吸引力の変わらないクリーナーや羽根のない扇風機など、革新的な技術で知られるダイソン。そのダイソンが、学生を対象とした国際デザインコンテスト「ジェームズ ダイソン アワード 2016」の授賞式を開催しました。ジェームズ ダイソン アワードは、同社のチーフエンジニア兼創業者であるジェームズ・ダイソンが、世界各国の大学などでデザインエンジニアリングを学ぶ学生たちを支援するために立ち上げられたもの。運営は同氏が2002年に英国で創立したジェームズ ダイソン財団が行い、今年で第11回目を数えます。国際最優秀賞者の賞金は3万ポンド(約430万円)です。
デザインエンジニアリングを学ぶ学生を支援する国際デザインコンテスト
ジェームズ・ダイソンが同アワードを創設した原点は、まだ彼が無名だった若い頃、良いアイディアがあるのにもかかわらず、誰にも相手にされないという悔しい思いをしたため。優秀な若いエンジニアが自分と同様の悔しさを味わうことがないよう、スポットライトを当てていこうというのが、このアワードの目的だといいます。
アワードのテーマは毎年「問題を解決するものをデザインする」と決まっており、“課題を見つけて解決する”という性格から、製品デザインの応募が多くなっています。今年は22か国から969件もの応募がありました。
表彰式では、日本国内の応募作の中から、優秀と評価された5位までの作品を表彰。なお、この5作品は国内審査を通過した作品でもあり、国内の最優秀賞は世界のトップ20に入賞しています。会場では国内審査員を務めたフリージャーナリストの林 信行氏とデザインエンジニアの田川欣哉氏が1作品ごとに講評し、賞状を授与しました。
今回、1位から3位に入賞した3人に開発の経緯や裏話などが聞けたので、受賞作品の紹介を交えながら見ていきましょう。
視界にある文字情報を識別して人工音声で読み上げる
3位 「OTON GLASS」
株式会社OTON GLASS 代表取締役社長 島影圭佑氏
学生として勉学に勤しむかたわら、研究成果を世に出すため会社まで立ち上げられた島影さんは、実父が脳梗塞で倒れ、後遺症で会話はまったく問題ないのに文字を読むのが困難になる、難読症とも呼ばれる「ディスレクシア(Dyslexia)」を患ったことがきっかけで、受賞作の「OTON GLASS」を開発しました。OTONは関西弁の「おとん」なんですね。
OTON GLASSは、メガネと一体化したデザインで、装着者の視界にある文字情報を識別して人工音声で読み上げます。視界の把握と文字認識用に2つのカメラを搭載。文字認識や人工音声再生は既存の技術(API)を採用して連動するようにデザインしています。目の前の文字の存在が認識できるのに、読むことができないディスレクシアの人はもちろん、人工音声の読み上げの前に翻訳機能を挟み込むことで、日本語の読み書きが不自由な外国人旅行者などにも役立ちそうです。
会場で実際に装着してみたところ、印字のはっきりした文字は高い精度で読み上げましたが、例えば窓の外の看板の文字などはまだ識別が困難でした。今後は手書きやノイズの多い文字などにどう対応していくかも課題とのこと。
また、文字認識のカメラの情報を遠隔のサポーターと共有することで、人工音声ではなくサポーターが読み上げるシステムも計画しているそう。これは機械にやらせていることの一部を人間に戻すことで、読み間違いが少なく、よりスピーディに読み上げられるシステムにしようという試み。その柔軟な発想には驚かされます。
ちなみに島影氏のお父さんはリハビリの甲斐あって、現在は文字が読めるように回復。今後、島影さんは同じ症状に悩む人の力になれるよう、開発を続けていくそうです。
着るだけで腕を上げっぱなしでも疲れない
2位 「TasKi」
中央大学 理工学部精密機械工学科 助教 山田泰之氏
2位の山田さんは、なんとニ年連続二度目の準優勝という本アワードの猛者。昨年はかかとに板バネとゴム板を用いた疲れないハイヒール「YaCHAIKA(ヤチャイカ)」で入賞しました。そして、今回入賞した「TasKi(タスキ)」は、安価で着脱しやすい軽量な腕のアシスト装置。昨年のYaCHAIKAと同じく、モーターなどの動力を一切使用していない点が特徴です。
山田さんはサスペンションやバネに関心が高く、「自重補償(じじゅうほしょう)に関しては誰よりも詳しい自信があります」と述べる研究職。ちなみに自重補償とは、簡単に言うと、バネなどの力を利用して自分の重さをゼロにする機構のこと。例えば腕に自重補償の装置を取り付けると、装着した装置の重さはもちろん、腕の分の重さを感じさせなくなるため、腕を上げっぱなしでも疲れづらくなります。この装置がまさにTasKiです。
山田さんは実家が農家を営んでおり、プレミアムな農作物ほど腕を上げたまま作業する「上向き作業」が多く、腕が上がらなくなって引退する高齢者の多いことを気にかけていたそう。大手企業が開発するロボットスーツはニュースでは取り上げられますが、まだまだ高価で着脱もひと作業。モーターを身に着けることに抵抗感のある人も多いと感じていました。そこで得意の自重補償を組み込み、タスキのように着脱しやすい、モーターレスのTasKiの開発に取り組みました。
「開発で苦労したのは関節です。関節を増やすとどうしても部品が増え、コスト増につながります。でも関節を減らすと腕が自由に動かないといった制限に繋がります。腕の自由を確保しながら、関節の数をできるだけ少なくする工夫に時間が掛かりました。7回ほど作り直しましたが、造形は3Dプリンターを使ったのでラクラクでした」と山田さん。今年で学校を卒業し、来年から大学で教鞭を執るそうで「次回のアワードでは自分ではなく、教え子が入賞できるよう頑張ります」と微笑んでいました。
高齢者の自立を支援する多機能な“杖”
1位 「Communication Stick」
プロダクトデザイナー 三枝友仁氏
国内グランプリに輝き、国際審査でもTOP20に選ばれた三枝さんの作品は、ぱっと見た印象はスタイリッシュで現代的なデザインではあるものの“ただの杖”。しかし、この杖には「メールの着信読み上げ」「音声入力したメールの送信」「転倒を検知して位置情報の通知」という3つのテクノロジーが盛り込まれています。
開発に先立ち、三枝さんは高齢者施設のお年寄り達があまり外に出たがらず、施設の介護者も外に出したがらないという話を聞いて疑問を覚えたと言います。そうしたお年寄りは、怪我の心配はもちろん、自分が怪我したり迷子になったりすることで周囲に迷惑が掛かるのではないかとの恐れから、外に出たがらなくなるのだそう。
お年寄りが自分から安心して外に出られるように支援したい。その役に立つ道具をデザインしたい。考えを突き詰めていくうちにたどり着いたのがメールの送受信機能を持つ「杖」でした。
高齢者が新しい操作を極力覚えなくて良いよう、着信したメールは自動的に読み上げるようにし、自分からメールしたい場合も音声だけであらかじめ登録した受信者に送れるようにしました。転倒検知は加速度センサーの導入で解決。GPSも載せることで位置情報を自動通知する仕組みになっています。
プロトタイプは持ち手の部分だけを含めると7つ作ったという三枝さん。「学校では『機能を求めていけば美しいデザインになる』と教えられました」と語るとおり、完成に近づくにつれて突起やコード類は見えなくなっていき、見た目は普段使いしやすい「ただの杖」に行き着いたそうです。小さな杖の中に基盤を組み込むなど、自分の専門外の知識も必要になって苦労したそうですが、友人や先生の手助けもあり、約3か月で完成させました。
三枝さんからは「今後はこのアワードを通じて作品をより広く認知してもらい、一本でもニ本でも世に出していきたいです。道具一つで生活が変わることを多くの人に実感してもらえたらうれしいです」とのコメントをいただきました。
三者に共通していたのが他者に協力してもらう姿勢
今回、入賞した三者に共通していたのが、自分の専門分野を活かしつつ、苦手なところは素直に他者に協力してもらう姿勢です。
2位の山田さんは「デザイナーとエンジニアの壁を取り払い、もっとコミュニケーションを取りやすくするなど、一人が両方について学びやすい環境を作ることが必要」と述べていました。この指摘はジェームズ・ダイソンが志向するデザインエンジニアリングの考え方を端的に示しているように思えます。
また、1位の三枝さんは来年以降チャレンジする後輩に向けて以下のメッセージを与えてくれました。
「このアワードは、応募しようとするだけでも結構なハードル。英語の資料を用意するのも大変だし、専門外の知識がいくつも必要になります。でも、できないと諦めず、できる人の助けを借りるためにまず自分が動くこと。体を動かしているうちに解決策が見えてきます。まず自分が動く。だから、周囲も動くんですね」――私はいま、しっかりと動けているだろうか? そう自問したくなるほど、最後の言葉が強く印象に残った表彰式でした。