エンタメ
映画
2021/12/17 6:00

李闘士男監督インタビュー「不器用な人間が、傷つきながらも生きていく。僕はそれでいいんじゃないかなって思うんです」

つぶやきシローの小説を映画化した李闘士男監督の最新作『私はいったい、何と闘っているのか』が12月17日(金)より全国公開。炸裂する脳内妄想の理想と現実の狭間で日々闘う中年の主人公・伊澤春男には安田顕。2018年に『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』をスマッシュヒットさせた主演・安田×李監督の2人がお届けする、哀愁とオフビートな笑い満載の本作。その裏側を李監督に直撃!

(撮影/関根和弘 取材・文/倉田モトキ)

 

李 闘士男●り・としお…1964年生まれ。大阪府出身。大学4年生の時にディレクターデビュー。卒業後は『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)、『ダウンタウン・セブン』(TBS系)、『サタ★スマ』(フジテレビ系)、『タモリのジャポニカロゴス』(フジテレビ系)などのバラエティ番組を手がけた。2004年に『お父さんのバックドロップ』で映画監督デビュー。主な監督作に『デトロイト・メタル・シティ』、『てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡~』、『ボックス!』、『神様はバリにいる』、『家に帰ると必ず妻が死んだふりをしています。』など。

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

 

安田顕さんは多分陰の人。普段から本当に妄想ばかりしてそう

 

──最初に、監督がこのつぶやきシローさん原作の小説を映画化しようと思われた経緯を教えていただけますか?

 

李監督 映画プロデューサーの宇田川(寧)さんに勧められて原作を読んだのがきっかけです。面白い作品だなと思いました。最終的にはハッピーになるものの、主人公・伊澤春男の在り方がとてもペーソス(哀愁)にあふれていて共感できたんです。僕の映画に共通していることですが、何も起こらない物語が好きなんですよね(笑)。春男はいろんな出来事に巻き込まれてはいきますが、どれも取るに足りないことばかりで。脚本家の坪田(文)さんは大変だったと思いますよ。物語らしい物語が起きないんですから(笑)。とはいえ、そうした、どうってことない物事をいかに面白く描くか…そこが腕の見せどころだったと思います。

 

──映画化するにあたって、特に意識したことはなんでしょう?

 

李監督 春男の妻を誰に演じてもらうかが悩みどころでした。とても気持ちのいいお母さんではあるんですが、過去を知るとちょっと酷いところもある。あまり女優さんが演じたがらない役だと思ったんです。ですので、小池栄子さんに「やりますよ」と言ってもらえた時はホッとしましたね。現場でもご本人に「よく受けてくれたね」ってお礼を言ったんですが、「どうしてですか? すごくいい役ですよ」と言ってくださって。その言葉どおり、春男の家族や映画をご覧になる方みんなが、“この人がお母さんでよかった”と思える、本当に素晴らしいお芝居をしてくださいました。

 

──主演の安田顕さんとは、前作『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』に続き、2度目のタッグとなりますね。

 

李監督 主人公の春男を誰にしようかと考えていた時に、頭に浮かんできたのが安田さんでした。先ほどもお話ししたように、今作には大きな事件が何も起こらないため、春男をどう捉えるかが大事になってくるし、役者と僕の間で役の方向性をしっかり共有できないといけなかったわけです。それも、“こんな感じで”という感覚的なニュアンスでわかり合える人じゃないといけない。よく“人と人は話し合えばわかる”って言いますが、価値観が違う人とは、会話を2〜3分するだけでも、“あ〜、この人とは分かり合えないな”って思うじゃないですか(笑)。その意味では安田さんとは前回もご一緒してますし、信頼も大きかったんです。

 

──監督が感じる安田さんの魅力とは?

 

李監督 陽と陰で言えば、安田さんは陰の人だと思っています。だから観客は、春男を演じる安田さんを見て、“本当にこの人は、普段からこうやって妄想ばっかりしているんじゃない?”と思える(笑)。そこが大事なんです。実際、安田さんには、ちまちまとしたところがありますからね(笑)。例えば、撮り終わってOKを出しているのに、「あそこ、本当に良かったのかなぁ」っていつまでも心配しているし(笑)。そういうのが画面からにじみ出たらいいなと思ったんですよね。それに、僕はこの映画をコメディだと思って作っていなくて。大事にしたのは、最初にも話したペーソスでした。安田さんはそうした匂いを持っている方なんですよね。春男役を演じた安田さんを小池さんも大絶賛されていましたね。

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

 

──では、安田さんが演じられたことで、大きく印象が変わったシーンなどはありますか?

 

李監督 僕がいいなぁと思ったのは「食堂おかわり」の場面ですね。あの場所は春男にとっての、まほろばのような所にしたかったんです。急にあのシーンだけ宮崎駿アニメのようなファンタジーの世界になったから、スタッフからも「監督、これでいいんですか?」って確認されました(笑)。「男の人にはこの切なさがわかるからいいんです!」って答えておきましたけどね。「食堂おかわり」のシーンは安田さんの存在感のおかげで、美術とも非常にマッチしていましたね。意外と女性の方から、「あのシーン、好きです」という感想を聞くので、それはそれで“なんでだろう?”って不思議なんですけども(笑)。

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

 

──また、他の出演者も存在感があって素晴らしかったです。先ほどの小池さんはもちろん、春男と同じスーパーで働く高井役のファーストサマーウイカさんも最初は誰か分からず驚きました。

 

李監督 小池さんはお芝居の安定感が違いますね。僕の原体験が影響しているのか、僕は映画の中で、しっかりとしたお母さんを描きたがることが多いんです。その点、小池さんは存在の有り様がすごい。他の役者さんだと、過去に傷を負った役を演じる時、少し影を出してどこかしら暗めに表現しようとするんです。でも、小池さんは普通に演じていらして。“昔は昔、今は関係ないでしょ”というのを感じさせてくれる。きっと映画を観終わった後にもう一度見直すと、より小池さんのすごさが分かると思います。

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

 

──ファーストサマーウイカさんが演じた少しクールな高井役については、どんな演出をつけられたのでしょう?

 

李監督 今、“誰か分からず驚いた”という感想をくださったように、パッと見ではウイカさんが演じているとバレないようにしたら面白いかなという話はしました。ウイカさんも「いいですね〜!」って、すぐにその案に乗ってくださって。それに、そもそもの話ですが、結局のところ“映画を作る”とか“演出をつける”というのは、人間の探求でしかないと僕は思うんですね。また、そこにどんなドラマが必要かというと“葛藤”なんです。突き詰めていけば、葛藤のないドラマはありませんから。そこで、高井さんにとっての葛藤は何かと考えた時、原作にはないのですが、もしかすると春男を好きだったんじゃないかという設定を思いついたんです。

 

──それは映画を見ながら、ちょっとずつ感じていきました。

 

李監督 でしょ? 彼女が春男に対してツンデレなのは、もともとクールで冷たい性格なんじゃなく、春男に対する愛情があったから。それがにじみ出ると、グッと高井さんが魅力的な女性になるんですよね。金子大地君が演じてくれた金子もそうですよね。春男を裏切るような行動を取って、でも最後に「僕は謝りませんから」という。あれも、しっかりと葛藤を描くことで、本心では春男のことが大好きなのが分かるし、春男も金子のことを酷い男だとは思っていないというのが分かるんです。ね、結構監督っぽいこと考えてるでしょ?(笑)

 

──(笑)。また、監督の作品に登場するキャラクターはどれも人間関係の距離感が絶妙で、それぞれに愛したくなる要素があります。

 

李監督 それはもしかしたら、僕が下町の生まれで、人間関係が濃いところで育ってきたからかもしれないですね。この映画に出てくるスーパーの従業員たちもみんなアホばっかりでしょ?(笑) これ、褒め言葉ですよ。ああいう世界観だからこそ、最後のほうに長州力のネタが出てきても許されるんですよね(笑)。

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

 

──悪人が1人も出てこないのも魅力的です。

 

李監督 そこも自分の映画のこだわりですね。今作でいえば、沖縄のタクシーの運転手も、過去に酷いことをしてきているけど、彼は彼でいろいろあったんだろうなと思わせる描き方をしている。本当なら善悪がはっきりしているほうがドラマツルギーとしてはいいんでしょうけど、そこはあえて避けている。

 

──どうしてそこにこだわっているのでしょう?

 

李監督 真面目な話をすると、不器用な人や上手くいかない人間が好きなんです。でも、ほとんどの人生がそうだと思うんです。だからそこに寄り添っていきたいなって。そのためには、登場人物たちみんながチャーミングでないといけない。すると、あの距離感になって、自然とみんなアホになる(笑)。そこが僕の映画の価値なんじゃないかと思いますね。僕の映画にはスーパーマンは出てこないし、いつも市井の人々を描いている。どこかどんくさくて、傷ついたりしていて、それでも生きていて。でも、それでいいんじゃないかなって思うんです。

 

 

 

──では、映画のセットのこだわりなど教えていただけますか?

 

李監督 小道具で意外とこだわったのは食堂のお皿ですね。「おかわり」は決して大衆食堂っぽくなってはいけないし、おばさんが食器にこだわっているのも変なので、少しクラシカルなものにしました。なかなかいいものが見つからず、小道具の打ち合わせで何度も探してもらったりして。それと、小道具ではないのですが、沖縄のタクシーも色を塗り直しました。いまのご時世では沖縄に撮影に行けなかったものですから、関東で走っていたタクシーを調達し、沖縄っぽくアレンジしたんです。少し海風にやられているような雰囲気を出したり、垢抜けない色のグリーンに塗り直したり。また、どうやらメーターや名札が沖縄は少し違うそうなので、沖縄から何枚も写真を取り寄せたりして。あくまで“沖縄のタクシー風”にしたのですが、そこもこだわりでした。

 

──ちなみに監督が現場にもっていく必需品はありますか?

 

李監督 今回に限っていえばiPadですね。僕、よくシナリオを失くすんですよ(笑)。で、ある時に記録さんがiPadで仕事をしているのを見て、それええなと思って、自分のiPadにもアプリを入れてもらいました。何がいいって、iPadを使ってると“デキる人間”っぽい感じになるんです(笑)。やってる作業は何にも変わらないんですけどね(笑)。それまではオリジナルの台本カバーを愛用していたんですが、今回はiPadが大活躍でした。

 

↑現場に必ず持っていくという台本カバー

 

──その台本カバーについてもお聞かせください。作られたのはいつ頃でしょう?

 

李監督 12年前に、最初のを作って。それから4年後くらいに、もう1つ(印伝)を作りました。

 

↑オーダーメイドで依頼したこだわりの台本カバー

 

──なにかきっかけがったのでしょうか?

 

李監督 先ほども話したように、よく現場で台本を失くすんです。なので、目立つように、明らかに目立つ台本カバーにしておくと、みんなが見つけてくれるんです。

 

──こだわりのポイントは?

 

李監督 一応、オーダーで作りましたから。名刺入れ、資料を挟むスペース、栞も2本つけて、小銭入れもあります。ペンホルダーでバラけないようにしています。

 

↑こちらが2代目台本カバー。共に現場で活躍中

 

──2種類ありますが、機能面での違いは?

 

李監督 機能面での違いはほとんどないですが、名刺が縦バージョンか横バージョンかが違います。持っている名刺のデザインが変わったので。あと印伝の方は隅をボタンで留められるようにしたので、よりバラけないようになっています。

 

──もし次に新しいカバーを製作するなら、どんな機能を追加したいですか?

 

李監督 iPad用にしたいですね。肩からかけられて、資料とかも入れられて、これだけで現場で必要なものは十分だというものです。

 

 

©2021 つぶやきシロ―・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会

【映画『私はいったい、何と闘っているのか』シーン写真】

 

私はいったい、何と闘っているのか

12月17日(金)より全国ロードショー

 

出演:安田 顕、小池栄子、岡田結実、ファーストサマーウイカ、SWAY(劇団EXILE)、金子大地、伊藤ふみお(KEMURI)、伊集院 光、白川和子ほか
監督:李 闘士男
原作:著・つぶやきシロー「私はいったい、何と闘っているのか」(小学館・刊)
脚本:坪田 文
配給:日活、東京テアトル
公式サイト https://nanitata-movie.jp/