2020年7月1日より、レジ袋の有料化が始まりました。マイバックを片手に買い物に出かける習慣が、だんだんと馴染んできたのではないでしょうか。
一方でこれをきっかけに、“環境に配慮されている”として有料化の対象外となっているレジ袋の存在も知られるようになりました。例えば、「バイオマスプラスチック」配合のレジ袋。日本マクドナルドや松屋など、一部の外食チェーンで採用されており、無料配布が続いています。
今回は、レジ袋有料化を巡って話題となっている「バイオマスプラスチック」や、次世代のプラスチックとして期待されている「生分解性プラスチック」について、東京大学大学院農学生命科学研究科 教授・岩田忠久さんに話を伺いました。
そもそもレジ袋の削減に環境問題を解決する力はあるのか?
レジ袋にペットボトル、食品トレイなど、あらゆる場面で活用され、私たちの生活を支えているプラスチック。とても便利な素材ではありますが、海洋プラスチックごみ問題や地球温暖化といった環境問題に深く関わっていることも事実です。2050年には、海に流れ出たプラスチックごみが魚の量を上回ってしまうと試算されるなど、事態は深刻化しています。
そうした状況を踏まえ、レジ袋の有料化が始まりました。しかし、日本が毎年廃棄しているプラスチックごみのうち、レジ袋が占める割合は約2%とごく僅か。本当に環境問題を解決する力があるのか、と疑問の声もあがっています。これについて岩田さんは「消費者の意識改革としては有効」だと話します。
「レジ袋を有料化するからといって、直接的に地球温暖化や海洋プラスチックごみ問題が解決するということはないでしょう。しかし、より生活に身近な“レジ袋”を通して環境問題を意識し、プラスチック削減に対する意識を高めていくことができるのではないでしょうか」(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授・岩田忠久さん、以下同)
環境に優しい、次世代のプラスチックとは?
今回のレジ袋有料化で、対象外となったのは以下の3つ。
1. 厚さが50マイクロメートル以上のもの
2. バイオマスプラスチックの配合率が25%以上のもの
3.海洋生分解性プラスチック100%で作られたもの
1の、厚みがあるレジ袋については、繰り返しの使用で「使い捨て」を抑えようという狙いがあります。今回注目したいのは、2と3の環境にやさしい2つの素材。基準の配合率を満たしていれば、有料化の対象外となります。では「バイオマスプラスチック」や「生分解性プラスチック」とは一体どのようなものなのか、詳しく説明していきます。
・温暖化防止に「バイオマスプラスチック」
「トウモロコシやサトウキビなど植物資源(バイオマス)を原料としたプラスチックのことを『バイオマスプラスチック』と言います。“プラスチック”とは本来、石油を原料として作られているのですが、そこには大きな課題があります。1つは石油資源が有限であるということ。そしてもう1つは、処分する際に二酸化炭素が発生し、温暖化を招いてしまうこと。これらの課題を解決するため、開発が進められているのが『バイオマスプラスチック』です」
もちろん、「バイオマスプラスチック」を燃やしても二酸化炭素は発生します。しかし、バイオマスを原料として用いていることから温暖化対策に有効だとされています。
「原料となるバイオマスは、成長段階で光合成によって二酸化炭素を吸収しています。そのため、バイオマスプラスチックを焼却した際に出る二酸化炭素は、実質的にプラスマイナスゼロ。この考え方を『カーボンニュートラル』と言い、地球上の二酸化酸素量を増大させることがないため、地球温暖化防止に有効とされています」
・プラスチックごみ問題に「生分解性プラスチック」
適切に処理されずに海や川、土壌などに捨てられた石油合成プラスチックはほとんど分解されず、環境中に悪影響をもたらしています。その解決策として期待されているのが「生分解性プラスチック」です。
「『生分解性プラスチック』とは、環境中で微生物によって水と二酸化炭素に分解されるプラスチックのこと。海洋プラスチックごみ問題や、マイクロプラスチック問題の解決策の1つとして注目されています。最終的に二酸化炭素が発生しますので、『生分解性プラスチック』が温暖化防止になる、というのは間違い。あくまでも分解することに意義があるのです」
「バイオマス」と「生分解性」
しっかり理解すべき、2つのプラスチックの事実
どちらも環境に優しい次世代のプラスチック。しかし、「『バイオマスプラスチック』と『生分解性プラスチック』という名前のイメージで、勘違いされていることも多い」と話す岩田さん。一体どういうことなのでしょうか。
1.「バイオマスプラスチック」には、生分解しないものもある
「『バイオマスプラスチック』は植物から作られているので、落ち葉のようになくなっていくものだとイメージする人が多いかもしれません。しかし、『バイオマスプラスチック』はあくまでも植物資源(バイオマス)から作られたもののこと。分解するかしないかは関係ありません。むしろ、現在レジ袋に使われているバイオマスプラスチックの多くは自然環境中では分解しません。よって、勘違いして、捨てないでください」
2.「生分解性プラスチック」の原料は、石油由来のものもある
「逆に、土や海など環境中で分解する『生分解性プラスチック』は全てバイオマス由来なのかというと、そうではありません。もちろんバイオマス由来のものもありますが、石油から作られた『生分解性プラスチック』も存在しています。
3.「生分解性プラスチック」は、すぐに分解するわけじゃない
「環境中で分解すると聞くと、海に出た翌日にキレイに溶けてなくなってしまうようなイメージを持っている人も多いのですが、分解には時間がかかるということも、覚えておいてほしいのです」
4.「生分解性プラスチック」は、どこでも分解するわけじゃない
「『生分解性』だからといって、どこでも分解するというのも間違いです。一般的に『生分解性プラスチック』というと、土壌で分解するものを指すことが多いのですが、ポリ乳酸のようにコンポストでしか分解しないもの、土の中でしか分解しないもの、海や川でも分解するものなど、さまざまあります。今回、レジ袋有料化の対象外となっている『海洋生分解性プラスチック』は、海でも分解するプラスチックのこと。海や川は、土に比べて圧倒的に微生物の数が少なく分解しにくいため、まだまだ開発段階であることも事実です。
もうひとつ、注意していただきたいことがあります。生分解性プラスチックを使うときは、100%生分解性プラスチックでなければ意味がありません。生分解性プラスチックと生分解しないプラスチックを混ぜて使うことは、けっしてやってはいけません」
「言葉だけにとらわれるのではなく、その中身まで正しく理解をしてほしい」と岩田さん。「こんなプラスチックがあったらいいな」という理想を抱いてしまうかもしれませんが、それぞれの特性について正しく知ることは、私たち消費者にとって重要なことではないでしょうか。
「バイオマスプラスチック」と「生分解性プラスチック」の違い、それぞれのメリット、誤解されやすい点を教えていただいた上で、では、私たちはこれから、これらをどのように選び、取り入れたらいいのでしょうか?
目指すのは、「生分解性」+「バイオマス」のプラスチック
政府は、2030年までに「バイオマスプラスチック」を約200万トン導入するという目標を掲げており、今後ますます注目が高まる新しいプラスチック。「何より大切なのは、それらを活用する意義や用途について、提供する事業者も、使用する消費者も、きちんと理解し使い分けること」と岩田さん。
「どういうプラスチックを、どういう用途で使っていくのか考えることが大切です。例えば、現在東京都では、プラスチックと他のごみを一緒に燃やしてしまっているのですが、これでは『生分解性』である意味がまるでありません。東京で『生分解性プラスチック』を流通させようと思ったら、ごみの回収システムにも目を向けなければなりません。そういった社会のインフラともリンクしているのです」
では、どのようなものが「生分解性プラスチック」に適しているのでしょうか?
「釣り糸や漁網、農業用のビニールなど、自然環境中で使われているものです。ゴルフのティーなどもいいかもしれません。外で使われているものは、切れたり、壊れたり、劣化したり、ロストしたりと環境中に放出され、すべてを回収することは難しいでしょう。そういったものを『生分解性プラスチック』に作り替えていけたら理想ですね」
では、「バイオマスプラスチック」の使用意義とは何でしょうか?
「とくに昨今は、コロナウイルスの影響もあり、プラスチックの需要はますます高まっています。例えば、病院で使われるマスクや医療用のエプロンや手袋。これらは、感染の問題がありますので、焼却処分する必要があります。そういった燃やしまうものこそ、二酸化炭素の排出量が増えない『バイオマスプラスチック』で作る意義があるのではないでしょうか。また、市中のマスクについてはポイ捨てされている現状もよく目にします。ポイ捨てされたものが土や海に流れ出てしまった場合、微生物によって分解される『生分解性プラスチック』であれば、環境問題の解決にもつながるかもしれません。つまり、一番の理想形は『生分解性のあるバイオマスプラスチック』なのです」
燃やしても二酸化炭素の排出量を増やさず、自然環境中に流れ出ても分解する……。二つのメリットを持ち合わせた「生分解性バイオマスプラスチック」は、現在も開発がすすめられており、今後活躍の場がどんどん広がっていくことが期待されています。
プラスチックと上手に付き合っていくために
「レジ袋有料化やコロナウイルスの状況もあり、プラスチックについて考えることが増えてきていると思います。プラスチックを完全に使わない生活をするのは難しいですが、意識して使用量を減らしていくことは重要だと思います」
プラスチックはけっして悪いものではなく、私たちの生活に欠かせないもの。現在、岩田さんは木材からとれるセルロース、ミドリムシが作るパラミロン、虫歯菌の酵素によって試験管で作る多糖類といった自然界に存在している「多糖類」を原料としたプラスチックの開発を進めており、これからもどんどん新しいプラスチックが生まれてきます。そうしたプラスチックを適切な用途で活用しながら、共存していくことが大切です。
【プロフィール】
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 / 岩田忠久
フランス国立科学研究センター・植物高分子研究所での留学を経て、京都大学大学院農学研究科林産工学専攻博士後期課程を修了(博士(農学))。2006年・繊維学会賞、2010年・ドイツ イノベーション・アワード ゴッドフリードワグネル賞、2019年・高分子学会 学会賞など受賞歴多数。現在は東京大学大学院農学生命科学研究科・教授として「バイオマスプラスチック」や「生分解性プラスチック」の創製に関する研究を続けている。