日本では今、7人にひとりが貧困で苦しんでいます(厚生労働省による2015年国民基礎調査より)。モノが溢れかえる豊かな国である一方で、日本は“貧困大国”と呼ばれることさえあるのです。広がり続けるこの格差は、現代の子どもたちにどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
昨年、17歳の読者を想定して書かれた生き方の指南書『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』(文藝春秋)を出版した作家の石井光太さんに、貧困家庭で暮らす子どもたちの現状と未来について、話を聞きました。
OECD加盟国の中でワースト10位の貧困率
近年、国内における貧困問題はますます深刻化しています。日本では、ひとり世帯あたりの可処分所得が122万円以下の層を貧困としていますが、その割合は15%と、OECD加盟国36カ国の中でもワースト10位をマークしています。そのうえ貧困率は今後悪化していくと予想されているのです。なかでも母子世帯の貧困率は50%以上と世界最下位、何とシングルマザーのふたりのうちひとりが、月に10万円以下で子育てをしていることになります。
そう言っても“世界の貧しい国と比べればマシだ”と考える人がいるかもしれません。たしかに日本には、生活保護や医療サービスのような福祉制度があり、最低限の生活は保障される仕組みが成されています。しかし、そうした制度だけでは救えない現実があると石井さんは指摘します。
誰もが貧困になり得る現代社会
―――そもそも、人はなぜ貧困に陥ってしまうのでしょうか?
石井「ひとつには、貧しい家庭で育った子どもは進学率が低く、満足に教育を受けていなかったり、不登校になったりした結果、うまく職に就けていないことがあります。貧困が貧困を生んでしまうパターンです。
もう一方は、もともとは普通の生活をしていたのに、病気や怪我、離婚、失業などの状況によって生活が一変してしまうパターンです。後者は誰にでも起こりうることと言えますよね。また、生活保護などのセーフティーネットからこぼれ落ちてしまい、支援を受けられていない人がいることも、貧困家庭を増大させていく要因のひとつになっています」
―――どうして適切な支援を受けられないのでしょうか?
石井「制度の存在自体、知らないことがあります。たとえば困っているとき、普通だったら友だちが教えてくれるかもしれませんが、そういう人間関係が築けていないために、情報が入ってこない。あるいは、せっかく人と繋がれるチャンスがあっても、コミュニケーションがうまくできず関係を維持できないので、連絡しても返事を返せなかったりして支援の機会が失われていくんです。
人との繋がりがあるか、繋がれる強さを持っているかどうかは、うまくいく人といかない人との分かれ目でもあります。助けてくれる人や応援してくれる人がいると、貧しくても幸せに生きていける可能性が高いんです」
―――孤立しやすい社会の在り方も、原因のひとつでしょうか?
石井「都市部では近所付き合いもそう多くないでしょうし、必要なものはネットで買い、ゲームがあれば退屈しないから、困らないんですよね。以前は引きこもりを続けたくても、夜中にはテレビが終わっちゃうし、暇に耐えられなくなって出てくるしかなかったんですよ」
―――では、福祉制度が届いていても救えない現実とは何でしょうか?
石井「適切な支援を受けられていれば、食いつなぐことはできるかもしれません。でも、人間の生活ってそれだけがあればいいというわけではないですよね。こと子どもに関して言えば、食料だけあれば育つわけではありません」
―――心の成長を伴っていかなければならない、ということでしょうか?
石井「そうです。食べものが充分にない、何かが買えない、ということが貧困の根本的な問題ではなく、貧困によって、やる気や自己肯定感が損なわれてしまうことがいちばんの問題なんです。
2019年9月に出版した『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』の中では“心のガン”という表現をしていますが、貧困によって失われた自己肯定感が、人生に対する諦めを生んでしまうんです」
―――なぜ今、この本を出そうと思ったのでしょうか?
石井「お説教したりデータを発表したりしたかったわけではなく、どんな環境にいる子どもたちでも、自分の力で未来を変えることができる、ということを知ってほしいんです。これから幸せをつかむために、希望を持って生きていくための手がかりになったら、と思っています」
何かを“諦める”瞬間の連続が、子どもたちの心を蝕んでいく
―――貧困家庭の子どもは、日々どのような生活をしているのでしょうか?
石井「たとえばシングルマザーの家庭では、満足な収入が得られないために、お母さんが日中と夜のダブルワーク、トリプルワークと仕事を掛け持って働いている方が多く見られます。子どもは、夜中になってしまう親の帰りを待っていようと明け方まで起きているので、朝起きられず、学校での遅刻や欠席が増えていきます。
おしゃれするようなお金がないのでいつも同じ服を着ていたり、洗濯などの家事が行き届いていなかったりして、『汚い』とか『ダサい』と言われていじめられることもあるでしょうし、授業がわからなくなって先生に怒られたり、テストでいい成績がとれなかったりする。
そういう挫折があっても、親とのコミュニケーションが円滑だったり、子どもに他の居場所があったりすれば救われるのですが、習い事をするゆとりがないので別の居場所作りが難しい。また、親も仕事で忙しく疲れているので、子どもに構う時間がなく、普通の家庭にあるような何かで褒めてもらえる経験や、親子で話をして学ぶ経験に乏しいのです」
―――だんだんと子どもは居場所や、人と対話する機会を失ってしまうのですね。
石井「そうですね。多くの子どもの事例を見てきて感じたのは、うまくいかなかった子どもたちには、同じような経験があるということです。それはたとえば、ある子がサッカーに興味を持って、習いたいなと思ったとしますよね。でもその子は自分の家が貧しいことを知っていますから、親にサッカーを習いたいとは言い出せないんです。仮に言えたとしても、『そんな余裕ない』と親に言われれば、諦めるしかありません。
そういうことが続けば、やりたいことに向かえなくなり、次に何かおもしろそうなことを見つけても、『どうせまたダメに決まっている』と諦める癖がついてしまう。子どもたちはこのようなことを繰り返し経験していて、これが少しずつ“ガン”として心の中に増殖していくのです」
「貧しくてもがんばれ」は通じない
―――戦後の日本のように「貧しくても努力すれば何とかなる」という意見はどうお考えですか?
石井「ある年齢から上の方は貧しさを体験しているので、そういう意見もよく聞きます。そこから見ると、親と連絡を取るためとはいえスマホを持っている子どもが本当に貧困なのか、がんばりが足りないんじゃないかと思うかもしれません」
―――そのころは国全体が貧しかったわけですよね。
石井「そこが今と大きく違うところで、戦後の日本は誰もが貧しかったんですよね。だから貧しい中にも助け合いがあり、声を掛け合ってがんばることができた。それはみんなが同じ状況にあったからです。スラムで暮らす人々も同じで、周りも同じ状況で生きてるから、馬鹿にされることもないし、自己肯定感をすり減らさずに済むのです」
―――今の貧しい子どもたちは、同じ境遇の友だちを探すのが難しいのですね。
石井「そうなんです。日本では、富裕層も貧困層もごちゃ混ぜになって暮らしているので、学校に行けば、毎年海外旅行をするような家の子がいたり、習い事や塾に通わせてもらえる子が大勢います。
貧困家庭の子どもにしてみたら、どうしてそんなに裕福な生活ができるのかわからないだろうし、逆に一般家庭の子は、旅行できない家庭があるなんていうことを考えたこともないかもしれない。同じ場所で生きていながら互いのことを理解し合えずにいる上、貧困層の子どもは『なぜ自分だけがこんな目にあうのだろう』という思いを抱えることになってしまうのです」
自分と違う価値観にふれる機会を増やすこと
―――他人と比較することで、貧困家庭の子どもが自己肯定感を失っていくのだとしても、スラムのように富裕層と貧困層が分かれて暮らしたら、更なる分断が起きますよね。
石井「そうですね。そうなってしまうと、富裕層と貧困層の関係はさらに悪化していくと思います。実際は会ったこともないのに、『金持ちには嫌なやつが多い』『貧乏人は努力しなくて嫌だ』などと自分と違う価値観の人への憎しみが募り、犯罪やヘイトスピーチのようなものを生む世の中になっていくでしょう。
それよりはむしろ、さまざまな人が交われる場を作ることが大切だと思います。たとえば以前、こんなことがありました。新宿の歌舞伎町にある小学校の卒業式に呼ばれたときのことなんですが、ある生徒が『できるだけ早く働けるようになって親を支えていきたい』とスピーチしたんです。
そうしたらそれを聞いた富裕層の子どもはびっくりしたんですよ。まだ小学生なのに早く働いて親を助けるだなんて彼は考えたこともなくて、そんなふうに考えられてすごいなあと尊敬したそうです。スピーチした子にしてみれば、家が貧しくて一刻も早く自分も稼がなければと思うのは普通のことだったのでしょうが、お金持ちの子にしてみれば、自分が稼いで家計を支えるというのは新しい価値観ですよね」
―――違う意見にふれて学べる瞬間があった、ということですね。
石井「人は分かり合える生き物なのに、接点がないことでお互いのことが理解し合えなくなってしまうんです。ふれ合えるきっかけは地元のお祭りでも町内会でもなんでもよくて、いろんな価値観とリアルに接する機会こそが、子どもたちの生きる力になっていくと思っています」
人に対するバリアフリーな気持ちが人を繋げていく
―――そういう意味では、お金を持っていてもガンに蝕まれてしまう子どもはいるかもしれませんね。
石井「そうだと思います。貧しい子どもたちのためにさまざまな事業やボランティアが立ち上がっていますが、普通に考えて、彼らはそれを必死で隠しているでしょうし、貧困の子は貧困だと分かる容姿をしていません。それに、たとえどの子が貧困かわかったとしても、その子に向けてだけ支援する必要はないと思うんです」
―――子ども食堂では、支援が必要ではなさそうなご家庭の子どももやってくるので困る、という話を聞いたことがあります。
石井「困っている子だけに支援したいって、こちらが勝手に描いたストーリーを押しつけて、達成感を得るために人とつきあおうとするなんてケチですよね。
実際は、本当に困っているかどうかなんて誰にもわからないんです。お金があっても、家族に相手にされていないかもしれないし、家にお母さんがいても、叩かれているかもしれない。逆に貧乏でも、家族が仲良くて毎日楽しく暮らしていれば、その子は大丈夫だったりもしますよね」
―――もっと損得なしに人とつきあう場が必要、ということでしょうか?
石井「人と人とが接するのは、心と心の混じり合いですよね。メリットデメリットでつきあうものではありません。現時点では何にも困っていなくても、いつか何かで困るときがくるかもしれない。でも、そこから繋がっても遅いんです。
困っている人がいるから支援する、ではなく、誰もがどんな人に対してもバリアフリーな気持ちを持つことが、結果的に誰かを救うことになる。隣の人は何をしているのかな、って、いつも人との交流を楽しむことが大切だと思います」
すぐにできる、支援に繋がる行動とは?
―――わたしたち大人ができることとは何なのでしょうか?
石井「寄付や衣類提供などの支援も大切な役割だと思います。でも支援って、実はモノを与えるだけじゃ届かないところがあるんですよね。本当に困っている人は、ただ『おはよう』と挨拶されただけでも、その繋がりにホッとできることがあるんです。人に対して垣根を作らず、地域の子やよく見かける子どもに興味を持つ。支援支援ってがんばってすることではなくて、自分が楽しんでやれることがいちばんです」
―――楽しい、というのが大事なんですね。
石井「若い人たちは徐々に、社会が定めた権力やお金という価値観じゃなく、『自分が楽しい』という価値の大切さに気づきはじめています。そうやって大人が楽しそうに働いたり生きていたりする姿が子どもから見えてくると、未来に希望が持て、心の健全さを取り戻せるようになっていくと思います。
こういうことは言葉で教えたり授業として教育することでどうにかなるものじゃなく、やっぱり実体験として触れることが学びになっていくんです」
恵まれない環境を経験した人たちが希望を持って生きていくために
―――すでに恵まれない環境で育った方が、自己肯定感を築き直すために、できることはあるでしょうか?
石井「経験したことは変えられません。そこに囚われてしまうことや、その経験が足を引っ張ることもあるでしょう。でも、その経験は場所を変えれば活かせることがある、ということを知っておいてほしいんです。
以前、薬物についての講演を依頼されたとき、覚醒剤で捕まったことがある人に一緒に登壇してもらったんです。薬漬けで底辺の生活をしていた人が、大勢の医師から『薬を使うとどんなふうになるんですか?』『依存への意識はありましたか?』なんて質問されて。その人は、どうしようもない自分を責めていたけれど、そうして聞いてもらえたことで、自分にもできることがある、必要としてもらえる場があると思えるようになったんですよね。
もうひとつの例では、虐待を受けて育った子が、いろいろと乗り越えて保育士になったんです。保育園で子どもや親と接することで、虐待だったり親のイライラだったり、子どもの微妙な変化にも敏感に気づくことができて、フォローに回ることができているようです」
―――マイナスの経験を活かせる場を見つけられたということですね。
石井「当事者ってすごく貴重なんです。当事者だからこそ、その渦中にいる人の苦しみをいちばんわかってあげられる。
薬もやったことない人に、『やめるの辛いよね』って言われてもうわべの言葉にしか聞こえませんけど、実際にそれを体験して『努力してやめたんだ』って言われたら信頼に繋がるし、今現在苦しむ人がそこを抜け出すひとつのきっかけになるかもしれない。そうやって経験したマイナスのことを社会に還元していければ、感じられる存在価値は何倍にもなっていくと思います」
『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』
1500円+税
石井光太著 / 文藝春秋刊
先日ツイッターで、赤ちゃんを持つお母さんが『すれ違いざまに呟いてもらった“赤ちゃんかわいい”に今日も救われた』と書き込んでいました。さまざまな環境にいる子どもたちや親にとって、周囲からのささやかな働きかけは救いの手になり得るのです。
誰もが幸せに生きられる社会を形成していくために、わたしたち一人ひとりがどうあるべきかを考えていきたいですね。
【プロフィール】
作家 / 石井光太
大学在学中、アフガニスタンの難民キャンプに行ったことをきっかけに、作家の道へ。アジア8カ国を旅しながら路上で生きる障がい者とともに暮らし、その経験をまとめた『物乞う仏陀』(文春文庫)にてデビュー。その後もアジア各国に足を運んでは、ストリートチルドレンや物乞いの生活、途上国の妊娠出産事情などを取材、執筆。一方で、日本国内における貧困問題や少年犯罪、虐待などのテーマでも深く取材し、書き下ろしている。近著に『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』(文藝春秋)、『育てられない母親たち』(祥伝社新書)がある。