人間関係において「あなたには熱量が足りない」と言われることが多い。「どこか一線引かれているような気がした」と1年近く付き合っていた元恋人にも言われたことがある。そう言われるたびに私は動揺し、同時に不遜(ふそん)にも「ちゃんと好きなんだから、察してくれよ」と憤るのだった。
以前、男友達に「男は皆、マザコンなんだよ。彼女に“母性”を求めている。すべてを包み込んでくれて、何かしても許してくれて、時折ちゃんと怒ってくれる、そんな存在」と言われたことがある。血のつながっていない赤の他人に、“親の無償の愛”を求めるなんて、ずいぶんと酷な話だなあと思いつつ、これは男女関係なく、どこでも聞く話のような気がした。
ブラックマヨネーズ小杉がママをつとめる「スナック小杉」というバーがある。関ジャニ∞村上信五とブラックマヨネーズの3人によるトークバラエティ番組「村上マヨネーズのツッコませて頂きます!」の新企画だ。悩める結婚できない女性たちが、バーを訪れて、小杉に過去の恋愛事情や結婚できない理由を暴露するというもの。
「私、理想が高すぎて結婚できないんです」。胸元が大きく開いたワンピースを着た千夏という女性は、開口一番そう言い放った。聞けば、血液型はA型かO型のみ、歯並びが綺麗なひと、太っていない、ハゲていない、などなど。確かにここまで条件をつけると、選択の幅も狭まりそうだ。
彼女は言う、「もし私のために痩せてくれたら付き合います。私のことを愛してくれていたら痩せてくれるはずだから」。そのセリフに、小杉は問う。「そこに愛はありますか?」。
「あるから痩せられるんですよ!」
「千夏からの愛が一切ない」。小杉ママの絶叫に、テレビの前で私もひとり「ウッ」となった。
ママのお説教は続く。「そんな下請け企業みたいなね。私と付き合いたいなら、もっと薄いネジを作りなさい、みたいな話じゃない。まるで愛が感じられへん。寂しすぎる!」。
「愛してくれているなら~してくれるはず」という謎の根拠は、はたしてどこから生まれるものだろう。
なぜ、ひとは相手が“恋人”になった途端、無条件に愛してもらえると思うのだろう。そこには、「下請け企業だから努力して当たり前だ」という発想とまったく同じ構造で、「恋人だから自分のために努力して当たり前だ」という思考がある。それは、常に上の立場からの物言いであり、はたしてそこに“相手の気持ち”はあるのだろうか。
もっと言えば、「もっと薄いネジを作ってくれる企業があるなら変えてもいいんですよ」程度の、代替可能な存在だと思っているのではないだろうか。一人の人間と付き合うという行為において、そんな寂しいことが、実は世の中には蔓延しているのかもしれない。「ちゃんと好きなんだから、察してくれよ」と思っていたとき、はたして私は本当に相手を愛していたのだろうか。そこに私の愛はあったのだろうか。
愛は築くもの。しかし、まずその一手が“見当違いの自己愛”である限り、いつまでも愛は築かれない。小杉ママの「そこにあなたの愛はあるの!?」という絶叫に、真の愛の姿と、私がまるでその境地に至っていないであろうことを痛感したのだ。
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イラスト/マガポン