難聴のボクサーの実話を基に、『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督が新たに脚本を書きあげた『ケイコ 目を澄ませて』が、12月16日(金)より公開。劇中で、岸井ゆきのさん演じるヒロインが通う、小さなボクシングジムの会長を演じる三浦友和さんに、製作者や共演者との距離感や自身のキャリアについて、さらにはこだわりのヴィンテージギターについても語ってもらいました。
【三浦友和さん撮り下ろし写真】
ミニシアター系の劇場で映画を観るのが、個人的に好きなんです
──出演依頼が多いなか、本作への出演を決めた理由を教えてください。
三浦 どの作品でもそうですが、とにかく脚本が面白かったんです。面白さについては作品によって違いますが、今回の『ケイコ 目を澄ませて』に関しては、ケイコという女の子の成功物語ではなかったこと。それと、よくありそうな起承転結があるボクシング映画ではなかったことですね。
──ちなみに、ボクシングジムの会長役を演じることに関しては?
三浦 ボクシングについては、三十代の頃にちょっとかじっていたんですよ。トレーニングの仕方も知っていたので、自分がボクシングジムの会長という役をできるかどうか考えたとき、何とかなりそうだなと(笑)。だから、意外と役に入り込みやすかったです。
──三宅唱監督からのオファーというのは、どのように捉えられましたか?
三浦 新宿でいうと、この作品が上映されるテアトル新宿や、新宿武蔵野館、K‘s cinemaといったミニシアター系の劇場で映画を観るのが、個人的に好きなんです。そのなかで、三宅監督の『きみの鳥はうたえる』を観ていて、「すごく素敵な監督だなぁ」と思っていたんです。でも、彼と一緒に仕事するのは初めてだったので、一度お目にかかって、いろいろお話する機会をいただきました。
分かりやすさとは一切違う点が、どこか心地良いというか、面白かった
──実際、三宅監督にお会いしたときの印象は?
三浦 僕、どこの現場に行っても、スタッフキャスト含めて、最年長なんですよ。彼らとは世代だけでなく、観てきた作品も違うから、いきなり現場に行くのは不安なんです(笑)。だから、そうやって一度話す機会を設けてもらうわけですが、三宅監督に関しては、頑なとか偏屈な印象は一切なく、自由な発想の持ち主で、とても安心しました。
──ケイコ役の岸井ゆきのさんとの共演はいかがでしたか?
三浦 彼女のことは知っていましたが、彼女が出た作品自体も観たことなかったですし、今回が初共演だったんです。これは作品のテイストにもよるんですが、コメディとかなら、事前にキャストとご飯食べに行ったり、飲みに行ったりして、仲良くなった方がいいんですよね。でも、今回はそうしない方がいいかと思いまして。だから、岸井さんとはボクシングジムの現場が初対面だったんです。そのときは、目の前に完璧に出来上がったケイコがいたんです。ミット打ちしている姿もプロそのものだったし。だから、ちょっと感動しましたね。
──その後、ジム会長と所属するボクサーという関係性の芝居に関しては?
三浦 女優さんとして、役柄に対して完璧なアプローチをされているので、こちらが無理しなくても、自然と彼女を見守るという、お互いの関係性を表現する芝居ができました。会長とボクサーの関係性ではありますが、お互いに欠けているところを埋めていくような……。こちらとしては、とても楽でした。
──完成した作品をご覧になっての感想は?
三浦 自分の出ていないシーンも含めて、期待以上のものでしたね。僕の世代ではボクシング映画といえば、『ロッキー』なわけですが、その分かりやすさとは一切違う点が、どこか心地良いというか、面白かったですね。
「なぜ、僕をオファーしたんですか?」と、聞いてみたい気持ちでいっぱいですね(笑)
──『グッバイ・クルエル・ワールド』と『線は、僕を描く』という、22年に公開された三浦さん出演作について振り返っていただきたいと思います。
三浦 若い頃は正義の味方みたいな役が多くて、それはとても難しくて大変だったんですよ(笑)。だから、『グッバイ・クルエル・ワールド』で演じた強盗団のボスみたいに、そうじゃない役が来るのが、とてもありがたいし、演じていてやっぱり面白いんです。『線は、僕を描く』は『羊と鋼の森』にも近い主人公の青年との師弟関係でしたが、今70歳だし、そういう役回りが増えてきたのかなぁとは思いますね。でも、僕が演じる師匠側にもどこか未完成なところがあって。例えば、水墨画の巨匠でも、教えるのが絶望的に下手だったりして、そういう人間性丸出しなところが好きですね。
──人間性丸出しのキャラといえば、ともに2007年にテアトル新宿で上映された『松ヶ根乱射事件』と『転々』。女にだらしない父親と、とぼけた借金取りといった役柄で演じたコミカルな演技は、高い評価を得ました。
三浦 そういう、ちょっと個性的な作品を自分で選んでいるんじゃなくて、50代になったあたりから、そういう変わった役柄のオファーが来るようになっただけなんですよ。個人的にも、おかしな人間ドラマの方が好きなんですが、逆にオファーしてくださった方に、「なぜ、僕をオファーしたんですか?」と、聞いてみたい気持ちでいっぱいですね(笑)。
美しくて、無駄なモノが一切ない。いい音出すために作られていますから
──そんな三浦さんのこだわりのモノについて教えてください。
三浦 ビートルズとベンチャーズに憧れて始めたエレキギターですね。これは楽器全般に言えることですが、美しくて、無駄なモノが一切ない。いい音出すために作られていますからね。海外に行っても、ギターショップには必ず行くようにしていますし、ヴィンテージ系は眺めているだけでも楽しい。音楽やっている息子(三浦祐太朗)が持っていったモノもありますけど、家には今30本ぐらいあります。お気に入りは、モズライトの1969年より前のモノ。それ以降のモノは重くなりますからね。あとはリッケンバッカーやテレキャスターといった定番モノを部屋に飾って、眺めています。最近出てきたギターには何の興味もない(笑)。あとは衣食住なら、「住」のこだわりもあります。
──「住」のこだわりとは、具体的にどういうことでしょうか?
三浦 18歳で家を出たとき、当時のアルバイトの収入が30000円だったんです。でも、なぜか24000円の部屋に住んでいたんですよ。たかが六畳間だったんだけど、鉄筋コンクリートの3階建て。バス・トイレ、あと炊事場があるといった条件から選んでいて。普通はそんなことしないでしょ?(笑) 残り6000円しかないから、月末になると確実に食えなくなる。そして、電気やガスの集金が「ピンポーン!」と来ると、居留守を使うようになる。そんな青春を送っていたぐらいだから、今でもギターが並べてある自分の住み家みたいな居心地のいい空間は、大切にしたいと思っています。
ケイコ 目を澄ませて
12月16日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
(STAFF&CAST)
監督:三宅 唱
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅 唱、酒井雅秋
出演:岸井ゆきの
三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美
中島ひろ子、仙道敦子 / 三浦友和
(STORY)
嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえない。再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない思いが心の中にたまっていく。「一度、お休みしたいです」と書き留めた会長あての手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知り、ケイコの心が動き出す。
【映画「ケイコ 目を澄ませて」よりシーン写真】
(C)2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
撮影/映美 取材・文/くれい響 ヘアメイク/及川久美 スタイリスト/藤井享子