ゲーム&ホビー
2020/8/1 18:00

歴史系のボドゲってなんか難しそう? 知識ゼロからの「歴史ボードゲーム」入門【その1】

第1回:歴史ボードゲームってどんなゲーム? どのへんがおもしろいの?

 

古今東西の歴史を、戦いを中心に紹介する「歴史群像」(ワン・パブリッシング刊)は、今年で創刊から28年、通巻162号という歴史ある雑誌ですが、その最新号(2020年8月号)には、第二次世界大戦の有名な戦いであるノルマンディー上陸作戦を題材としたボードゲーム「ノルマンディーの戦い」と「米軍空挺部隊の戦い」が、別冊付録としてついています。

↑発売中の「歴史群像」8月号の付録ボードゲーム一式。サイコロのついた表紙、マップ、切り離して使うコマ・シート、ルールブックの4点セット。マップは表裏で2種類のゲームが楽しめる。今見えているのが、この講座で使用する2人用の「ノルマンディーの戦い」

 

戦史を題材としたボードゲームが付く理由

ボードゲームとは、テーブルの上にマップを広げて、そこに厚紙やプラスチック製のコマを並べ、デジタル機器を使わずに遊ぶゲームのこと。何十年も前からプレイされている「人生ゲーム」や「モノポリー」も、ボードゲームの一種です。

 

この雑誌に付録のボードゲームが付くのは、今回で4回目です。はて、ボードゲームの専門誌でもないのに、どうして何度もボードゲームが付録になっているの? と疑問に思われるかもしれませんが、そこにはちゃんと理由があります。

↑「歴史群像」既刊のボードゲーム付録。左側が2012年8月号の「ミッドウェー海戦」、右側が2018年8月号の「モスクワ攻防戦」。ともに2人用の歴史ボードゲーム

 

歴史上の戦いを題材としたボードゲーム(歴史ボードゲーム)は、ゲームとしておもしろいだけでなく、プレイすることでその戦いの理解がより深まったり、新たな興味が湧いたり、という効能があるのです。

 

歴史ボードゲームは、手軽にプレイできるように、簡略化や抽象化がなされた形でシステムが組み立てられているので、厳密な意味での「シミュレーション(歴史的状況の正確な再現)」ではありません。しかし、歴史的な戦いの行方を左右したポイントを絞り込んでデザインされたボードゲームをプレイすれば、実際の戦いで司令官がどんな選択肢を持ち、何が勝敗を分ける鍵であったのかを、感覚的に知り、理解することができます。

 

もちろん、テーマとなっている戦いについての知識がない方でも、ルールを理解すれば楽しくプレイできます。そして、歴史ボードゲームをプレイすることで、その戦いについての興味が湧くことも少なくありません。

 

意外と古い歴史ボードゲームの歴史

特定の歴史上の戦いを盤上で再現するボードゲームは、一般には「ウォーゲーム」や「シミュレーション・ゲーム」という名前で呼ばれ、商業ベースで製品化されてから、半世紀以上の歴史を持つホビーです。

↑アメリカのウォーゲーム大会(コンベンション)会場の様子(2017年、アリゾナ州テンピ)。全米および世界各地から、ウォーゲームの愛好家が集まり、ゲームをプレイしたりゲーム談義に花を咲かせる

 

このホビーの本場はアメリカで、1954年に最初のウォーゲーム「Tactics(タクティクス:戦術)」が発売されました。このゲームは、架空の二つの近代国家による戦争が題材でしたが、1958年には米国南北戦争の有名な決戦を題材とする「Gettysburg(ゲティズバーグ)」が出版され、現在につながる歴史ボードゲームの時代が幕を開けます。

 

1960年代に入ると、ゲーム化される歴史上の題材も増え、第二次大戦期の重要な戦いであったバルジの戦いやミッドウェー海戦をテーマにしたゲームも出版されます。

↑アメリカのコンベンションでプレイされている独ソ戦の巨大なゲーム(下が北、上が南)。手前右のフィンランド湾と左のラドガ湖の中間に、要塞都市レニングラードがある。最後までプレイするには何日もかかる

 

戦史書を読みながら「俺が司令官ならこうする」と空想を巡らせる、アームチェア・ジェネラル(安楽椅子に座って将軍の気分に浸る人)の夢を、手軽な形で実現できるウォーゲームは、戦史に興味のある人々の心を捉えて、競技人口は増大していきました。1970年代から1980年代にかけて、米国ではアバロン・ヒル社とSPI(Simulations Publications Inc.)社の二大メーカーを中心に、多種多様な歴史的題材を扱ったウォーゲームが出版され、このホビーは商業面での黄金時代を迎えます。

 

両社の製品が翻訳ルール付きで日本に輸入されたのもこの頃で、日本国内でもいくつかのメーカーがオリジナルやライセンス版の製品を販売していました。若者向けの雑誌「ホットドッグ・プレス」でも、ウォーゲームの特集記事が何度か掲載され、中学生や高校生、大学生もプレイに熱中する「ブーム」が起きました。

↑1982年にホビージャパン社から刊行されたウォーゲーム専門誌「タクテクス」。同誌は1980年代の日本におけるウォーゲーム・ブームを牽引する役割を担った。上の2つは、同社が同時期に出版した米国製ウォーゲームの日本語ライセンス版

 

その後、コンピュータ・ゲームの発達やカードゲームの流行で、日本におけるウォーゲームの市場規模は縮小しましたが、現在でも本家のアメリカを中心に、日本や台湾、中国、フランス、スペインなどの国々で、ウォーゲームの愛好家がプレイを楽しみ、多くのメーカーが新しいゲームの制作と出版を行っています。

 

実際の戦場を模したマップ上でプレイする

ウォーゲームあるいは歴史ボードゲームが、将棋や囲碁、チェスなどの抽象的なゲームと異なる点は、いくつかあります。

 

まず、ゲームのマップが実際の戦場を模した形でデザインされていること。大抵の場合、歴史ボードゲームのマップはヘクス(蜂の巣のような六角形のマス目)やエリアで区切られていますが、そこには平地や森、湿地、村や都市、川などが描かれ、コマの移動や戦闘に何らかの影響を及ぼします。

↑1943年7月の米英連合軍によるイタリアのシチリア島への上陸作戦を再現するウォーゲーム。「ノルマンディーの戦い」をより複雑にしたルール構成で、島の支配権をめぐってドイツ・イタリアの枢軸軍と戦う

 

次に、コマは実際の戦いに参加した部隊を表しており、両軍が完全な対称になっていないこと。国によって部隊編制は異なりますし、その戦いに参加した部隊がコマとして登場するので、同じ歩兵部隊でも精鋭部隊と寄せ集め部隊では戦闘力の数値に差がつけられていることも少なくありません。

↑1944年12月の西部戦線におけるアルデンヌの戦い(通称バルジの戦い)を精密に再現するウォーゲーム。歩兵、戦車、対戦車砲、工兵、ロケット砲など、部隊が兵科別にコマ(ユニット)になっている

 

また、プレイヤーの力ではコントロールできない「運・不運」の要素をシステムに組み込んでいることも、歴史ボードゲームの特徴の一つです。これは、現実の戦争やその中で行われる作戦・戦闘の結果が、両軍の指揮官の知力や兵力の多寡だけでなく、偶然の要素によってしばしば左右されたという事実を反映したものです。

 

多くの場合、歴史ボードゲームで戦闘を行う際には、サイコロを使います。そして、両軍の兵力差などを反映した表(ゲームによって「戦闘結果表」や「射撃結果表」などと呼ばれます)に、サイコロの出目を当てはめて、結果(損害や退却)を判定します。

↑「歴史群像」付録「ノルマンディーの戦い」のプレイの一場面。戦闘においてはサイコロを振ることで「運」を加味して結果を判定する

 

中国の故事で「人事を尽くして天命を待つ」という有名な言葉がありますが、歴史ボードゲームで戦闘を行う時のプレイヤーの心境も、これに似たものがあります。攻撃を行う側も守る側も、兵力の集中や地形の利用など、出来る限りの手を尽くして、自軍に有利な「状況」を作ろうと努力しますが、それだけで結果が決まることはありません。

 

圧倒的に有利であるはずの側が、例えば現場指揮官の失態や突然変化した天候、予期せぬ形で反撃を受けた兵士のパニックなど、司令官のコントロールを離れた場所での「不確定要素」によって、予想外の敗北を喫することもあります。

 

もっとも、サイコロの出目が1回や2回良かっただけで、ゲームに勝てるわけではありません。あちこちで発生する戦闘の解決で、何度もサイコロを振っていけば、前回は不利な目を出した側が今回は有利な目を出すことも増え、全体としては出目の偏りが消えていきます。そうなると、やはり勝敗を左右するのは、作戦や戦略を考える思考力や、戦術面で最善の手を考案する実務能力、ここぞという場面で敢えてリスクを取りに行ける決断力など、プレイヤーの総合的な知力ということになります。

 

ボードゲームで歴史のダイナミズムを味わおう

どうでしょう? 歴史雑誌にボードゲームが付いている理由と、その魅力について、関心を持っていただけたでしょうか?

 

明日は第2回「ゲームのテーマを知ろう~『ノルマンディーの戦い』ってそもそもどんな戦い?」です。歴史群像の付録ゲームでゲームのやり方を学んでいただく前に、テーマとなっている「ノルマンディーの戦い」がどんな戦いかを解説します。お楽しみに!

 

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解説:山崎雅弘(やまざき・まさひろ)

1967年大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。軍事面だけでなく、政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争に光を当て、俯瞰的に分析・概説する本と記事を「歴史群像」などで執筆。同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、新聞、雑誌、ネット媒体に寄稿。著書多数。

また、1989年からオリジナルの歴史ボードゲーム(ウォーゲーム)をデザインし、日本とアメリカ、フランス、中国のメーカーから出版されて高い評価を得ている。1992年には、第二次世界大戦中のスターリングラード攻防戦を再現したゲーム「スターリングラード・ポケット」で、共同制作者のアメリカ人と共に優れたウォーゲームに与えられる賞「チャールズ・S・ロバーツ賞」を受賞。これまでに制作した歴史ボードゲームは、30点以上にのぼる。

 

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