新年度がスタートして約2か月。新入社員は会社にも慣れてきたところでしょうか。この時期、よく話題にのぼるのが、会社の経費で物を買った際についたポイント、地方出張の際に得たマイルなど、皆さんどうされていますか? という問題。自分のカードにそれらをこっそり貯めておくと、後々どうなってしまうのでしょうか? 今回は法律の観点から弁護士の市野裕明先生に話を聞きました。
会社購入で付いたポイントは個人に貯めてもOK?
――業務で何かを買った際に、自分個人のカードにポイントがついてしまうことがあります。これは本来、法律的にはどうすべきなのでしょうか?
市野裕明先生(以下:市野) 結論を先に申しますと、これはグレーなんです。会社からポイントカードを支給されている場合は、「経費用にポイントを貯めておくこと」という指示を含むので、この場合は、ポイントを自分個人のカードに貯めるのは完全にアウト。
しかし、例えば家電量販店のポイントカードを法人契約で持っているというケースはおそらく多くありません。「そもそも会社用のポイントカードが用意されていない」といった場合には自分個人のカードにポイントを加算するのは、グレーです。
もちろん、会社用のポイントカードはないものの、例えば就業規則のルールに「ポイントを貯めてはいけない」ことが明文化されていれば、これも完全にアウトです。
――実際に市野先生が、こういったポイントカードをめぐるトラブルをお仕事で扱ったことはありますか?
市野 私自身が受任した事案ではないですが、ある会社の社員が会社を解雇される際、同じタイミングで「あなたがこれまでの業務で得たクオカードの金額、全額返せ」といった話はあったそうです。
ただし、これは高くても数万円で、これだけを理由に解雇に至ったわけではないと思います。トラブルや契約違反が複合的に重なったことで、解雇に至り、その違反の一つとしてクオカードの件も盛り込まれたのだと思います。
――Suicaもオートチャージにすれば1.5%ポイントがつきますから、そう考えると、実はカードを取り巻く問題はグレーなことが多そうですね。
市野 はい。ただし、あくまでも「ポイント」の時点では、それ自体は財物にはあたらないんです。その「ポイント」を使って、何かを購入するとか、別のチケットに転じるなどをした際に、「初めて会社の財物である」ということになるんです。ですので、法律的に言えば、「業務上で得たポイントは何がしかの物、現金などに換えたうえで、会社に返す」というのが最も正しい使い方です。
出張でついたマイルは個人に貯めてもOK?
――地方出張などで飛行機を使った際のマイルはどうですか?
市野 マイルもポイントカードと基本的には同じです。ただし、マイルはさらにグレー要素が強まって、そもそもカードが個人にしか貯まらないんです。
――そうなんですか? 法人用のマイルカードはないのですか?
市野 現状ではなくて、つまりマイルカードは法人契約ができないんです。よって会社側から見た場合に、「マイルは自社の財産である」という見方はできないので、むしろグレーというよりホワイトだという理屈も成り立ち得るんです。
しかし、「だから貯めて良いんだ」というのは難しいので、やはりポイントカード同様に、何かのタイミングで会社に返す、あるいは貯まったマイルで1回分のフライトに充てるなどをするのが正しい処理の仕方だと思います。
――違った見方として、もともと自分が持っていたポイントやマイルを使って、仕事をした場合はどうですか? もともと自分の財物を使っているわけですから、これを会社側に請求することはできますか?
市野 つまり対価を全額請求するということですが、これはまったく問題ありません。100%オフの割引券を使って、その分を会社に請求するというのは難しいでしょうけど、財産的価値があり、自分のポイントを使って会社用の商品を支払ったのであれば、問題ありません。
――こういったポイントカードの盲点を悪用した事例はありますか?
市野 例えば、家電量販店で5万円の買い物をしたとします。すると、10%のポイントがついて5000円の買い物をすることができます。このポイント分をすぐに使ったあと、後日、もともとの5万円の買い物に対し、返金をかけます。すると、5000円分が不当に搾取できてしまうんですよ。
――これは故意でなくても、やらないとは限らないような気もします。
市野 消極的にやった場合と、積極的にやった場合とでは意味が変わってくると思いますが、いずれにしてもその5000円分のポイントは返さないとマズいです。また、ネット通販で「Tポイント」がつくものが増えていますけど、あれはネットショップ各店が付与させたシステムではないです。ヤフーなりソフトバンクなりが付与させているものですが、そうなると、お店とポイントを付与させる会社、ユーザーと3者間での話になり、法律的に見ると、かなり複雑になっています。ネット通販でのポイントの問題は、より厄介だと思っています。
クオカードを私用に使うのはグレーではなく黒!
――ポイントカードに対して、クオカードはいかがでしょうか?
市野 まず、ポイントカードとクオカードは違います。どこが違うかと言うと、まずポイントはあくまでもポイントであるのに対し、クオカードは「物」に値するものです。ですので、これをなんらかのカタチで自分の懐に入れるとなると、これは横領になります。つまり、ポイントカードを私用で使うことがグレーだとしたら、クオカードを私用で使うのは黒です。
――ただ、例えば地方出張などの際、1泊8000円のホテルに泊まると、3000円分のクオカードをプレゼントしてくれるようなところもあります。こういった場合は会社に申請すべきでしょうか?
市野 申請すべきです。実質5000円で泊まれるところを8000円で宿泊し、会社に経費として請求し、残額の3000円を懐に入れるということですから、一般的な企業でしたら懲戒相当だと思います。
――一方、会社によっては「出張は一泊一律1万円支給」というところもあるようです。この場合は領収書を提出せず、そのまま1万円内で納めれば良いというルールですが、そうなると例えば、ホテルを6千円で済ませてしまえば、残りの4千円を懐に入れてしまうことも可能です。この場合も横領にあたるのでしょうか?
市野 一律支給ということであれば横領にはあたらず、問題ないでしょうね。こういった場合はおそらく会社側の管理コストの側面があると思います。領収書や経費を細かく計算するためにも人件費がかかります。むしろそれを放棄して、一律いくらとしたほうが合理的だと思えば、こういったルールを採用するのだと思います。
同じようにポイントやマイルなどの件も、これを管理するために人件費がかさむのであれば、煩雑な管理は放棄して、「まぁ少々のことはご自由にどうぞ」という場合もあると思います。
グレーなことは「メール」で総務部署に細かく問い合わせる!
――決済にともなう環境が多様化する昨今ですが、特にこれからのビジネスマンがポイントカードなり、マイルなりを正しく扱うためには何をすべきでしょうか?
市野 まず会社の総務に問い合わせるのが良いでしょうね。直属の上司とか同僚ですと無自覚にルール違反をしていたりして、「上司がやっているんだから大丈夫」と思っていたらとんでもなかったなんていうこともありますので。あと、社内でのやり取りであっても、なるべくメールでやり取りをして、経緯を残しておくことも大切ですね。
弁護士にご相談にいただくビジネスマンの方は、会社とのトラブルによる解雇にまつわる話が一番多いんです。解雇に至るまでには、何がしかの経緯があったはずですが、そういったものが証拠として残っていたほうが良いです。残業にしても、勤務記録やタイムカードは自分でもきちんと残しておいたほうが良いでしょうね。
ひと昔前の終身雇用時代と違って、ちょっとしたミスや失態で職を失うこともある時代。もちろんポイントカードやマイルカードの扱いには注意をはらいつつ、それ以外の勤務状況においても、うかつな言動は禁物です。できるだけ長く会社との関係をうまくするためにも、社員個々が自立した意識で働くことを求められている時代と言えるかもしれません。