2020年の東京オリンピックに向けて、街はどんどん変わっていっていますが、この変化は建物だけではありません。2020年前半に施行されるという改正民法によって、これまでの日本人の生活に様々な変化が訪れようとしています。
そのなかでも特に多くの人に関わってくるのが「債権法」の改正。つまり、お金の貸し借り、不動産の貸し借りをめぐる分野であり、「不動産における連帯保証人」制度においては連帯保証人制度そのものが2020年を境に減っていくかもしれません。
今回はこの民法改正と不動産事情について、この分野に詳しい税理士法人レディング 公認会計士・税理士、木下勇人さんに聞きました。
個人の連帯保証人より「家賃保証会社」がポピュラーになりそう
「連帯保証人」と言えば、自立したつもりの自分であったとしても、いざどこかに部屋を借りる際、親、親戚、信頼のおける先輩などに、泣く泣くなってもらうことが多かったもの。賃貸借契約などで、もし自分が家賃を払えない状況に陥った場合は、この「連帯保証人」がお金を代替えして支払う義務が生じるわけで、やはり他人よりは血の繋がった人になってもらうことが一般的です。しかし、「今回の改正民法によって、この構造が大きく変わる」と木下さんは言います。
ーー改正民法の債権法において、連帯保証人はどう変わるのですか?
木下勇人(以下、木下):これまでの不動産の賃貸借契約における連帯保証人は、契約者本人が家賃を滞納した場合、連帯保証人が滞納分を全て払わないといけませんでした。
しかし、「保証はしてあげたいけど、全額はさすがに責任持てない」という人が増えてきたことと、「連帯保証人になったばかりに、悲惨な目に遭った人を保護しましょう」という国の方針があり、連帯保証をするための「家賃保証会社」という存在がポピュラーになってくると思います。
――不動産契約における家賃保証会社は、これまでも存在しており、身内に連帯保証人を付けられない人が利用しています。なぜこの家賃保証会社との契約による連帯保証が一般的になるのでしょうか?
木下:今度の改正民法によって、賃貸借契約書には「保証人に請求する上限(極度額)」という記載が加わります。つまり、これは連帯保証人になる人が「ここからここまでは保証できる」「ここからここまでは保証できない」というように家賃保証できる範囲を明確に示すということ。こうなると、連帯保証人の対象者はハッキリと「ここからここまで」と明言できますが、貸す側は、連帯保証に関して低い条件で契約を結びたくないはずです。
そうなると当然、賃貸者契約には至りませんから、そこで家賃保証会社がこれまでの連帯保証人の役割を担うこととなり、ひいてはこれまで多かった個人の連帯保証人という仕組みは極めて減っていくと思います。
ただし、借りる側は保証会社にそれなり料金を毎月支払うことになりますから、金銭的負担は増えるということにもなります。複数の賃貸管理会社に確認したところ、毎月払いや年度更新払いがあるとのこと。
どうやって家賃保証会社を見極める?
つまり、借りる側は、身内の人間関係を悪くしない代わりに、家賃保証会社にお金を使って依頼をし、お金によって連帯保証を補うということ。木下さんは「こういった家賃保証会社の業態は今後間違いなく伸びていくと思う」と述べています。そうなると、次に必要になるのは家賃保証会社の見極めでしょう。
――家賃保証会社はどうやって成り立っているんですか? 極端な話をすると、100人の連帯保証をしている保証会社があり、その100人全員が家賃を払えなくなった場合、必ず保証をしなければいけないので、いきなり倒産ということもあり得ますよね?
木下:そうですね。賃貸借契約の最たる部分の家賃保証というのは国交省の登録制(有効期間5年)で、純資産が毎年年度末に1000万円以上なければいけません。この金額を下回ると登録は抹消。「100人丸々夜逃げした」となったら、1000万円では補えませんから、倒産する場合もあるかもしれません。そういった意味では伸びる業態でありながらも、しばらくは伸びる会社とそうでないところが混在していくかもしれないですね。
――どういった家賃保証会社を選べばよいですか?
木下:大きなマンションやアパートを作っている大手建設業者では、自社の関連企業として保証会社を持つ会社が増えてくると思いますので、こういったところや、不動産会社で紹介してくれたところと契約するほうが何かとスムーズで安心ではないかと思います。
近年増えてきた夜逃げなどの背景と家賃滞納のリスク
一方、身内や友人などに連帯保証人になってもらった契約者本人のなかには「連帯保証人に迷惑はかけまい」として、家賃滞納をしないようにしてきた人もいるでしょう。しかし、これが家賃保証会社に変わると、相手は知らない人たちとなるため、迷惑をかけないという意識が薄れてしまうかもしれません。そうなると家賃滞納や契約違反などが増えていきそうな気もします。
――そもそも近年は家賃滞納、契約違反などの件数は増えていたのでしょうか?
木下:日本賃貸住宅管理協会の賃貸住宅市場景況感調査によると、2017年10月~18年3月までの月初全体の滞納率(どれくらいの人が月初めに家賃の支払いを滞納しているか)は首都圏において前年同期比で4.8から7.3ポイントに大きく増加した一方、月末での1か月及び2か月以上の滞納は首都圏だけでなく関西圏でも上昇しています。現代はいきなり事業が傾きますので、突然失業する人やお金の支払いに苦しむ人というのは以前に比べて増えているように思います。出費の大きな部分を占める家賃が払えなくなり、最悪のパターンとして夜逃げするといった例も増えているかもしれません。
こういったときに、これまでは連帯保証人が全部負担していたわけですが、「それはあまりにかわいそうじゃないか」ということで、前述の改正民法で、連帯保証の上限設定(極度額設定)を設けるに至ったと感じています。
――連帯保証人ではなく保証会社との契約だと、以前よりも夜逃げのハードルが下がりそうな気もします。身内にお願いして保証してもらっているわけではないですから。
木下:そういう考え方もできると思いますが、ただ一度でもこういった前科のようなものがあると、おそらく次の家賃保証会社はそういう人を嫌がって保証してくれないでしょう。しかし将来、住宅を購入する際の住宅ローンには影響がないと思います。
――つまり、いくばくかのお金で連帯保証を付けられるという気軽さがあっても、一度でも失敗があれば、次に同じ条件の連帯保証は付けにくいということですか?
木下:そうですね。ですから、業界内のブラックリストに載って、「この人はダメ」ということになりやすい危険性があるということです。
大家さんが部屋をノックして家賃催促をするのもなくなる!?
テレビのドラマなどでは、大家さんが家賃を滞納している部屋をドンドンドンと叩き「家賃を払ってくださいね!」と叱咤するシーンがよくありました。木下さんによれば、大家さんからの家賃督促も少なくなるだろうとのことです。
――では、家賃の催促というものも減っていきますか?
木下:そうですね。例えば、「お宅のお子さんが払わねぇからなんとかしろ!」というような脅迫的な催促というものはなくなるでしょうし、家賃滞納があった場合でも、契約者本人への取り立ては極めて減って、一定期間家賃の支払いが遅れたら、事務的に家賃保証会社に連絡がいき、家賃保証会社が代わりに負担し、その後、家賃保証会社から督促が来るという形が主流になっていくと思います。
ただし、家賃保証会社は、これまで主に個人がやっていた連帯保証人よりも便宜的かつ合理的であるように見える一方、保証会社の手続きは一度でもバツが付くと、次のハードルが極めて上がるなどの厳しい面もあります。改正民法にそって、新たに保証会社と取り引きされる方はよく注意してほしいですね。
連帯保証人の代わりとして一般的になりそうな家賃保証会社ですが、この存在は便利で合理的のように見えつつ、前科を起こしてしまった場合には厳しい処遇が避けられないということが分かりました。改正民法で賃貸借契約は以前より簡単になるかもしれませんが、家賃を滞納しないようにきちんと働くということは変わらないようです。