシャンから愛され、そして彼女も同じく音楽やミュージシャンを愛した人だったんだと思います。しばたはつみさんと言えば、1975年からTBSで日曜日の11時から放送していた「SOUND INN S」という音楽番組でサブレギュラーとして出演し、前田憲男さんがバンマスを務めるビッグバンドをバックに、まるで、楽器の音やリズムの中に身を委ね、一体となって弾けんばかりに踊り歌う姿がとても印象的です。

 

そんな彼女だからこそ生み出された、歌手・ミュージシャンをコンセプトテーマとして制作されたLPの数々。どれも本当に素晴らしい作品ばかりです。その中の1枚、1975年にリリースされたしばたはつみさんのLP「シンガーレディ」の中の1曲。表題曲の「シンガーレディ」は、クラブシーンなどでいまやキラーチューンとなる有名曲となりましたが、そのなかの「ステージ・ドア」はあまり知られていません。クラブでかけようものなら一気に客が引くほど暗い曲です。しかし作曲は「シンガーレディ」と同じく大野雄二センセー。絶望的な暗さでありながらとてもエレガントです。

 

作詞は橋本 淳センセー。本文にも書いた「冷たいこの衣装に耐えている」というフレーズや、「歌は心のさざなみだ」というフレーズに、どうしてこんなに歌手の気持ちがわかるんだろう、と不思議な気持ちになります。しかも、このセリフはフラれた男に笑いながら言われた言葉で、それって歌手としては少し屈辱的にも思えるのですが、そんな男に「今夜も抱かれたい」と思ってしまう主人公の複雑な心理描写にも驚きます。華やかな舞台に上がる職業を選んだからには“普通の幸せ”なんか得られないことは知ってはいながらも、時に突きつけられ揺れ動く心との戦い。歌手として非常に沁みます。だから恋なんてしたくないのよネ……。

撮影:下村しのぶ
(撮影:下村しのぶ)

 

【INFORMATION】

ギャランティーク和恵さんが昭和歌謡の名曲をカバーする企画「ANTHOLOGY」の第5集「ANTHOLOGY #5」が、2017年5月31日(水)に配信&CDでリリースされました。それに合わせて、ライブも連動して開催。詳しくはANTHOLOGY特設ページをご覧ください。

20170421-i05(2)

「ANTHOLOGY #5」

2017年5月31日(水)発売
配信:600円(税込)日本コロムビアより
CD:1000円(税込)モアモアラヴより
iTunes store、amazon、他インターネットショップにて

<曲目>
01. ステージ・ドア(作詞:橋本 淳 作曲:大野雄二)
02. ホット・スポット(One night at Othello)(作詞:ちあき哲也 作曲:矢島 賢)
03. 孤独な旅人(作詞:呉田軽穂 作曲:佐藤 健)

 

畑中葉子&ギャランティーク和恵 トークライブ『おしゃべり魔女 vol.2』

2017年7月 6日 (木)
開場/18:30 開演/19:30
予約/¥3000 当日/¥3500(ともに1ドリンク代¥600別)

出演:畑中葉子 ギャランティーク和恵
ゲスト:せきしろ(作家)

畑中葉子とギャランティーク和恵がここまで生きてきて携えてきたものをお客様に還元しながら、かつ、お客様の相談に乗りながら、ゲストと共に「人生悪くないよね」とおしゃべりするトークライブ!

 

『星屑スキャットLIVE』

20170331-i04 (3)
↑星屑スキャットの最新シングル「半蔵門シェリ」

 

【開催日】2017年7月1日(土)

【時間】昼の部・夕の部 二回公演
<昼の部>開場13:00/開演13:30/閉演15:00
<夕の部>開場15:30/開演16:00/閉演17:30

【料金】4500円(自由席・1ドリンク付)※当日精算

【出演】星屑スキャット
ミッツ・マングローブ
ギャランティーク和恵
メイリー・ムー

 

詳しくはギャランティーク和恵HPにて
http://gallantica.com