誰もが共感できるメロディと歌詞が人気の男気爆発のロックバンド・怒髪天。そのボーカルの増子直純さんはバンドの活動とは別に、ソフビのヘドラのコレクターとしてもよく知られています。ヘドラだけで収集数は500を超え、自身のヘドラコレクションの展示会やトークライブにくわえ、ソフビのヘドラの監修を行なったこともあるそうです。
今回はそんな自他ともに「世界一」と認めるソフビ・ヘドラコレクターの増子さんに、ここまでヘドラにハマった経緯と、深すぎるマニアの世界について話を聞きました。
【記事の写真をギャラリー形式で紹介(画像をタップすると拡大表示されます)】
「特撮の黎明期」育ちだが、子どもの頃はさほどソフビを買ってもらえなかった
――まず、増子さんが特撮およびソフビにハマった経緯からお聞かせください。
増子直純さん(以下、増子) 俺は1966年(昭和41年)生まれなんだけど、ちょうど子どもの頃に特撮の黎明期を迎えていて有名どころだとウルトラQ、ウルトラマン、仮面ライダーなどの特撮を観て育った世代で。今振り返ってみても本当に一番良い時代を過ごしたと思う。
そんななかで、普通はウルトラマンとか仮面ライダーとかの、主人公のヒーローのほうを好きになると思うんだけど、俺は怪獣とか怪人のほうが好きだった。これ、振り返って考えてみるとさ、主人公のヒーローってディテールがシンプルでしょう。ウルトラマンとかはツルッとしたディテールだしね。
その点、怪獣とか怪人は、すごく凝ったものが多くて。だから、見た目として怪獣や怪人が好きで、もちろん子どもの頃からソフビを買ってもらいたかったけど、うちは結構貧乏だったからね。あまり多くは買ってもらえず、基本的なもの……ゴジラとかウルトラ怪獣のミクラス、ギャンゴとかだけを厳選して買ってもらっていた。あとは偽物を買ってもらって「なんか違うな」と思ったり(笑)。そんな子ども時代だったのよ。
昭和の時代、玩具メーカーが勝手にそれ風のヒーローを作り上げるケースもあった?
――偽物があったんですか?
増子 「パチ怪獣」と呼んでいるやつなんだけどさ、ソフビメーカーのオッサンが勝手に考えて作った怪獣(笑)。そんなものが売られていたのよ。
例えば当初は、版権元から版権を取ってオリジナルに則したソフビを作っていたものの、やがて版権期間が切れた時期に、それまで作っていた版権ソフビに似させたような、原作にも全然ない勝手なヒーローとか怪獣をソフビにして売ったりすることが結構あったの(笑)。
増子 あるメーカーでは、当初きちんと版権を取って、ウルトラマンのソフビを作っていたんだけど、版権が切れちゃったから勝手に「ウルトラエース」っていう架空のヒーローのソフビを作って販売したの。
この一方、元ネタほうで「ウルトラマンエース」っていうヒーローがいるけれど、あれはたまたまソフビメーカーの架空ヒーローと同じ「ウルトラエース」っていう名前で出す予定だったんだって。でも、ソフビメーカーが先立って架空ヒーローの商品を出しちゃってたから、その名にするわけにもいかず、やむを得ず「ウルトラマンエース」って名前にしたらしい(笑)。「どうなってんだ!」っちゅー話だけど、そこでトラブルにもならず、そのソフビメーカーは後に、また正式なウルトラマンの版権を普通に取り直してるんだ。いかにも昭和の大らかさ、ユルさを感じるよね(笑)。
原作『ゴジラ対ヘドラ』はゴジラシリーズの中でも社会問題に切り込んだ異色作だった!
――増子さんが子どもの頃に持っていた数少ないソフビはその後どうなったんですか?
増子 中学生くらいの頃に親に捨てられちゃったりして全部なくなった。その後、ちょうどハタチくらいの頃に車の免許を撮って地元の札幌だけじゃなくて、北海道の各地に遊びに行くようになったんだけど、寂れた町のオモチャ屋さんなんかに入ると、昔欲しかったソフビが結構残っていたりして。そこからまたソフビが俺の中で再燃したんだ。
――中でもヘドラにハマった経緯はなんだったのですか?
増子 友達がオリジナルのヘドラのソフビを持っていて、それがまずカッコ良かった。あと、この頃すでに怒髪天をやっていたけど、当初はパンクバンドだったから。やっぱり破壊衝動、悪のカッコ良さ、さらに「滅びる美学」みたいなものをヘドラに感じて、すごい好きになった。
ヘドラは『ゴジラVSヘドラ』っていう1971年に公開された東宝の特撮映画に出てくる怪獣だけど、作品自体はゴジラシリーズの中でも特に大人向けというか、社会問題に切り込んだ異色作なんだよね。
当時、静岡の田子の浦港のヘドロ汚染が問題になっていて、そのヘドロと宇宙から落ちてきた鉱物が出来上がった怪獣……それこそがヘドラなんだよ。もう怪獣っていうよりは鉱物だから感情も何もあったもんじゃないんだけど(笑)、でも見た目がまずカッコ良いよね。
――ただ、原作では真っ黒でドロドロした印象の色なのに、ソフビでは何故かかなりカラフルな配色になっています。これはなぜでしょう?
増子 諸説あるんだけど、有力説の一つとしては、ソフビって子どもが欲しがる以前に親がお金を出して買うわけで、その際に「汚い色だと買ってもらいにくい」ってことで、「原作は黒くてドロドロしてるけど、ソフビは鮮やかにしとこっか」みたいな感じでソフビメーカーが色を買えちゃった……というもの。当初のカタログには、原作に近い黒くてドロドロしているソフビが載っていたんだけど、結局、これは販売されなかったんだ。
でもさ、この「原作とは違うカラー」にしたことでヘドラのソフビの存在意義が高まったのは事実だよ。実際、俺自身は『ゴジラ対ヘドラ』の映画も大好きだけど、やっぱりソフビのヘドラのほうが好きなの。ヘドラマニアの中には、チラシやポスターを集める人もいるけど、そういうのはあまり興味がないんだ。それよりも映画という二次元で見た怪獣を、実際に目の前で、いろんな角度から立体として見て触ることができるソフビのほうが楽しいんだよ。
『なんでも鑑定団』でも「見たことがない」と評価されたオリジナルのデッドストック
――大小500体ものヘドラのソフビを所有しているそうですが、今日お持ちいただいたのはどういったものですか?
増子 ブルマァクというソフビメーカーのオリジナル。袋が入っていないものだから、今なら3万円くらいで買えると思う。
――とても値が張るんですね!?
増子 これと全く同じやつで、袋入りのものも持ってるけど、これは俺も過去に俺が持ってるやつしか見たことがないから、さらにとんでもない金額になると思う。昔『なんでも鑑定団』に出たときに、オリジナルの袋入りを鑑定してもらったけど、玩具コレクターの北原照久さんも「どのコレクターに聞いても『見たことがない』と言っていました」って言ってた(笑)。
ソフビメーカーの先駆者と後継者のちょっと泣ける良い話
――ブルマァクというソフビメーカーはその後どうなったのですか?
増子 怪獣ブームが終わって、一度潰れちゃったの。でも、1990年代にM1号というソフビメーカーが、ヘドラの金型をブルマァクから引き継いで、そのまま復刻させたんだ。オリジナルとは微妙に違うところもあるんだけど、一番は成型色。オリジナルは黄色だけど、復刻版は肌色なんだ。
増子 これはM1号の配慮で、オリジナルと復刻版とであえて差が出るようにしているの。またM1号では、オリジナルで当初出すはずだった原作に近い黒いヘドラも出した。発売されなかったものが30年以上の時間を経て実現したっていうこともあり、マニアは狂ったように買ってたよ、黒いヘドラを。
さらに、ブルマァクはソフビファンの厚い支持もあって、後に復活することになったんだけど、その際、M1号は一度引き継いだヘドラの金型を、再びブルマァクに返すという話もあって。
――泣ける話ですね。
増子 素晴らしいよね。ブルマァクというソフビ界の宝のようなメーカーに対する、M1号の敬意と熱意。本当に良い話だと思う。
ヘドラ好きが高じて、増子氏監修のヘドラをリリース!
――さらに増子さんご自身が監修したヘドラのソフビもあるそうですね。
増子 もともと彫り師をやっていたイズモンスターさんっていう人がいるんだけど、その人の原型で出したもの。ヘドラのソフビはさっき言ったブルマァク以外にも後発で色んなメーカーからいっぱい出ていて各社個性を打ち出してるんだけど、中でもマーミットっていうメーカーから出ているヘドラは、ブルマァク路線とは違うデフォルメでこれもまた最高なんだけど、俺が監修させてもらったのは、ブルマァクに敬意を表しながら、マーミットのような現代的な良さも取り入れたところ。
増子 これは素晴らしいね。よく出来たと思う。またさ、ヘドラではないけど、怒髪天のグッズで昭和っぽいロボットを作ったこともあった。これはHSっていうソフビメーカーで作ってもらったんだけど、そもそもHS自体の腕が素晴らしくて、海外でもこのメーカーの商品は争奪戦になっていて、このロボット、今買い取りで80万円くらいする。
――そうなんですか?
増子 買い取り価格が80万円くらいだから、おそらく売り値は100万円を超えるんじゃないかと思う。そんなソフビも作らせてもらったことがあったよ。
フィギュアとは全く違う、ソフビならではの独特の魅力
――ソフビに人気がある一方で、あらゆるキャラクターにはフィギュアもあります。増子さんはフィギュアはお好きではないのですか?
増子 好き・嫌いっちゅーより全然違うものだよね。例えばガンダムとかエヴァンゲリオンのフィギュアとかだと、細部まで精巧に、忠実に再現したものもあるでしょう。あれはあれで「すげーな!」とは思うけど、俺が求めるのは、そういう精巧さではない。あくまでもソフビという素材と、冒頭でも喋った「昭和のユルさ」を感じられるところが好きなんだ。
原作のキャラクターを、立体化するときはだいたい2つの方法があると思うの。一つは「本当に生物として存在するなら、こんな感じではないか」と、肉体的に具現化するもの。もう一つは劇中に出てくるものを、忠実に具現化するもの。
でもさ、ソフビの場合はこの2つのどっちにも入らない(笑)。第3のラインで本当に独特の世界。おもちゃとしてある意味原作を飛び越えてるからね。特にヘドラはメーカーごと色んなタイプのソフビが出ているからね。まぁ飽きないよ、何年集めても。
――ここまで伺った話はあくまでもソフビ・ヘドラの一部分でさらに深い話がありそうですね。
増子 そりゃあるし、俺にとってもソフビのヘドラに対する思いには終わりがない。
ちょうど今から5年くらい前だけど、大人計画の舞台で俳優の瑛太くんと共演したことがあったの。その舞台のとき、俺が楽屋にヘドラのソフビを持っていってたんだけど、瑛太くんがすごい食いついてきて。それから瑛太くんもヘドラにハマり始めて、一緒にまんだらけのイベントに出たり、瑛太くんは瑛太くんでオリジナルのヘドラのソフビを作ったりしてるんだ。こうやってヘドラ仲間をどんどん増やしていくことも俺の目標だから(笑)。終わりはないんだよ。
ただ……例えば瑛太くんみたいな人気俳優だと、財力があるからね。俺が30年以上かけた世界に、財力でグングン追いかけてくるわけ。「瑛太くん、ダメだよ。そのヘドラそんな値段で買っちゃ」「相場っちゅーもんがあるんだから」とか言って教えてあげてるけど(笑)。
まぁ、こんな感じでヘドラの話をしだすと尽きないっちゅーことだね。
増子さんのソフビ・ヘドラに対する思いは尽きず、しっかり話を聞き続ければ一冊の本ができるのではないかと思うほどでした。ソフビ・ヘドラの世界、一度ハマると沼のように抜け出せなくなるかもしれませんが、本記事を参考に是非ソフビのヘドラをチェックしてみてください!
怒髪天
http://dohatsuten.jp/index_gate.html
撮影/我妻慶一