レストランのメニューやイベントのインビテーションカード(招待状)などで流麗な英字を見たことがある人は多いだろう。こうした美しい手書き文字の手法は「カリグラフィー」と呼ばれ、最近では手軽にカリグラフィーに取り組める文具などが販売されるなど注目を集めている。
今回はカリグラフィーのなかでも近年人気の「モダンカリグラフィー」作家、島野真希さんに、モダンカリグラフィーの魅力や“トラディショナル”カリグラフィーとモダンカリグラフィーの違い、これからカリグラフィーをはじめようとする人へのおすすめの学び方などをうかがった。
「より良いウェディングを」とはじめたモダンカリグラフィー
島野さんがモダンカリグラフィーと出会ったのは、結婚と出産を経て独立を考えたことがきっかけだったという。
幼稚園時代に書道をはじめ、賞をいくつも獲得。その後、書道から離れた期間もあったが、就職先の「Plan・Do・See」(プラン・ドゥ・シー/結婚式場やホテル、レストランの運営会社)で文字の才を認められ、結婚と出産を機に「書」で身を立てようと周りからのアドバイスを求めていた。
そんな折、たまたま日系アメリカ人のアートディレクター、ジョー・マスザワさんから「アルファベットもやってみたら? アメリカではモダンカリグラフィーが流行りはじめているのに、日本でできる人がいないから、先陣を切ってみるのはどうだろうか」と提案されたとのこと。
そして、海外のカリグラファーから手ほどきを受けながら、ほぼ独学でモダンカリグラフィーを習得。現在では第一人者としての地位を確立している。
島野さんがモダンカリグラフィーをはじめた頃は、国内ではほとんど知られていなかったそう。ブログに作品を載せ、Instagramでは「#モダンカリグラフィー」のハッシュタグとともに共有するようになってから少しずつ拡散されていったのだという。今ではInstagramで「#モダンカリグラフィー」で検索すると約2万7000件の投稿が見つかる。
認知度が上がるとともに島野さんのモダンカリグラフィーの仕事も増え、個人のウェディングで使うアイテム以外にも、ブランドロゴやパッケージ、写真スタジオの撮影用文字の作成、雑誌を含む出版物、文房具メーカーによる教本の監修などを行うに至っている。
「カリグラフィー」と「モダンカリグラフィー」の関係は「習字」と「書道」の違いに似ている
ところで、「カリグラフィー」が流麗な手書き文字の手法であることは先に紹介したが、頭に「モダン」が付くと何が違うのだろうか。
島野さんは「習字と書道の違いに似ていると考えます」と答える。
「習字はお手本があって、均等、均一に限りなくお手本と同じ美しさになるように書いていくもの。書道はその型を踏襲しつつ、独自の運筆で作品にまで昇華させたものです。
カリグラフィーも、『こう書けば美しくなる』というある程度の正解があって、それに沿って書いていくので、10人いてもだいたいが皆同じような美しい作品に仕上がります。一方、モダンカリグラフィーでは同じ道具を使って同じ方法で書くけど、人によって文字の形や仕上がりが違う。文字そのものに自己表現の余地がある。きっちり型が決まっているか、独自性があるか、というのが両者の違いと言えますね。」(島野さん)
それゆえに、モダンカリグラフィーでは「この文字は、あの人、これを書いたのは別の人」というように、ひと目見れば誰の作品なのかがわかるらしい。
「モダンカリグラフィーの魅力は、場面に応じ、適宜ベースを崩しながらいくつもの雰囲気を表現ができること」と島野さん。とはいえ、とにかく自由に書けばいいわけではなく、「習字で基本的な美しい型を身に着けなければいけないように、モダンカリグラフィーでも美しい基本形をベースとして身につけていなければデザインできません」と付け加えた。
では、これからモダンカリグラフィーをはじめたい人はどうすれば良いのだろうか。
モダンカリグラフィーの道具と上達のコツ
まず、島野さんが普段使っている道具を見せてもらった。
まずは島野さんも最もよく使うという定番のペン先とペン軸。ペン先はポインテッドペンだが、ペン軸は本体からペン先をセットする位置が少し離れている「オブリークホルダー」と、通常のものの2種類ある。
こうしたカリグラフィー専用の道具がある一方で、島野さんは「筆圧が調整できれば、どんなペンでも使えますよ」と言う。
そうした手軽に導入できるペンとして、今回はぺんてる「筆タッチサインペン」、ぺんてる「アートブラッシュ」、サクラクレパス「ペンタッチゴールド」、トンボ鉛筆「ABT」を紹介してもらった。
「オブリークホルダーも安く手に入るので、もちろんそれでもいいんですが、やはり道具に慣れるまでにもそれなりの時間がかかります。なので、もう少し手軽に始められるブラッシュペンはおすすめ。わたしが監修したテキストをぺんてるのHPから無料ダウンロードできますよ!」(島野さん)
とはいえ、「できれば、一度は講座などで知識や技術を教わるようにしてもらいたい」と島野さんは言う。「独学だと、自分の方法が正しいかどうか見極められず、上達するスピードがスローに。オンライン動画でも、手元だけ映しているものだと、姿勢やペンの向きを確認できないから、何かが間違っていてもそのまま練習を続けてしまう。いったん正しい方法を確認できると、ある程度自己流でも練習を重ねるほどどんどん伸びていきますから」とのこと。島野さんのその言葉は、現在でも、書道の先生に師事しているだけあって、含蓄がある。
「楽しい、もっとうまくなりたい、もっと学びたい、という意欲があればその気持ちはすごいエネルギーになります。好きな気持プラスアルファで正しい方法を教えてもらう。あとは努力次第ですね」(島野さん)
デジタル全盛の時代だからこそ「手書き」の価値を高めたい
モダンカリグラフィーの第一人者でありながら、個人のウェディングアイテムも手掛け続けている島野さん。作品作りで大切にしていることは? との問いに「空気を壊さないこと」と語る。
「ウェディングプランナーをしていたときから気になっていたのが、インビテーションカードや会場のプレート、デコレーションがトレンドを意識した洋風でとても素敵なのに、席札がかっちりした漢字だったり、筆文字だったりすると、その部分だけすごくアンバランスだったこと。どこか統一感に欠けるなぁという思いがありました。招待状から式当日まで、統一された素敵な世界観をモダンカリグラフィーで作れたら、と思うんです」(島野さん)
最近では、その考えが広まりつつあり、頼まれることも増えた。「式が決まったらモダンカリグラフィーを習いはじめるという花嫁さんも増えているんですよ」と島野さん。いわゆる「花嫁DIY」の一環なんだそうだ。
ブランドロゴであれば、そのブランドのコンセプトや世界観を、パッケージであれば製品の持つイメージを、ウェディングであれば主役となる新郎新婦の人柄などを考えて、文字をデザインしていく。
「ささっと書いているように見えますけど、カリグラファーってそこに至るまでかなりの時間を費やしているんですよ」と島野さんは言う。
「手書き文字のカリグラフィーは、とても価値のあるものだと思います。デジタル全盛の時代にあって、ひとりひとりが時間をかけて生み出した手書き文字自体の価値が上がれば、こんなに嬉しいことはないと思っています」(島野さん)
撮影/我妻 慶一