少しずつ、これまでの生活が戻ってきました。オフィス勤務が再開したり人と会ってコミュニケーションをとる機会も増えたり、再びの環境の変化に、心身ともに疲れやストレスを感じている人も多いはず。「なんとなく体がだるい」「朝起きられない」「会社に行きたくない」……それはもしかして、いわゆる “五月病” のサインかもしれません。
五月病とはいったいどのような病気なのか、そしてその対策について、精神科医の森秀人先生に解説いただきました。
「五月病」ってどんな病気?
「新しい環境での生活がスタートしてちょうど1か月ほどたった頃、心や身体にさまざまな悩み事を抱える状況が増えてくる、それが “五月病” といわれるものです」と森先生。
「日本は4月から新年度や新学期が始まる会社や学校が多く、その1か月後の5月頃に症状が現れることから、 “五月病” と呼ばれています。海外でもやはり新生活をスタートする時期に同様の症状が報告されており、日本人特有の病気というわけではありません。医学用語で言うと、『適応障害』に近いものですが、新しい環境で緊張する場面が多いなか、かなりのストレス状態でさまざまなことに適応しようと一生懸命になっている状況が続くことが原因です」(森秀人先生、以下同)
症状は自覚がほぼないものからダメージが大きいものまで3段階
第1段階……いつもとちょっと違う? ささいな兆候がはじまり
「第1段階の症状は、『食事の時間になっても食べる気がしない』『朝起きても疲れが取れていない』『夜中に眠りが浅くて起きてしまう』『朝早くに目が覚めてしまう』など、比較的軽度なことから起こります。最初の1~2回くらいだと、たまたまかな、と思う程度であまり気に留めない人も多いでしょう。『いつもより食べる量が少ないね』といった具合に、周りにいる人が気付くケースが多いかもしれません」
第2段階……仕事も生活も、パフォーマンスが低下する
「続いて第2段階は、パフォーマンスの低下です。『以前できたことができなくなっている』『ミスが多くなった』などで、それでも頑張ってやり続けているうちに、ちょっとしたミスで落ち込みやすくなったり、くよくよしてしまったりしてしまいます。ポジティブにとらえ直すことができなくなってしまうと、さらに症状が進んでしまいます」
第3段階……メンタルが不調。不安や焦りなど気持ちが不安定に
「第3段階になると、憂鬱な気持ちを抱えるようになります。メンタルの異常や体調不良を自覚しはじめると、不安や焦りなど気持ちの揺さぶりが大きくなります。すると、いよいよさまざまなことがうまくいかなくなってしまいます。なんとか自分を保とうと頑張っても勝手に涙が出てきてしまうなど、感情のコントロールが効かなくなると、もはや “五月病” を越えたところまで進んでしまっているかもしれません」
五月病にならない、進行させない! 6つの方法
それでは、五月病にならないために、または初期のうちに気づいて改善するにはどうしたらよいのでしょうか? 6つの方法を挙げていただきました。
1.旧知の友人や家族に会う
「新しい環境、新しい人間関係の中では、自分に起きている変化に気づいてくれる人はまずいません。しかし、昔から知っている友人や家族なら、『前に比べてあまり食べないね』『笑顔が少ないね』などと気付いてもらうことができます。精神的にうまくいっていない状況ではつい一人でこもりがちですが、なじみの友人や家族で会ったりする時間を作ることも大切です」
2.“いい加減” に思考をシフト。抱えている課題から一度離れる
「『真面目にやらなきゃ』『100%完璧にこなさなければダメだ』と考えるタイプは五月病に陥りやすいです。『まだできなくて当然』『できる範囲で頑張ろう』と捉えられるよう、ちょうどいい加減に思考をシフトしましょう。とかく他人のことはよく見えてしまうものなので、『あの人はあんなにできているのに』などと比較することもよくありません。また、抱えている課題や悩みなどをいったん棚上げできる技術も重要です。一度抱えている課題から離れることで自分の気持ちも整うので、まずはストレスにさらされている状態から自分を解放してあげてください」
3.マインドフルネスを行う
「自分が本当はどんな気持ちなのかは、実は過去や未来、善悪など、さまざまな感情が交錯して見えにくくなってしまっています。しかし、それらをすべて取り払い、今感じていることだけをそのまま受け取ってあげることがマインドフルネスです。難しければ、例えば目を閉じる、丁寧に息を吸って吐くなどして、気持ちを寄せていく方法もあります。ありのままの自分の気持ちを感じてあげることでリラックスすることができ、本来の自分を取り戻すことができます」
4.リラックスにつながる運動で自律神経を整える
「心を静める副交感神経が優位に働くような運動も効果的です。体を伸ばすストレッチなど、気持ちいいと感じるような、ジワーッとゆっくり刺激を与えるものがおすすめです。女性は足がむくみやすいので、ふくらはぎをもんだり、指をもんだりすることも自律神経のバランスを整える方法として有効です」
5.たんぱく質をきちんと摂取し、糖質は控えめに
「“高タンパク低糖質” はダイエットに関してよく聞かれますが、メンタルにおいても重要です。例えば疲れたとき、チョコレートなどの甘いものを食べると幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが一時的に増えます。ところが、血糖値が急激に上がると、インスリンが分泌され、血糖値を思い切り下げようとする働きが起こります。低血糖になると体は危険を感じて血糖値を上げようとするため、今度は、アドレナリンやコルチゾールといった交感神経を強く刺激する物質を分泌。脈拍が早くなり、身体は戦闘態勢に、心は不安定な状態に入ります。
チョコレートなど甘いものでは幸福感は長く続かず、そのあとに訪れる低血糖とそれに伴う感情の揺さぶりが、心のコンディションを悪くしてしまうのです。血糖による揺さぶりを起こさずにエネルギーを補充するには、タンパク質の摂取が一番です。小腹がすいたときにも、卵やナッツ、小魚などを食べ、糖質は控えめにしましょう。
さらに、タンパク質はホルモンの生成にも欠かせません。幸福感ややる気をもたらすセロトニンやドーパミン、リラックス効果をもたらしストレスを軽減するギャバなど、どのホルモンもタンパク質を原料としているため、タンパク質が十分に補われていないと作られません。さらに、タンパク質を構成するアミノ酸がホルモンを合成する過程で必要なのが、鉄などのミネラルやビタミンB群などの補酵素です。鉄は豚レバーやアサリなどに、ビタミンB群は豚肉やレバーなどの肉類、ウナギやマグロなどの魚類、卵や乳製品などの動物性食品に多く含まれています」
6.毎日10~15分の仮眠で “脳の掃除” を
「昼食後や移動中など、昼間に10~15分ほどの睡眠を習慣にすることもおすすめです。10~15分というのは、入眠してすぐのレム睡眠の状態で目覚めるためです。レム睡眠は、いわゆる『質の高い睡眠』と呼ばれているもので、このとき頭の中では夢を見つつ、脳の掃除をしている状態だといわれています。そのため、レム睡眠の状態で目覚めると頭の中がスッキリするのです。物事の考え方や捉え方も前向きに変わってきます」
新しい環境で大変な時こそ、一度立ち止まって自分自身を整えること、そしてたんぱく質を中心にバランスのよい食事をしっかりとることが大切です。それでも自分で気持ちをコントロールできなくなってしまったら、ひとりで悩まず、職場の産業医やメンタルクリニックの先生に相談しましょう。
プロフィール
精神科医 / 森 秀人
ひめのともみクリニック医師。精神保健指定医、日本医師会認定産業医、日本美容外科学会(JSAS)、認定専門医。精神科臨床を続ける中で、栄養学の重要性を痛感し、栄養療法を自らも実践しつつ知見を深め、臨床に活かしている。
ひめのともみクリニック HP