テレビ朝日「激レアさんをつれてきた。」で、「ただムッキムキになりたいだけでフランス外国人部隊に入った激レアさん」として出演し話題となった大仏見富士(おおふみ・とし)さん。彼の自衛隊時代の日常を描いた『自衛隊入隊日記 完全版』(学研プラス・刊)8月7日に発売された。自衛隊を経てフランスの外人部隊に入隊し、その後自伝エッセイの出版という、激レアな経歴をお持ちの大仏見さんにお話をうかがった。
工場のバイトから自衛隊へ
そもそもの始まりは、留学資金を貯めようとして始めたバイトだった。1日12時間、目の前に流れてくる部品に電動ドライバーでネジを留めていくという仕事だ。
「3Dグラフィックが全盛期だった時代、美術の短大で本格的に学んでからアメリカに留学しようと思っていました。そして、費用を貯めるのにとある工場でバイトを始めたんです。「1年に200万貯まる」なんて書かれていたんですが、実際は全然だめでした」
そういう生活が2年続いた頃のある日、大仏見さんは決断する。
「衣食住費も全部払ってくれますし、給料を全部小遣いにできるので自衛隊に行ってみようと。小学校の頃からさまざまな武道をやっていて、身体はできているので大丈夫かなと思いました。それがきっかけです。まず、お金を貯めるためでした」
決断したら、すぐに実行する。大仏見さんはとにかく、まず体が動くタイプの人のようだ。
「あまり深く考えません。とにかくやってみる。僕の根本的な人生の哲学は、「死ぬ間際に後悔する人生はいやだ」ということなんです。やりたいと思ったらやってみる。死ぬ間際に、あれやりたかったこれやりたかったって思いたくないんです」
教習用のクルマは20人乗りのトラック
人生を決定づけるような重大な決断の理由は、往々にして意外なほどあっけないのかもしれない。ともあれ、自衛隊生活が始まった。自衛隊という世界は当然ながら一般社会と違う側面がある。それを端的に示すエピソードを紹介しておきたい。
「自衛隊って教習所の基地があるんです。教官は資格を持った自衛官です。僕が人生で最初に運転したクルマは、後ろに20人くらい乗れるトラックでした。教習は全部これでやります。厳しくて大変でした。プラスチックのヘルメットをかぶって運転するんですが、坂道発進を失敗しようものなら、教官のシートの下にジャッキが置いてあって、それでいきなりヘルメットを叩かれます。
自衛隊特有の教習でトラックで道なき道を行く山道の運転もありました。もう、ひっくり返っちゃうようなものすごい角度の坂を降りろって言われるんです。あと、夜中にライトを消して運転ということもありましたね。本当に暗くて何も見えないところを走るんです。ちなみに教官は暗視ゴーグルを着けてました」
「ガメラ2 レギオン襲来」を脳内再生して乗り切る
もちろん、辛い訓練もあった。たとえば12時間ぶっ続けの行軍訓練。こんなに辛い訓練をどうやって乗り切ったのか?
「行軍は長い時間続くので、ヤバくなったら頭の中で映画をオープニングから再生します。それで現状を忘れられるんです。辛さを忘れて、今ある感覚を全部ゼロにしちゃうことができるので。12時間歩かなきゃならないんですが、その前に映画の見だめをしておいて、頭の中で6本くらい再生するんです。
行軍中は何も考えなくていいんで、ずーっと再生することが可能です。工場勤務の時もできていた気がします。だから12時間ネジを止めるだけの作業にも耐えられたんだと思います」
『自衛隊入隊日記 完全版』はビジュアルな文章が多い。その理由がわかったような気がした。ちなみに、本当に辛い時に再生したのはどんな種類の映画だったのだろうか。
「脳に入ってきやすいので特撮映画が好きですね。高校の時に『ゼイラム』(雨宮慶太・監督/1991年・公開)と出会って、特撮の道を目指そうと思ったくらいです。特撮好きになったのも「ゼイラム」がきっかけでした。僕のマスト作品は『ガメラ2 レギオン襲来』(金子修介・監督/1996年・公開)で、訓練中もよく脳内再生していました」
脳と体、それぞれの働きを分離させるという言い方が正しいだろうか。
「僕がなんで自衛隊の訓練に耐えられたかというと、何も考えないようにしたからです。無の境地というか。時間が解決してくれるだろうということです。どんなにつらい時でも時間は過ぎていくし、それで解決できるだろうという考え方です。あとはもう、何も考えない。そういうことをやって、どうにかこう、自衛隊でも褒められるような成績を残してきたということがあります」
自衛隊時代のエピソードについてはぜひとも本書を読んでいただきたい。「入隊初日は戦闘服への名札の縫いつけで流血騒ぎ」「トイレ掃除の後に待っていたのは恐怖の上長チェック」など、あまり知られていない自衛隊の日常が満載である。
フランス外人部隊への留学(?)と意外過ぎる帰国のきっかけ
そして、大仏見さんはここからさらなる驚異の選択をする。自衛隊を辞め、フランスの外人部隊への入隊を決心したのだ。
「自衛隊は、軍隊の色が薄いんです。本分は災害派遣で、周りの地域の人たちを助けることに重きを置いています。『本当の軍隊とは?』ってちょっと興味を持ち始めて、自衛隊とはやっぱり違うなと思いました。じゃあ自分が行ける軍隊ってなんだろうって考えていた時、同僚がフランスの外人部隊に行きたいと言っていて、フランス大使館から資料を取り寄せていたんです。それを見て、フランス語も学べるし行ってみようかなという気になりました」
そして、親には“留学”と言ってフランスに渡ってしまった。入隊した最初の4か月の訓練は自衛隊とは種類の違った辛さがあったという。
「体力というよりもメンタル面ですね。精神的にかなり追いつめられます。上官に罵倒されたり、ちょっと何かできないと仲間に笑われたりとか。お互いが協力し合うというスタイルではありません。自分がいかに強くなるかが大切な世界でした。自衛隊では、いわゆる共存共栄で仲間を大事にするという世界で生きてきたので、ギャップのすごさに悩まされましたね」
同僚は旧フランス領のアフリカ諸国の人たちが多かった。日本人も中国人もいたが、それぞれ目的は違ったようだ。
「割合としては、8割がアフリカから来た人たちです。アフリカ諸国とフランスの物価にものすごい差があるんです。軍は、正式には5年間いなければなりません。彼らは5年働くと、国に帰ったら家が2軒建つそうです。
外人部隊は5年間続けて辞めることができて、その時に永住権を手に入れられるんです。この永住権が目当ての人も多いですね。永住権を手に入れたら家族を呼び寄せて、フランスで商売を始めるんです。だから、そういう人は最初の4か月を終わると、なるべく体力を使わない部署である糧食班(食事を作る係)への配属を希望するんです」
そして、外人部隊でも違和感が生まれる瞬間が訪れた。
「私が配属された駐屯地は、コートジボワールの大統領選挙に関連する平和維持活動のために多くの兵士が派遣された後でした。基地はほとんどガラガラで、やることと言ったら本当に雑用ばかりで、門番とか、偉い人が食事をするレストランのボーイもさせられました」
やがて疑問が生まれ、大きく膨れ上がっていく。
「基本的にはバイトみたいなことをさせられたので、これは何か違うな、と思ったんです。もちろん戦争したかったわけじゃありませんが…。で、そのゆるさもあって、こんな生活だったら日本に帰ったほうがいいんじゃないかなと思ったんです」
次のような情景、ちょっと想像してみていただきたい。もちろん舞台はフランスだ。
「ある週末、駐屯地の中を歩いていたら、どこかから『千と千尋の神隠し』のテーマが聞こえてきたんです。「呼んでいる~」って聞こえてきて、「フワァァー!! 誰が聞いてんのこれ?!」ってなりました。これは日本に帰れということに違いないと思ったんです。日本に帰って勉強し直して、やりたかったことをやらなきゃだめだ。そう言われているような気がしました」
大仏見さんは日本への帰国を決意して外人部隊を脱走する。その後、自衛隊とフランス外人部隊で貯めたお金でアメリカへ短期留学~日本に戻って専門学校へ入学と、振れ幅がありすぎる人生を送っていまに至っている。
あふれる自衛隊愛
波乱万丈な人生を送ってきた大仏見さんだが、そもそも自衛隊での経験を本にまとめようとした背景には、どんな思いがあるのか。
「自衛隊に関する情報は世間にほとんど出ていません。あったとしてもミリタリー図鑑みたいなものでしか知ることができません。自衛隊=戦争という極端な図式を思い浮かべる人がいますが、実際は入隊の動機も転職で困ってとか、そういう人が結構多かったりするといった、普通の人が普通に生活している世界でもあるという事実を伝えたかったことがあります」
自衛隊の意義に関しても、体験者ならではの言葉には独特の重みがある。
「私が横須賀の基地にいた時、行軍訓練で山まで歩いていくんですが、お年寄りの方々が通過する時に会釈してくださるんです。すごくありがたくて、それだけで頑張れたところもあります。国民の応援で力が発揮できるんです。辛い訓練もありますが、困っている人の力になれなければ自衛隊である意味がありません。自分の力がダイレクトに誰かのためになるという感覚がすごい馬力を生み出すんです」
そして今でも、自衛隊に対する愛情は尽きることがないようだ。
「自衛隊では、100%力を出し切った後さらに出すことができるんです。身近の誰かのためということです。日本は災害が多いので、そっちで頑張れる、誰かのためになれるということで、本当にエネルギーが生まれました。自衛隊では苦労した気持ちがしません。もちろん辛いっていうのはあるんですが、やり遂げられたっていう充実感が毎日あって。辞めた後悔ばかりしてます。いればよかったなって(笑)」
1日12時間シフトのネジ留めのバイトにしても、自衛隊や外人部隊への入隊にしても、大仏見さんはとにかく行動の人である。そういう人が脳内映画リピートを通して培ったリリックでビジュアルな文章で綴られたのが、『自衛隊入隊日記 完全版』。純粋で上質なエンターテインメントとして楽しめる1冊だ。
【書籍紹介】
自衛隊入隊日記 完全版
著者:ロボットマナブ、大仏見富士
発行:学研プラス
電子版のベストセラーに新エピソード&描き下ろし4コマ漫画を加筆して再編集した完全版。読みやすくどこかやさしい文章が大好評! 工場勤務の22歳の若者が突如自衛隊に入隊、厳しくも愛にあふれる自衛官のリアルが感じられる自伝的青春小説。
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