この春、掃除機メーカーの雄、ダイソンから待望の最新モデル「Dyson Cyclone V10(ダイソン サイクロン ブイテン) コードレスクリーナー」が発売されました。モーター、サイクロン技術、バッテリーを一気に見直し、ゴミ捨てから収納方法に至るまで、すべてに改善を加えた同モデル。コードレススティック掃除機カテゴリのみならず、コード式キャニスターを含むすべての掃除機に対し、圧倒的優位性を改めて示した1台と言えます。
↑新製品のDyson Cyclone V10 コードレスクリーナー。直販サイト価格7万5384円
画期的なコードレス「V10」発表後のジェームズ・ダイソン氏にインタビュー
3月20日に行われたDyson Cyclone V10 コードレスクリーナーの記者発表会には同社の創業者であり、社長、およびチーフエンジニアであるジェームズ・ダイソン氏その人が登場。同モデルの「進化ポイント」について解説しつつ、「この掃除機の登場で、すべてのコード付き掃除機に別れを告げることになる」と断言しました(なお、今後同社ではコード付きキャニスター掃除機の開発は一切行わないとのことです)。
今回、GetNavi web編集部は、発表会直後のJ.ダイソン氏にインタビュー。Dyson Cyclone V10の開発秘話に加え、ダイソン氏と日本との関係、同社の未来に至るまで、貴重なお話を聞くことができました。
――まずは、今回発売されるDyson Cyclone V10 コードレスクリーナーの開発意図について。「コード付きと同等のパワーを持つコードレス掃除機を作る」ことがテーマだったとのことですが。
ジェームズ・ダイソン氏(以下ダイソン氏) 元々、私たちがコードレススティック掃除機において重要だと考えたのは、壁に掛けた状態からすぐに掃除を始められるこの形状でした。従来のコード付き掃除機は、「コードを取り出してコンセントに差し込んで」「掃除が終わったらまたコードを抜いて収納して」というのがいちいち不便だった。そんなコードの部分、あるいはホースの部分はもはや不便な要素でしかなかったので、それらを取り払おうと考えたんです。そしてその目的は、モーターとバッテリーに非常にパワーのあるものを導入することで、実現しました。いまや家のあらゆる場所を掃除できるコードのない掃除機を作ったわけですから、今後はコード付き掃除機を使う必要はないと思っています。
コードを取り払うための最も高いハードルはモーター開発だった
――その目標を達成するのに、最も高いハードルだったのは何ですか?
ダイソン氏 モーター開発です。新開発したダイソン デジタルモーター V10は、回転数が毎分12万5000回転と非常に高速なんですが、この開発がすごく大変でした。特に難しかったのは、トリガーを引くたびに、回転数をゼロから12万5000回転に一気に加速する技術ですね。また、カーペットからフローリングに移るとき、ブラシバーの抵抗が少なくなるんですが、それに合わせてモーターの出力を自動で調節できる機能も備えています。
↑ダイソン デジタルモーター V10
風路がストレートになったのは、モーターの進化があってこそ
――今回のモデルで見た目にも大きく変わったのが、風路がストレートになるようサイクロンとクリアビンの配置を変えたこと。新モデルのサイクロンとクリアビンのデザインが決まるまでに2500以上のプロトタイプが作られたそうですが、発表会会場にあった最初のプロトタイプは、すでに風路がまっすぐになる配置になっていましたね。
ダイソン氏 おっしゃる通りです。本体の中ではモーターが真ん中に入っていますが、そのためにはモーターの直径を抑えなければなりませんでした。V10のモーターと(従来製品の)V8のモーターを比べて見ていただければわかりますが、重さが約半分になっただけでなく、直径も大幅に小型化しています。これにより、本体の真ん中にモーターを収めることが可能になったわけです。
↑従来機のDyson V8 Fluffy(左)とは違い、Dyson Cyclone V10 Fluffy(右)はヘッドからパイプ、モーター、排気までが直線状に配置されています
↑上が従来モデルで下がV10。V10はムダなく効率的な空気の流れを作ります
――実現されたまっすぐな風路の配置を見ると、従来のモデルは空気の経路が複雑で、直線的な空気の流れのほうが自然だと感じてしまいます。いままで、それが実現できなかった理由は何ですか?
ダイソン氏 単純に思いつかなかったからです(笑)。ただ、もう少し真面目な話をすれば、従来のモーターを中央に入れようとすると、本体がものすごく長くなってしまう。その意味でも、ダイソン デジタルモーター V10のおかげで今回の形状が可能になったのです。
日本向けの開発が世界仕様になったこともある
――今回の新製品、Dyson Cyclone V10 コードレスクリーナーに関しては、日本市場向けに開発した部分はあったのでしょうか?
ダイソン氏 それはないですね。アメリカでは、クリアビンはもう少し大きいですが。日本の製品はアメリカのバージョンと比べてクリアビンがより小さいです。
↑Dyson Cyclone V10 コードレスクリーナーのクリアビン
↑パイプを外して、クリアビン横の赤いレバーを引き下げると底ぶたが開き、ゴミ箱へダイレクトにゴミを排出できます
――ヨーロッパのバージョンも日本と同じサイズなんですか?
ダイソン氏 ヨーロッパでは、アメリカのサイズと日本のサイズ、両方を提供しています。面白いことに、最近のUKの家は、日本の家より狭いことも多いんです。また、実はアメリカのNYのアパートは、5年ごとに部屋の平米数が半分になってきているんですよ。ですから、世界は「家の大きさ」という意味では似た状況になってきています。
――では、元々日本向けの仕様だったものが、世界仕様になった、という部分はあるのでしょうか?
ダイソン氏 そうですね。そのひとつの例が「フラフィ」(ソフトローラークリーナーヘッド)です。これは元々、日本向けに開発したもの。開発した理由は、日本人には「床にやさしくしてあげたい」という気持ちがあるからです。それが他の国のみなさんにも受け入れられるようになりました。
↑「フラフィ」こと「ソフトローラークリーナーヘッド」。その名の通り、やわらかい素材で大小のゴミを包み込んで集じんします
コードレススティックは「掃除機の未来」であると信じている
――いま日本では、多くの掃除機メーカーがダイソンをひとつの目標として製品を開発しています。実際、国内メーカーの方とお話しをすると、「ダイソンは……」という話題がよく出てくる。そして、日本のメーカーは、まだコード付き掃除機の開発は続けるでしょう。こうした日本のメーカーについて、どのような考えをお持ちですか?
ダイソン氏 あまり考えたことがないです。もちろん、私たちはまだコード付き掃除機は製造してはいますが、開発はやめてしまいました。開発の労力はすべてコードレススティック掃除機に、そしてモーター、バッテリーに充てています。なぜなら、私たちはこれが掃除機の未来であると信じているから。それ以外にも、世界中のどこの国でも、我々のコードレススティックを買った方は、それ以降、家にあるコード付き掃除機を使わなくなっているんです。そういうお客様の声を聴きながら方針を決めているわけで、競合メーカーについては、我々が何かを申し上げることはできません。我々は、自分たちのなすべきことをやるだけです。
掃除機で培った技術を応用し、自動車業界の既成概念を“破壊”する
――ダイソン社は2020年を目処にEV(電気自動車)への参入を表明しました。今回Dyson Cyclone V10 コードレスクリーナーに投入された技術の中にもEVに応用できる技術はたくさんあるんでしょうか?
ダイソン氏 もちろん! バッテリーの開発もデジタルモーターの開発もそうですし、ロボット掃除機「Dyson 360 Eye」のために開発したナビゲーション技術「360°ビジョンシステム」もEVに応用できます。ほかにも空気清浄機の空気を処理する技術や空気を冷却・温める技術など、多くの技術が応用できると考えています。
↑同社のロボット掃除機「Dyson 360 Eye」は、360°を一度に撮影できるカメラを本体上部に搭載
そういう意味では、私たちがEV開発に着手することにしたのは自然の流れでした。また、より広い視点で見ても、自動車産業はいま「変革の時代」「変化の時代」を迎えています。私たちの参入は、自動車業界の既成概念を“破壊”する、良いタイミングだったと思っています。
初来日を思い出すと、温かい気持ちになる
――ちなみに、ダイソン氏が開発した掃除機の初号機「G-Force」を取り扱ったのは日本の商社、エイペックスだそうですね。当時を振り返ってどんな思いが湧き上がってくるか、語っていただけませんか?
ダイソン氏 当時のことを考えると、とても温かい気持ちになります。というのも、私は1985年に初めて日本に来たのですが、来日当日に私が訪れた会社は、私が作った掃除機をすべて分解して、そのひとつひとつの部品について、すごく愛情を込めて語り始めたんです。そんな光景を、私はほかのどの国でも見たことがなかった。
私はエンジニアであり、デザイナーでもありますが、エンジニアでない普通の人々までそういう技術を理解していて、なおかつ愛していた、という新しい経験に感銘を受けました。私は日本語を喋れませんが、昔から日本には「心地いい国」というイメージを持っていますし、日本に来ると、いつも「モノを愛して、技術を理解している人たちの中にいる」と実感します。
それと、私が思うに、イギリス人は日本人と似ていますね。私たちは思っていることを表に出しません。世界中を見ても、イギリスと日本だけが思っていることをちゃんと言わないんです(笑)。でも私は、それはいいことだと思いますよ。
――日本人の「職人気質」に通じるものがあると?
ダイソン氏 そうですね。モノに対する、モノの「美」「機能」「素材」に対する愛情、熱意が素晴らしい。例えば、私は日本のスチールは世界最高だと思っていて、私たちの作るデジタルモーターの中でも日本のスチールを使っています。
自分にはかなり「日本人的」な感覚がある
ダイソン氏 まあ、私は典型的なイギリス人ではないし(笑)、自分自身をちょっと変わった人間だと思っています。だから、’85年に初めて来日したときは、まるで“仲間”のもとに戻ってきた気持ちがしましたよ。
――いま、ご自分のことを「変わった人間」とおっしゃいましたが……。
ダイソン氏 はい。私はモノが好きで、エンジニアリングが大好きで、モノがどういう風にデザインされているかについて、すごく興味を持っています。また、モノに触ったときにどんな感触なのか、そういったことにも強い興味があります。それはかなり「日本人的」な感覚だと思いますね。
――ダイソンさんは、日本市場を大変重視してくださっていますが、初来日での体験が影響を与えている部分もあるのでしょうか。
ダイソン氏 はい、もちろんです。(日本の方は、)技術、デザインをちゃんと理解してくれているみなさんですから。日本の製品を見るとそれが明らかで、他の国にはそういう特徴はないんです。また、日本は私たちにとってトップマーケットのひとつでもあります。ある意味、私たちの最大の成長の理由はアジア、日本や中国、韓国にあるんです。それに、私たちの会社は、イギリスらしくもないし、アメリカやドイツらしくもない。むしろアジアの、日本らしい企業だとも思っています。
↑若き日のダイソン氏(左)と掃除機の初号機「G-Force」(右)
――ダイソンさんにとって日本は“第二の故郷”とも言えると?
ダイソン氏 おっしゃる通りです。もうイギリスに少し近かったら良かったんですが(笑)。ところで、UKがEUから離脱しましたね。私は「ブレグジット(Brexit)派」(※)なんですが、これによって自由貿易が可能になり、日本ともより近い関係になれると思っています。ブリュッセル(EUの本部がある場所)経由ではなくて、英国が直接日本とやりとりできるのはうれしいことです。
※ブレグジット(Brexit)……Britain(英国)とExit(離脱)を組み合わせた造語。ブレグジット派はEU離脱に賛成という意味
「納得のいく製品ができなければ発売しない」スタイルは今後も続ける
――今後、掃除機以外、EV以外で挑戦したい分野はありますか?
ダイソン氏 もうそれで十分じゃないですか?(笑) ほかにも照明や、ハンドドライヤー、ヘアドライヤーなどにはすでに参入していますし。ただ、私たちはたくさんの多様化したポートフォリオを持とうとは考えていない。私はそれよりも集中することが好きで、いまは「EV」という集中できる対象ができたのをうれしく思っています。
――たしかに、十分かもしれませんね(笑)。さて、いま「集中」とおっしゃいましたが、今回のDyson Cyclone V10 コードレスクリーナーのサイクロン部分でも2500以上のプロトタイプが作られました。「フラフィ」(ソフトローラークリーナーヘッド)の開発にも12年をかけられたとか。ダイソンさんは本当に妥協を許さない方ですね。
ダイソン氏 おっしゃる通り、妥協は許しません。私たちは商業的なプレッシャーがあっても、うまく機能する製品でなければ発売しない。というのも、我が社には株主がいないから。私が唯一の株主なので、株主を喜ばせる必要もない。私たちがやりたいことをやり、しっかりと製品ができたときに発売する、というやり方でずっとやってきました。それはすごくラッキーだったと思いますね。もっとも、最初に起業したときに誰も投資してくれなくて、結果的に私が投資するほかなかった…という面もあったのですが(笑)。
――このスタイルは今後もずっと続けていくんですか?
ダイソン氏 そうですね。いまは一緒に仕事をする息子がいて、彼も私と同じ考えなので、 そのやり方は続けていくと思います。
こうして、ダイソン氏へのインタビューが終了。時間にして30分程度でしたが、新製品の開発秘話から、コードレスへの強い思い、EV開発を含めた今後の展開まで、たっぷりと語っていただきました。印象に残ったのが、日本への深い親愛の情。特に、初来日の様子を語るときの本当に懐かしそうな表情を見て、それを強く実感した次第です。同時に、自らを「日本的」と語るダイソン氏が職人魂を込めて作りこんだ「Dyson Cyclone V10 コードレスクリーナー」。改めて、その性能を確かめてみたくなりました。