2016年7月、「プレミアムウォーター」を展開する株式会社エフエルシー(以下「FLC」)と、「クリティア」を展開する株式会社ウォーターダイレクト(以下「ウォーターダイレクト」)が経営&ブランド統合。宅配飲料水業界のシェア3位のメーカー「株式会社プレミアムウォーターホールディングス」が誕生した。この経営統合は、2016年の宅配水業界の大きなトピックといえる。ウォーターダイレクトは業界シェア4位ながら、ワンウェイ(使い切り)方式のボトル製造・出荷数は業界No.1の会社。一方、FLCは営業・販売プロモーションにおいて業界トップクラスの実績を持つ。両者の合併は、単に「業界シェア3位メーカーの誕生」以上のインパクトと脅威を、他の会社に与えた。今回は、設立間もないプレミアムウォーターホールディングスの代表取締役社長・萩尾陽平氏に、経営統合の経緯から今後の展開まで、じっくり話を聞いていこう。
統合によるコスト削減で競争力のアップを図る
新会社、プレミアムウォーターホールディングスの社長を務めるのは、まだ38歳という若さの萩尾陽平(はぎお・ようへい)氏。FLCの創業メンバーであり、同社の代表取締役も務めてきた人物(現在もFLC代表取締役を兼務)だ。萩尾氏は、今回のような経営統合は、「業界に必要な動き」と語る。
「宅配水業界は、ウォーターサーバーをお客様に対して無償でレンタルし、水の定期配送で利益を得るモデル。サーバーを無償レンタルしても、契約後早々に解約され、利益を回収できずに終わることもあって利益の純増を取るのが難しい。ではどこを改善すべきか。この業界は、同じような地域を水源地としていることが多い割には、どの会社も水源開発、工場建設、PRなどを各社で独自に行うため、コストがかかり過ぎているんです。ですから、業務連携や会社合併によって資産を共有し、事業を統合することで様々なコストを削減しないと、業界や市場が成長しないと思うんです。実際、すでに部署を統合したことによるコスト削減効果が現れてきています。業界内での競争力がアップしているし、そこは他社との差別化ができ始めていると思いますね」(萩尾社長)
ではなぜ、ウォーターダイレクトとの統合を進めたのだろうか。
「業界随一の営業・販売プロモーション力を持つFLCと、商品開発からお客様へのアフターサービスまでの製販一体を強みとしたウォーターダイレクト。両者が組むことで、双方の得意分野が重複することなく、統合による価値を最大化できると考えました。ウォーターダイレクト以外に、経営統合を模索した相手もありましたが、経営理念が合わないなどで、合意には至らなかった。最終的に、水に対しての価値観が共有できたのがウォーターダイレクトだったんです。またウォーターダイレクトは、ワンウェイボトルの出荷数が業界1位であるだけでなく、安全・安心でおいしい水を供給し続けている。その信用も大きな魅力でした」(萩尾社長)
※初出の記事では、上記の部分に「何年間も無事故で安全・安心でおいしい水を供給し続けている」とありましたが、読者の指摘を受け、修正させていただきました。ここでいう「無事故」とは、水の出荷に関する事故を指しておりました。ここに訂正し、関係者にご迷惑を掛けましたことを深くお詫び致します。
営業力が強い理由は決裁者が近くにいること
宅配水事業において、営業・店頭での対面販売力は大きな武器だ。その点、プレミアムウォーターホールディングスの営業力は業界トップクラス。同社の前身であるFLCは、他の多くの宅配水業者からその対面販売力を買われ、営業委託を受けていた。では、そこまで営業力が強い秘密は何なのだろうか?
「『営業が強い』というと、よくある気合いとか根性とか、精神論的な要素が多いと思われますよね。否定はしませんが、それ以上に、個々にどこまで当事者意識を持ってもらえるのかが重要。そのためには、トップが掲げるビジョンとチームの方向性、評価、人事、給与体系など、全てがリンクしている必要があります。自分も営業マンだったから、気持ちがよく分かるんですよ。もちろん、彼らは日々の頑張りを細かく評価してくれたら頑張るでしょうし、『今、目の前の事を頑張れば自分のキャリアはどうなっていくのか?』ということがイメージできれば『やらされてる……』ではなく、自発的に『やろう』と思いますよね。それを具体化し、様々な要素に細分化して人事評価の仕組みに取り込んでいます」(萩尾社長)
さらに萩尾社長には、もう1つ意識してきたことがあるという。
「それは、個性を潰さず輝かせること。個々によって能力も違いますし、多様性が組織の強さになると考えているので、その辺りは、会社の文化になるよう言い続けてきました。ですから、その本質を理解できてない人間は管理職へは上げませんね。あとは、決裁者がすぐ近くにいるようにすること。例えば社長が近くにいて、『今月これを頑張ったら、給料を上げるよ』と言われたら頑張るし、それを毎月繰り返したら、その社員はすごく仕事ができるようになる。実際、僕は会社でこれを実践してきて、育てた社員たちがいまの幹部になっています」(萩尾社長)
この「決裁者が近い位置にいること」は、強く意識しているそうで、組織の規模もあえて小さくしているのだという。その規模は、多くても100人規模だとか。
「100人だったら名前も顔も全部わかるし、だいたいの年齢、家庭があるのか、彼女がいるのかも覚えられる。そうなると社員も『見てくれている』となってうれしいと思うんです。人は『期待されるかどうか』が重要。近くに期待を寄せてくれる人がいて、その人と約束したことを守ったら給料が確実に上がる。そうなったら、仕事はがぜん楽しくなりますよ。だから、本来は『事業部』でいいものも、あえて子会社にする。そして優秀な人材を子会社の社長に据え、全権を与えて給料も好きに決めさせています」(萩尾社長)
自らの経験を現在の評価基準に落とし込む
萩尾社長がそのような考えを持つに至ったのは、若手時代の経験が大きい。彼は元々FLCの前身となる会社にアルバイトとして入り、そこで知り合った仲間とFLCを立ち上げた経緯がある。
「アルバイト時代には、いまのうちの営業がやっていることと同じ仕事をしていました。でもそこでは、いくら頑張って売り上げを伸ばしても、仕事の幅が広がるわけもなく、意見を通せる機会も少なかった。もちろん、社長と話す機会なんてなかったです。だから、僕はできるだけそれをなくしていきたい。頑張ったぶんだけ報われる会社にしたいと思っています。そうしたモデルを明確に見せてあげるのも重要。たとえば、自分の直属の上司が、業績1位を取って出世するのを間近で見れば、『俺も1位になったら上に行けるんだ』と思いますよね」(萩尾社長)
萩尾社長によれば、プレミアムウォーターホールディングスにおける仕事の評価基準は明確だ。
「営業なら、基本的に現場で契約が取れる、営業が強い人間が上に上がっていきます。それで管理職になって、5人、10人などのユニットを任されるようになったとき、部下を育てられるのは人間性が高い人。だからうちでは、営業ができて人間性が高い人が出世します。そこはもう『この会社はこういう人しか評価しません』と僕が決めているので、それが会社の文化となり、必然的にそのような人が育つ仕組みになっています。反対に、学歴や社歴だけで判断し、いきなり外部から人を連れてきて責任者にしたら、それがその会社の『文化』になる。『頑張っても、営業は評価されないんだな』となるでしょう。僕はそれがイヤなので、叩き上げの人間を常にいいポジションに置くことを心がけています」(萩尾社長)
日本の天然水は世界にとって大きな魅力がある
では次に、製品について聞いていこう。萩尾社長によれば、日本の天然水は良質な資源にほかならないという。
「世界の約97%の国では水道水でさえ飲めないと言われているなか、日本では地面を掘れば井戸水が湧き、そのほとんどが安全な水質です。そんな国は世界中探してもほとんどない。ただ、この豊かな水は、タダで手に入るわけではありません。安全な天然水ができるには、山や草、木など、水をろ過する自然環境をそのまま残す必要があり、そのため、水源地域では土砂崩れや洪水などのリスクを抱えています。私は水源開発で日本全国を回るなかでその事実に触れ、『我々は資源を売っているのだ』と強く感じました」(萩尾社長)
また、海外から見ても、日本の天然水は価値が高いと萩尾社長は語る。特に同社の採水地でもある富士山麓をはじめ、阿蘇などの水は海外でも特別な価値を持つようだ。
「東南アジアや中華圏、太平洋圏では、特に富士山は日本の象徴としてよく知られています。シンガポールでは、『あの山の水が飲めるのか!』と言われました。また、当社に投資したいという中国系ファンドも多いのですが、彼らのほうが僕よりずっと水のことに詳しい。それだけ海外の人は、日本の天然水の価値をわかっているんです。今後何年かかるかわかりませんが、“メイド・イン・ジャパン”として日本の天然水の安全性とおいしさを世界にアピールし、日本の水を世界のメジャー資源にしていきたいですね」(萩尾社長)
ただ、日本人にとって水は長い間当たり前に存在するもので、水の価値に気づきにくい。さらに水道水が世界トップレベルの安全性を誇っているため、ウォーターサーバーを使おうという人はまだまだ少ないのが現状だ。一方で、ボルヴィックやエビアン、クリスタルガイザーなど海外の天然水は人気が高く、その点から「日本人にも身体にいい水、おいしい水への潜在的なニーズはある」と分析する。
「私たちは、ボルヴィックやエビアンに匹敵する、日本にも価値ある水があることを、これまで以上に伝えていきたい。そしてそのためには、天然水の安全性やおいしさの啓蒙活動が重要です。例えば、『いい水で作られた食材は、その水で調理するのが一番おいしい』といった例や、『天然水でお茶やコーヒーを淹れたらおいしい』『お米を炊いたらおいしい』『料理を作ったらおいしい』など。これらの提案により、天然水の価値を『文化』として日本人に根付かせていきたいと考えています」(萩尾社長)
ちなみに新会社発足により、同社の宅配水事業におけるブランド名はすべて「プレミアムウォーター」に統一。今後同社が展開する水はすべて「プレミアムウォーター」の名前を冠することになる。統一ブランド名に「クリティア」でなく「プレミアムウォーター」を選んだ理由は、「ワンランク上の水」であることが伝わりやすいから。特に今後、アジアを皮切りにワールドワイドな展開を図っていくなかで、海外の人々に「日本の水=プレミアムな水」というメッセージを伝わりやすくする意図もあるという。
健康志向のユーザーに訴える仕掛けを推進
同社のブランド「プレミアムウォーター」は、富士山麓、島根県金城(※「クリティア」ブランドのみでの取り扱い)、九州南阿蘇の3つの水源から採取した天然水を使用。 さらに非加熱で処理を施すことで、くみ上げたままの天然水ならではの味を提供している。
「非加熱だからこそ、水には高い安全基準を設定しています。この安全性、信頼性は絶対不可欠な要素で、事故が1つでも起きたらダメなレベルだと思っています」(萩尾社長)
さらに「プレミアムウォーター」は、容器内に外気が入りにくく、使い切ったらリサイクルゴミとして捨てられる「ワンウェイボトル」を採用。配送時間を細かく指定できるなど、利便性の高さも大きなアドバンテージとなっている。
また、萩尾社長は「プレミアムウォーター」の“天然水”“非加熱”“ワンウェイ”“安心・安全”の価値をわかる人は、潜在的には“健康志向”が高いと分析。そうしたユーザーが購入したいと思う二次的な商品からの仕掛けも考えている。
「例えばコーヒーの会社とアライアンスを組んで、『コーヒーを本当においしく飲むためには、おいしい水じゃないとダメ』という啓蒙をしたり。あるいは水素水を作るキットを販売したり。サプリメントやお米の販売も開始しています。サプリメントを飲む人は、水道水を使ってサプリを飲まないだろうし、水素水を飲む人は、水素水を水道水では作らないと思う。そういう健康食品、健康グッズはすべてうちのユーザーにはハマるので、ラインナップの中に取り込んでいきたいです。それによって水の使用量が増えたり、顧客満足度が上がっていけば。『水』って、本当にやれることが無限にあるんですよ」(萩尾社長)
信条は「人として正しいことをやる」
最後に萩尾社長に、社長としての“信条”をうかがった。
「強いて言えば、『人として正しいことをやる』『まっとうなことを実直にやる』ということです。僕は社員に『裏切られてもいいから裏切るな』とよく言うんですけど、そのときどきでこちらに有利な条件で契約を進めていく必要はあまりなくて、相手のためにできることをしっかりやれば、いつか人は返してくれるんですよ。そういう営業スタイルで僕たちはずっとやってきた。そうすると周りにいる人たちはこの会社を応援してくれます。そこがうちの会社の強みなのかなと。今はSNSやインターネットで、お客様のリアルな声がすぐにわかる時代。メーカーが嘘をついたり、お客様を欺くような事をしたりすれば、すぐに伝わります。まっとうに、真摯にお客様と向き合い、正しいことをやり続ける企業しか生き残れない時代だと思っています」
「人として正しいことをする」という信条は、「採水地に対して利益を還元する」という会社の理念にも通じているようだ。
「工場を作る際には、当然地元の自治体にも協力をしていただくわけですが、その際に僕たちは、必ず『その地域に利益が生まれるビジネスモデルを作りたい』と考える。これは『地方創生』のいいモデルになると思います。自然を守ることには土砂崩れや水害が起きるリスクがあります。地方に工場だけ作って本店登記は東京、資源を勝手に持ち出して東京にだけ税収を落とす事業者では、その事業は長く続かない。地元に税金というかたちでしっかりと還元し、その税収を自然の保護に回してもらう活動を続けること。これが、水の事業に携わる上で大切なことだと考えています」(萩尾社長)
社員のやる気を引き出し、安全・安心な天然水を供給することで足場を固めながら、あらゆる切り口で天然水を啓蒙し、世界のマーケットも虎視眈々と狙う。その一方で、採水地への配慮も欠かさない。これだけの活動を見ると、萩尾社長の信念「人として正しいことを、まっとうにやる」とは、「いまやれることは全てやる」という意味も多分に含んでいるように思える。我々はいま、彼のように知恵を絞って、できることを全てやっているだろうか? インタビューを終え、改めて自問したくなる内容だった。
撮影/石上 彰(gami写真事務所)