「足立 紳 後ろ向きで進む」第9回
結婚18年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!
『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』(全国公開中)で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。
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12月1日
3日から別府に行く。Beppuブルーバード映画祭に参加するためだ。こういう状況ではあるが家族で行くことにする。毎回旅行に行くたびに困るのが2匹の猫の世話だが、今回は息子の同級生のお母さんに来ていただけることに。こういうとき、私のようなコミュ障人間は近所付き合いもなければ、子どもたちの親との親密な付き合いもないから誰にもお願いできない。女性のほうが−−と書くと女性だけに括るな、個人の問題だという声も聞こえてきそうだが−−逞しく人付き合いもするからコミュニティも作るし、こういうちょっとした困りごとでもすぐに相談するから孤独になっていく率も少ないような気はする。
で、そのお母さんに妻がエサの場所やらウンコの捨て方など説明していると風呂上りの息子が素っ裸で外に出て行き(同級生がいつの間にか来ていたことに興奮したのだ)、極寒の路上を走り回って遊びだしたので妻が近所に響き渡る大声で怒鳴った。にもかかわらずずーっと走り回っているので、本当にあいつはバカ野郎だと思って私も怒鳴ってしまった。
12月2日
水川あさみさんが「喜劇 愛妻物語」でTAMA映画賞に続いて報知映画賞主演女優賞を獲得した。あまりにうれしい! というニュースを抱えつつ、妻と高校の授業。1時間もののシナリオに挑戦中。と言っても1時間は長いので書けるだけ書いてみようということでやっている。みんな今のところは楽しそうに書いているように見える。
夜、息子は案の定鼻水タラタラ。明日から別府なので妻も私も怒り爆発。真冬に素っ裸で外に出る馬鹿がいるか! と妻とともに再度説教しながら一応風邪薬を飲ませようとしたら「まじぃ!」と吐き出したので、カッとして「飲め!」と怒鳴り無理にでも飲ませようとした。すると妻が「怒鳴るな、うるせえ!」と怒鳴るので「子どもを裸で遊ばせるな!」と言い返して夫婦ゲンカに発展。
妻が息子に飲ませていた薬を箱で私に投げつけてきて、錠剤の薬が散らばり、またもカッとした私は散らばった錠剤を一粒だけ拾い上げるとそれを思い切り妻に投げつけた。箱を投げつけてきた妻、錠剤を投げ返した私、罪が重いのがどちらかは一目瞭然だ。嘔吐まみれのシーツの上で息子はシクシクと泣き出し、最悪の旅立ち前の夜になってしまった。
12月3日
最悪の夜が明け、5時半始発で家を出る。東京から新幹線で小倉へ。私は夫婦ゲンカを長引かせることは嫌いなので、何事もなかったかのように妻に話しかけ、妻も不本意ながらという感じで応じる。が、私が1500円の牡蠣の駅弁を買ったことでまた不機嫌になってしまった。
小倉の乗り換え時にうまそうな立ち食いうどん屋があった。帰り必ず食べようと誓う。妻は芋焼酎、娘と息子は西日本限定のカールを買い込み、特急「ソニック」に乗り込む。
ソニックはレトロな内装で、かつカーブの角度が激しく子どもが興奮する。妻は芋焼酎2本飲んで爆睡。別府に13時半着。列車時からずっとチェックしていた「いづつ」という海鮮丼屋さんに向かう。海鮮丼と小エビの唐揚げが最高に美味かった。
15時、映画学校時代の友人で元ルームメートの太田ちんと合流して(キネマ旬報に連載中の「春よ来い、マジで来い」はこの人との同居生活を中心に書いている)、格安ホテルへ向かう。
チェックインし、海を眺める露天風呂に入るも、あまりの寒さにすぐに内湯へ。その後、娘と息子、太田ちんと卓球2時間。かなり疲れる。夕食後、もうひとっぷろ浴びようと思ったが、21時には気絶してしまった。
12月4日
朝から別府の地獄めぐり。19年前くらいに臼杵で撮影していたことがあって、妻と別府で合流し地獄めぐりをした楽しい記憶があったので子どもたちと太田ちんと地獄を巡りに巡った。息子は終始はしゃぎっぱなし、娘は相変わらずむっつりしていたが、ワニ地獄ではかなりのハイテンションになる。だが19年前はワニがもっといた気がしたが気のせいだろうか。ワニの池の近くで息子を押して脅かしたらマジギレした。その後、山の奥へ行き泥湯。19年前に妻と来たときは混浴だったが、今は木の杭で別浴になっていた。混浴の時は女性が移動すると男性が民族大移動のようにぞろぞろと無言でついていっていた風景を思い出した。
21時半別府ブルーバード劇場へ。明日「喜劇 愛妻物語」を上映して頂けるため、トークショーの打ち合わせ。支配人の照さん、娘さんのミキさんにご挨拶、夜は映画ライターの森田真帆さんや劇場に勤務しているヒロキさんたちと飲んだ。皆様とってもいい人でめちゃくちゃ楽しかった。
今夜は妻が見つけてきた一軒家の宿舎。豪華なマンションみたいで子どもたちが大いにはしゃぐ。
12月5日
12時、森田さんと待ち合わせして旅館で地獄蒸を頂く! スーパーで根菜やら丸鶏やらアサリやホタテを買って、そのまま温泉の蒸気で蒸して大量のカボスをしぼって食う。めちゃくちゃシンプルな料理だが最高に美味い!!
趣のありすぎる旅館に子どもたちが興奮してずーっと探検していたが、旅館の方が全然気にせず、「自由に遊んでねー」という感じで最高だった。途中、渋川清彦さんも来て久しぶりにお会いした。
13時15分から「喜劇 愛妻物語」上映。その後、森田さんとアマゾンプライムで放映していた「バチェラー・ジャパン」に出ていたくらたまみさんとトーク。お客さんの反応がすこぶる良くて涙が出た。この映画は傑作なのではないかと勘違いしてしまうほどだ。(個人的にはもちろん傑作だと思っているが)。
その後一度宿に戻り、ひとっぷろ浴びる。18時30分から「一度も撃ってません」鑑賞。石橋蓮司さんは最高だし桃井かおりさんは歌うし、とにかく見ていて幸せな気持ちになる映画だった。丸山昇一さんの脚本作品をもっともっと観たい。夜は余興で阪本順治監督の面前で「顔」の1シーンを夫婦で演じなければならなくなった。咄嗟に中村勘三郎さん(当時・勘九郎)が藤山直美さんをレイプするシーンを演じてしまった。
気分の良かったこの日は、ヨコハマ映画祭で「喜劇 愛妻物語」がベストテンの2位に入ったことを知り、飛び上がるほど嬉しかった。しかも水川あさみさんがまたも主演女優賞! これで3冠だ。私も「アンダードッグ」との合わせ技で脚本賞をいただいた。
12月7日
東京に戻ってくる。別府でハメをはずし、4日間一切仕事をしていなかったので、身体を椅子に縛り付けて原稿に向き合う。別府で気にならなった肩甲骨がすぐにうずき出し、右腕も痺れてくる。気分転換と言うか逃げるようにサウナへ。
12月11日
翌週行うワークショップの為、初のPCR検査。ここ最近、人と会うことがとても多かったので大変心配である。唾液も意外と多く出せねばならず、苦労した。後半、必死にレモンや梅干を思い浮かべたが出なかった。
昼から打ち合わせ。その後、一緒に打ち合わせていた脚本家の松本 稔さんと「佐々木、イン、マイマイン」鑑賞。面白かった。私もずっと脱ぎ癖のある人間だったが、ただ脱ぐだけで佐々木のように良いことは何一つ言えなかった。
12月12日
11月に中村義洋監督、窪田将治監督と合同でワークショップをやり、3人で1作ずつ短編映画も撮ったのだが、今日はその作品の編集。私はパソコンがいじれないので窪田監督に編集してもらった。マウスシールド越しのキスシーンを撮ってみたのだが、妙に切なくて、甘酸っぱい気持ちになって、ニタニタしてしまった(前回の撮影日記にも全く同じことを書いているから余程このシーンが好きなのだろう)。観た人もそんな気持ちになれるのかどうかは分からないが、なってくれたらうれしいし、出来が良いということだ。
12月13日
14時から深谷シネマにて妻とトークショー。妻とのトークショーではほとんど彼女に引っ張ってもらっていて、トーク力がどんどん上がっているような気がする。息子が劇場の方から頂いたミカンを美味しい、美味しいと4つも食べていた。
12月15日
午前中、新宿にて「燃ゆる女の肖像」鑑賞。セリフも少なく目線や表情でドキドキワクワクしながら見られる女性同士の恋愛もの。とても面白かった。その後、妻と高田馬場まで歩く。行こうと思っていた羊肉の店が定休日でショックだったが、先日受けたPCR検査が陰性だったとの連絡がきて、すごくうれしかった。
花房観音著「京都に女王と呼ばれた作家がいた」を読んでいるがとても面白い。あんなに売れまくっていた山村美紗も賞を取れなかったことがコンプレックスで自分に自信がなかったのではと書いてある。私が自分の書くものにまったく自信がもてないのも仕方ないだろう。
12月17日
今日から2日間のワークショップの初日。20歳から65歳まで幅広い方々が参加されていた。最年長の65歳の方は60歳を超えてから本格的にお芝居を始めたそうで、話しているうちに5年前にも私のワークショップに参加されていたことを思い出した。
で、こういうところが私の本当にダメなところなのだが、そのとき私は「60歳超えてからとか正直無理でしょ」と思ってちゃんと向き合っていなかったと思う。それが5年の時を経てものすごく上手くなられていて驚いた。ご本人の努力と、ちゃんと向き合ってくれる方との出会いがあったのだろうと思うと自分が恥ずかしくなったが、私のそういうダメなところは直るでしょうか。尊敬という感覚を久しぶりに覚えた。
12月18日
ワークショップ終了後、渋谷シネクイントで「アンダードッグ」のトークイベント。武 正晴監督、渡辺紘文監督、二ノ宮隆太郎監督と話す。渡辺監督と二ノ宮監督は「アンダードッグ」の殺し合いのシーンで共演している。この2人の若手監督は、今、日本の若手監督の中でも1、2を争うとんがり具合を見せていると思うのだが、2人とも腰だけは異様に低く、ウソか本当かは分からないが、「参加させてもらっただけでもうれしかった」とおっしゃっていた。その言葉を真に受けておいたほうが幸せなので、そうさせてもらった。
12月19日
8歳上の従兄に妻とともにあう。今年従兄の母上(私の伯母)が亡くなったのだが、このご時世お線香もあげられずにいたので久しぶりに会うことになったのだ。
従兄は小学生の私や妹に「13日の金曜日」や「ゾンビ」などホラー映画を見せまくり、妹はかなりトラウマになっているが、私のホラー映画好きはもしかしたらこの従兄の影響かも知れない。日野日出志のマンガや弓月 光のマンガなどを従兄の部屋で読んだ。
従兄は食いしん坊の飲ん兵衛で、今は医者になっているから金もあるので、鰻と肉を梯子したあとに、ハブ酒などの強い酒を飲みに行き、私はほとんど飲めないから妻ががんがん飲んでいた。亡くなった伯母さんの話のたくさんした。伯母さんも食いしん坊で雰囲気は岸朝子にそっくりで、80歳を過ぎても肉や生クリーム系のパスタなどをガンガン食べていて、私も可愛がってもらった。明るい性格で大きな病院の娘で交流関係も多かったから、もし葬式ができたら賑やかなものになっていただろう。
12月20日
昨晩飲み過ぎた妻が朝から「ゲボドボゴボボボ!!!!」と20回くらい吐いている。腹立たしい。妻が吐く時の轟音が私は世界で最も嫌いな音だ。だがこの醜態でしばらくは私が怒られることも少なくなるし、何なら責める材料にもなる。しかも今日は2人で渋谷のUPLINK渋谷でトークイベントもあるのだ。そんな日にこの体たらくは何かあったときのこちらの切り札にするしかないだろう。
トークベント前に、今、企画を進めている作品の打ち合わせのためにプロデューサーが我が家まで来てくれて妻も入れて3人で打ち合わせをしたが、妻の酒臭さにプロデューサーも苦笑いしていた。
その後のトークイベントではUPLINK渋谷の江崎支配人に絶妙な司会をして頂き、かつ、この日記にも「映画の続きのよう」と触れていただき、大変ありがたかった。お客様の反応も良くてとてもうれしかった。
12月25日
クリスマスプレゼントが楽しみでならない息子が5時半に起きやがって枕元にプレゼントがないと大騒ぎ。慌ててクローゼットから出して渡したら、「なんでサンタはそこに置いたの?」と聞くので「知らん」と言ってもう一度寝た。
12月26日
午前中仕事。本日発売の「小説推理 2月号」から「したいとか、したくないとかの話じゃない」という下ネタ満載の小説の連載が始まっているので良かったら読んでください。
下北沢で城山羊の会「石橋けいのあたしに触らないで!」鑑賞。こちらも下ネタ満載の艶笑話でめちゃくちゃ面白かった。私も今年は下ネタ話の演劇をする予定だったが中止になってしまった。下ネタの見せ方やコロナ対策も含めてこういう風にすればいいんだなと思えて久しぶりに前向きな気分になりテンションが上がった。
12月27日
娘が今日から陸上の合宿に行くのだが、今朝、スマホを自分の部屋に持っていっていた事が判明(我が家のルールではスマホは居間でしか使ってはいけない)。どうりで最近すぐに「寝る!」と言って20時には自分の部屋に行っていた訳だ。一昨日の土曜も朝から「眠い!」と言って一歩も部屋から出てこなかったが、きっとずっとスマホを見ていたのであろう。怒りで血管が切れかけた。
スマホを取り上げられた腹いせか、合宿の集合場所まで1人で行けないと泣き叫ぶので、仕方がないので送っていく。途中「どーせ私だけ友達とゲーム出来ない人なんだから。スマホ9時までとか部屋で使うなとか私だけだから」と拗ねた態度でまた腹が立つが無言で流した。
別れ際「楽しんでおいで」と言ったら「は? 私だけスマホなくて楽しめるわけないじゃん。何考えてんの?」と捨て台詞をはいた。またも怒りで血管が切れかけたが、結局帰りのバスが渋滞するかもしれなく、連絡手段がないとこちらも迎えが不便なので不本意ながらもスマホを返した。持ってきている時点で返そうとは思っていたのだ。
12月28日
小2年の息子の友達が泊まりに来る。友達とうまくコミュニケ―ションが取れない息子が一緒に風呂に入りながら、格闘技の話をずっとしていた。当然、息子の友達は格闘技など知らない。まったく噛み合っていない会話を聞いているのは微笑ましいが、このまま自分の話だけしかしない人間でいけば苦労するだろうなと思う。夜は2人で延々とゲームをしていたが、9時過ぎに取り上げると2人で寝袋に入って12時過ぎまでよく分からない遊びを延々としていた。楽しそうだった。
12月31日
夕方まで仕事。
大掃除もせずお節も作らず、「絶対に笑っ
【妻の1枚】
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【プロフィール】
足立 紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が公開中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』。
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