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2022/1/23 17:30

あの日清パワーステーションが配信特化型になって復活!!

1988年のオープンから90年代にかけて、人気アーティストが次々と出演したライブハウス・日清パワーステーション。その名前を懐かしく思い出す方も多いだろうが、残念なことに1998年に閉鎖されてしまった。しかし、その後も何度となく復活を望む声が寄せられ、ついに2020年、『日清食品 POWER STATION[REBOOT]』として帰ってきたのだ。今回は、日清食品ホールディングス宣伝部部長の米山慎一郎氏に、復活の経緯、配信型ライブハウスの意義、今後の展開などを詳しく聞いた。

 

(構成・撮影:丸山剛史/執筆:松本祐貴)

準備期間はわずか半年!? スピーディーな対応で復活&オープン

ーー日本初の「音楽特化・配信特化・無観客」ライブハウスとして、「日清食品 POWER STATION[REBOOT]」が2020年11月にオープンしました。どんなライブハウスを目指しているでしょうか?

 

米山慎一郎(以下米山) パワーステーションに限らず、日清食品は昔からTVCMなどでも音楽を活用していて、経営トップも含め音楽との関わりや思い入れが深い会社です。例えば、「カップヌードル」のTVCMでも、中村あゆみさん、HOUND DOGさん、尾崎 豊さんなどの有名ミュージシャンの曲を採用してきました。

日清食品の商品は、その大半が若年層をメインターゲットにしています。彼らは音楽へのリテラシーが高いので、こちら側もどういう楽曲、どういう使い方が若年層の心に寄り添えるのかという点にこだわってTVCMを制作しています。そうしたこだわりの1つとして、「日本初の音楽特化・配信特化・無観客ライブハウス」をコンセプトに、『日清食品 POWER STATION[REBOOT]』(パワステリブート) を復活させました。

 

ーーそのコンセプトは、まさにコロナが流行した現代にフィットしていると思いますが、いつごろから企画していたのでしょうか。

 

米山 以前のパワーステーションは、ひとつの時代の役割を終えたことから、1998年に閉鎖しました。それでも、パワーステーションは、社内、社外を問わず、多くの人の記憶に残るコンテンツでしたので、復活させようという動きが3回ほどありました。なかなか実現には至らなかったのですが、2020年初からはじまったコロナ禍に伴う社会の変化が、復活への大きな後押しとなりました。

『社会はコロナ以前の状態には戻らない』ことを前提として、「音楽特化・配信特化・無観客」というコンセプト案が浮上しました。さらに、投げ銭システムが一般化していたこともあり、事業化を目指すことになりました。

日清食品は「やろう」と決めたら、すぐ動く会社なんです。新型コロナウイルスの流行が始まって間もなく、20年4月末〜5月ぐらいにプロジェクトがスタートしたのですが、8月に役員会議を通し、11月にはオープンするというスピード感で進んでいきました。

 

ーーそういう意味では、コロナ禍でなければ、復活しなかったのでしょうか?

 

米山 そうですね。世の中の環境が劇的に変わったのは大きいです。日清食品のマーケティングは、ブランド価値を最大化させることを最も大切にしていますが、目の前で起こっている事象に素早く対応していくことも重視しているので、これだけスピーディーに対応できたんだと思います。

 

88年開業のパワーステーションは、音楽界の登竜門のような場所だった

ーー1988年開業の日清パワーステーションについても聞かせてください。当時は「Rockin’ Restaurant」のキャッチフレーズで食事もできるおしゃれなライブハウスとして開業し、1998年6月に閉鎖されました。パワーステーションができた経緯を教えてもらえますか。

 

米山 日清食品は、1988年に東京本社ビルを竣工したのですが、「おいしい文化情報館」をコンセプトにした「FOODEUM (フーディアム)」という施設に位置づけました。この「FOODEUM」には、キッチン設備を備えた多目的ホール、中華やイタリアンのレストラン、食の図書館などがあり、食文化に関するセミナーも頻繁に実施していました。そして、そのひとつに音楽と食事を楽しめる「日清パワーステーション」があったんです。

パワーステーションは、ビックアーティストの方々が駆け出しのころによく立っていたステージでもあり、11年の間にたくさんのアーティストにご出演いただきました。忌野清志郎さん、THE BLUE HEARTSさん、JUDY AND MARYさんなどそうそうたる顔ぶれです。そんな場所でしたから、パワステリブートも、音楽界の登竜門のような場所になってくれるとうれしいですね。

 

ーー米山さん個人は、パワーステーションにどんな思い出がありますか?

 

米山 私は大学4年生のときに日清食品に内定をもらって、10月に東京本社を初めて訪れました。そのときに辻 仁成さんのライブを観せてもらったのが一番の思い出ですね。

 

ーー1998年に閉鎖してからは、社員の研修会場などにも使われていたそうですね。

 

米山 はい、全社の朝礼や新入社員の研修など、年間三分の一ほどは何らかの形で使われていました。これも、復活させるときのハードルのひとつでした。本来なら、貸し会議室など別の場所を探さなければいけなかったのですが、コロナ禍によって朝礼や研修、会議などがリモートへとシフトしたことで、問題をクリアすることができました。

 

ーー今と昔のパワーステーションは運営側から見て変わった点はありますか?

 

米山 20年以上の時間が経ち、当時とはスタッフも違うので、はっきりとはわからないです。ただ、パワステリブートのオープン前に、昔のパワーステーションの運営に携わっていたスタッフにヒアリングしたところ、違いではなく共通点が見つかりました。それは、「熱狂」です。お客様から熱をもらって、アーティストが熱演し、会場に「熱狂」が生まれる。これこそ、パワステリブートが目指しているところです。

 

ーーその『日清食品 POWER STATION[REBOOT]』が一番力を入れているのはどこでしょう。

 

米山 日清食品は独自性を重視している会社です。パワステリブートには、ふたつの独自性があります。

ひとつは「最高の音」です。この場所は、地下2階から地下1階の吹き抜けになっていて、天井が高く、遮音性が高いという特性を持っています。さらに、音質向上のために音響担当のスタッフが、圧縮された配信音源でも最適な音質でライブを楽しめるように、手作業で音を補正しています。実は、スタッフの中に昔のパワーステーションで働いていた方もいらっしゃいます。昔のパワーステーションの「最高の音が楽しめるライブハウス」という特長を配信でも実現したいというのが、スタッフのこだわりです。

もうひとつは「参加型」です。通常のライブに負けない一体感を演出しようと、背面と床面のLEDにお客様のチャットをオンタイムで会場に映し出すことができます。このパワステリブートのために開発したオリジナルの配信プラットフォームを利用することで、アーティストはチャットを見ながらライブをし、曲の合間にレスポンスすることも可能なんです。

 

試算していた広告価値の4倍を創出!!

ーーチケット自体も、ほかでは見ないシステムです。例えば、ある日のプレミアムチケットには、ウルトラチアー(投げ銭)、デジタルサイン入りフォトデータ、VIPシートビュー映像などが付いています。これらはどのようなものでしょうか?

 

米山 オープンしてからも、さまざまな新しいサービスを導入しています。

VIPシートビューは、アーティストと同じ高さに設置した通常のカメラポジションではなく、昔のパワーステーションの2階席にあった「スペシャルディナーシート」と同じ位置からの映像が楽しめる、いわば「特等席」です。また、ライブ会場に行くと、グッズやタオル、Tシャツなどを買いますよね。フォトデータ以外にも、デジタルならではプレミアムももっと考えていきたいです。普通の生バンドとVチューバーの方では、ファンが求めるものも違いますので、お客様の声を聞きながら、さらに進化させていきたいです。

 

ーーウルトラチアーこと、投げ銭がチケットの重要なポイントだと思います。これは最初から企画されていましたか?

 

米山 パワステリブートの事業の根幹は投げ銭、ウルトラチアーです。ただし、それで儲けようとか、ライブハウスを事業の柱にしていこうといった意図はありません。あくまでも、ブランディングを行うことが目的です。

それでも、運営のためにお金が出ていくだけでは事業として成り立たないため、継続していくためフレームとして投げ銭システムの活用を考えていました。

 

ーーオープンから1年以上経過して、実際の実績、成果はいかがでしょうか?

 

米山 第一の目的であるブランディングに関しては、非常に大きな価値を生み出しています。広告価値は、当初試算の4倍にもなっています。

また、単に広告価値だけではなく、奥行きの深いブランディングが実現できていると考えています。みなさんもご経験があるかと思いますが、自分が楽しいこと、思い入れがあるときに触れたものは、ブランドインプリンティング効果が高い。

例えば、冬のスキーです。スキー場で流れている広瀬香美さんの歌は、人をワクワクさせますよね。同じように大好きなアーティストが歌っている場所に「カップヌードル」があると、お店で「カップヌードル」を買ったり、路上のサンプリングで「カップヌードル」をもらったりすることより、心に刺さりやすい。アンケートでも「日清さんありがとう」「これからはカップヌードルしか食べません」というような声が、色々なアーティストのファンから寄せられます。それだけでもブランディングの価値は高いです。

さらに、二次効果、三次効果も出てきました。ライブを行うだけでなく、日清食品の商品プロモーションとからめてみたんです。

例えば、「ライブチケットが当たります」というキャンペーンを実施したとします。すると、店頭にはポスターがあり、QRコードが付いていて、オリジナルメッセージがもらえる。商品を買うとキャンペーンに応募でき、ライブに行けるかもしれない。このような展開に繋げられることが、日清食品や商品のブランド価値向上につながっています。

 

ーーなるほど、それだけの実績を生み出しているのは素晴らしいですね。成果の数字的な面はどうでしょう。

 

米山 事業としては、まだまだです。オンライン特化のライブ事業は、まだ始まったばかりのビジネスモデルなので、チャレンジし続けないといけません。実際のところ、アーティストの方はリアルなライブを求める傾向があります。でも、オンライン特化だからこそやれることは、まだまだたくさんあると思うので、さらに工夫をしていきたいです。

 

ーー出演者のジャンルはほかにも広げる可能性はあるんですか?

 

米山 出演をVチューバーに限定するようなことは考えていません。Vチューバー、2.5次元、声優、リアルのバンドなど、お客様に喜んでいただけるアーティストをブッキングしていければと思います。こけら落としでは、リアルの西川貴教さん、ASCAさん、バーチャルアイドルの星街すいせいさんとバラエティ豊かなラインアップをそろえました。「音楽」というキーワードから広がりを持たせたいです。

 

ーー競争相手、ライバルも多いとは思いますが、どのような戦略を考えていますか。

 

米山 極端にいえば、個人がYouTubeにアップしたり、配信しているものもライバルです。また、ライブ配信サービスの企業もあります。オンラインライブ自体は定着したと言えるので、日清食品としてどんな付加価値を提供できるのかが、生き残るポイントになると考えています。

 

ーー今後の目標はどう設定しますか。

 

米山 日清食品でしかできないことをパワステリブートでどのように実現していくかが課題です。例えばライブ配信は、さまざまな企業がやっています。そこで、パワステリブートの強みであるウルトラチアー(投げ銭)、会場の双方向性だけでなく、スーパーに行って、キャンペーンで楽しめることが「日清食品ならでは」のポイントになります。この「ならでは」を、もっと追求していくことだと思います。

1月には、今年は人気バーチャル・シンガー「初音ミク」やオリジナルキャラクターが物語を展開する大人気リズムゲーム「プロジェクトセカイ」とコラボを展開しています。「カップヌードル」をテーマにした5人の人気クリエイターによるミュージックビデオや、店頭展開、SNS展開、ゲーム内での展開など、ブランドと音楽、パワステリブートが複合的に絡んだ日清食品ならではの展開を企画しています。

 

 

あの伝説のライブハウス・日清パワーステーションの復活劇を当事者が語ってくれた。オリジナルで開発したプラットフォーム、会場の透過型LEDバックパネルやLEDフロアパネルといった音と一体感へのこだわりはすさまじい。さらにはオンラインライブ配信をブランディングにつなげるという意欲的な動きは、音楽が好きな企業だからこそできることである。ファン、アーティストだけでなく、運営側の熱気も伝わってくる取材であった。きっとここから「オンラインライブ配信、の その先へ。」連れて行ってもらえる日は近い。これからも『日清食品 POWER STATION[REBOOT]』から目が離せない。