「足立 紳 後ろ向きで進む」第15回
結婚19年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!
『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。
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5月31日(月曜日)
朝一で「茜色に焼かれる」(石井裕也・監督)鑑賞。後、高田馬場で羊ランチ。羊人参炒飯が大変美味。この味を家でも作りたい。羊の睾丸や腎臓の串刺しもうまい。元気が出たので、帰宅して執筆作業に取り掛かろうとするが、満腹感からか強烈な眠気。少し横になったらそのまま気絶してしまった。夕方飛び起きて、焦りまくってダッシュでジョナサンへ向かう。
6月2日(水曜日)
午前中、小説を書く。
忙しい自慢をすると、今、自分史上もっとも仕事が忙しい。とにかく今は「小説推理」に書いている「したいとか、したくないとかの話じゃない」の最終回を書かねばならない。同時に連ドラも書かねばならない。他にこの日記も含めると連載が3つある。たったそれだけで? とも言われるが、キャパシティの小さい私にはきつい。8年前、早朝のスーパーで品出しのアルバイトをしていたころからすると、夢のような状況ではあるのだが、きついものはきつい。だが6月いっぱいで、偶然にもこの日記以外すべての連載が終わる。それはそれで定期収入がなくなるからきつい。毎月の収入があるということが、やったことはないけど、これほどまでに麻薬的だとは思わなかった。「もうそれなしでは生きられない」と言う妻が、今、毎日のように私のアルバイトを探している。
「アンタはバイトして、社会と家族にキチンと向き合って、ようやく少しはマシなものが書ける」とも言われているから、本当にまたアルバイトに放り出されるかもしれない。
午後は妻と高校教師。その日だけの週一ランチ、今日はイタリアンだ。前菜3種・ジャガイモの冷製スープ・ピザのランチコースを食すも、物足りず、追加でラザニアとパスタを注文。ようやく腹7分になったので、2種類のドルチェと紅茶を頼んでフィナーレ。
そして授業中に猛烈な睡魔。最近、満腹になると、もれなくメチャクチャ強烈な睡魔がついてくる。若いころは昼飯を食い散らかして映画を見ても絶対に寝なかったが、今は間違いなく気絶する。
6月3日(木曜日)
午前中、書く。
昼から対面会議。対面は移動が面倒だが、私にとってはその場で出るアイデアが、オンラインの4倍から13倍くらいはあるような気がする。帰りにとある評判の映画を見たが、あまり面白いとは思えなかった。
ここ数年、SNSなどで「面白かった!」「凄かった!」「刺さった!」などと感想があがってくる映画を見ても、なかなかピンとくることが少なくなった。もともと私の脳は劣化気味だが、さらに劣化が進んだのか、今の作品についていけていないと思うことがしばしばある。それも怖いし、もともとない自信はさらになくなり、憂鬱になる。ただ、皆さんあまりに簡単に刺さり過ぎ、感動しすぎじゃなかろうか。
「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」(森功・著)読了。
6月4日
午前中、書く。午後、オンライン会議。
終了後トイレに行くと、妻が娘の部屋で上半身ブラジャーで下半身は私のトランクスをはいてゴザを敷いて爆睡していた。最近、色々調べ物や打ち込みを頼んでいたので力尽きたのだろうか、半目を開けていたので一瞬死んでいるのかとすら思った。
息子が帰宅する間まであと30分しかないので、私もつかの間の休憩を取ろうと、息子の部屋で横になった。眠たかったので、すぐに落ちたのだが、直後に「やべえよ! やべえよ!」というバカでかい声で起きた。
息子と友達のM君が一緒に帰宅し、あられもない姿で寝ている妻を直視してしまったのだ。妻は寝ぼけ眼で「入ってくんな! 公園行け!」とタオルケットをまいてわめいていたが、また横になった。
ドアから覗いていたM君が「クジラみたいだ」と言った。息子が「恐竜なんだよ」と言った。
6月5日(土曜日)
朝7時からジョナサンへ。ひたすら書く。
15時ごろ家に戻り16時から息子の野球を覗きに行く。息子たちのチームは「怒らない、無理はさせない」をモットーとするチームで、息子のように野球はほぼできないが、なんだか来ているというような子も多い。しかも低学年だけなので、もう完全にリアル「がんばれ! ベアーズ」だ。
試合形式の練習をしても、そもそもルールがわかっていないから、あっちに行ったりこっちに行ったり、みんなでボールを追いかけていたりと、とにかく見ていて面白い。
早口でベラベラ野球知識を披露する子(だが、下手)がいたり、無口で穏やかだがめちゃくちゃ上手い子がいたり、親に対して尋常でなく生意気な口をきいている子がいたり、巨漢メガネの大声の子がいたりと、キャラが立った子も多い。これは映画やドラマにしたくなるなあと見ていて思う。そこに加えて親たちのキャラも面白い。息子のプレーにムキになって口を出してしまうのは、なぜか圧倒的にお父さんが多いが、元ヤン丸出しのお母さんもなかなか熱い。ただ、ほとんどのお母さんたちは、「子どもが元気にやってくれてりゃいい」のノリで、家庭内不和話とか、お受験話などで盛り上がっていて、それを聞いているのも楽しい。
「がんばれ! ベアーズ」は野球そのものの魅力をゴロっと描いた傑作だが(野球というよりベースボールか)、日本ではそこに、このような大人たちのこともうまくまぜて面白いドラマは作れないものだろうかと、いつも練習を見ながら思うのだが、帰ってきたらコロッと忘れている。
夜、「どの口が愛を語るんだ」(東山彰良・著)読了。
6月10日(木曜日)
本日は私の誕生日だが、何も変わらず。妻と子どもたちがカードをくれたが、心がこもっていない気がする、と言ったら「出た出た、カマチョ」と流された。
誕生日だから外食したいと申し出て、近所の中華料理店へ向かうも、娘と息子がケンカをはじめ、叱った妻も不機嫌になり、全くゆっくりできない夕食だった。久々に飲んだノンアルビールが本当のビールみたいで、酒に弱い私は想像泥酔してかなりフラフラになった。
6月11日(金曜日)
夜、居間で執筆をしていると、定期テストまで一週間を切った中二の娘が問題を出してくれと話しかけてきてまったく仕事にならない。娘は相変わらず勉強にまったくやる気が出ないようで、テスト前のこういう時期だけ、1日10分ほど勉強している。私に雲の種類の問題を出せと言ってきた。積乱雲とか高層雲とか雲の特徴を私が読み、娘が当てるのだがまったく覚えていないのでやるだけ無駄だ。覚えていないくせに問題を出せというのもよくわからない。イライラして仕事どころではなくなる。ちなみに、私は娘の教科書にある雲の名前をひとつも知らなかった。そんなことを知らなくてもこうして生きていけるだろうとは思わない。きっと知っていたほうが、楽しいことが増える可能性がわずかながらもあるのだろうと思う。
6月13日(日曜日)
早朝から娘は野球の試合。妻と息子は習い事ダブルヘッダー。良いお天気の中、ひたすら重い体を引きずってジョナサンへ。最近週2回マッサージに行っているが、肩甲骨の凝り・痺れはしぶとく絶好調だ。それに加えて今は右腕(肘~手首)が痛い。さすっても、手をブラブラしても痛い。妻に話しても「生島ヒロシの痛散湯飲め」しか言わない。
ついでにハゲもここ数年、猛スピードで進行している。完全なるハゲから、突っ込みどころのないハゲになってしまった。数年前まではハゲ上等で特に何も思わなかったのだが、なぜかここに来て色んな髪型をしてみたい欲求にかられている。堂々とカツラにしようかなと思っているが、意外と高額なのがネックだ。近ごろは入れ墨というのもあるようだが、それだと丸ボウズしかできない。後頭部の髪型だけで遊べばいいと妻は言うが、それって伸ばすか切るかしかないだろう。息子の同級生のⅯ君のお父さんが、AGAの薬で見事にふさふさになっているからそれも試そうかとは思っているが、性欲が減退するらしいという噂もあり、迷っている。しかし、ハゲにハゲと言ってはいけない空気が世の中に出てきて、正直私としては触れられないのは生きづらい。「このハゲー」と言っていた豊田(真由子)元衆議院議員の言葉さえ、清々しく感じられるような気がしないでもない。
6月17日(木曜日)
シナハン(シナリオ・ハンティング)のため、朝から新幹線で甲子園に向かう。シナハンと言えばご当地の美味しい物を食べるのが楽しみだが、昼にお好み焼きを食べられただけで(美味しかったが)、夜は「餃子の王将」で総菜を買い込んで、原作者の方や助監督さんと部屋飲み。原作のタイトルを原作者の方の前で言い間違えてしまい焦った。しかし「餃子の王将」も東京より関西の方が美味しい気がする。
6月18日(金曜日)
今日も一日中歩き回り、スマホの万歩計は2日連続で1万5000歩を超えた。帰りの新幹線に乗る直前に、家族みんなが好きな551蓬莱を購入。
贅沢駅弁と贅沢アイスを食し、ひとりお疲れ様会をしていたら、ものの20分で爆睡。あっという間の品川アナウンスで慌てて飛び下りる。案の定、頭上の棚に置いた551蓬莱を忘れてきた。もうこれを何十回とやっている。
6月19日(土曜日)
朝から雨。娘も息子も野球が中止になったため、ふたりとも家に引きこもるとのこと。カオス間違いないので早々に家を脱出。
夕方待ち合わせして「キャラクター」(永井 聡・監督)を見に行く。途中息子が「なら、犯人が漫画家を襲う話を書いたら捕まえられるのにね」とでっかい声で言い、結果そういうオチになったので、驚いた。娘は小栗 旬の演技の物まねばかりしていた。雨も小雨になったので、そのまま近所のバッティングセンターへ。珍しく機嫌よくバッティングしていた娘だったが、途中娘の空振りに妻が「ヘイヘイヘイ、どうしたどうした」と言ったことから、怒髪天。「許せない! 絶対許さない!」と震えながらブチ切れた。
余計なこと言ってんなーと思っていた私は、妻に「今のはよくないよ」と言うと、「はぁ!? なんでこんなことでここまで怒るわけ!? それこそヤバいでしょ?」と妻も怒りだし、バッティングセンターで娘と妻のケンカが始まった。最終的に「お前、子どもに気に入られようとして味方してんじゃねえよ!」と妻が私にもキレ出したので、息子困惑。
その後、バッティングセンターの隣のうどん屋で夕食を食すも、最悪の雰囲気。
6月20日(日曜日)
朝からジョナサンで執筆。娘は野球、息子はザリガニ釣り。妻は筋トレ。今日は父の日だ。幼少のころから父の日や母の日を両親もスルーで、父の日母の日に贈り物はおろか、お礼の言葉すら言ったことがなかったからか、ウチの子どもたちも完全スルー。だがSNS上にてこんなカードやあんな手紙を子ども達からもらっているというのを見ると羨ましくてたまらない。
6月22日(火曜日)
朝から仕事。夕方帰宅すると、不機嫌な娘がテレビ前にドデンと座り「TRICK」を見ている。ドラマ版も映画版もスピンオフ版も全て網羅するらしい。夕食後、娘は再度「TRICK」。息子は1日30分のゲーム時間。妻が仕事のけりがついたから、図書館で予約本を取りに行ってくると言ったので、居場所のない私は自分も図書館に用事があると理由を付けて、妻について行く。図書館の往復、ずっと自分の近況がいかにハードかの話をするが、完全にスルーされる。あー、愛情が欲しい。人に優しくされたい。真綿でくるまれるように優しくされたい。そんな49歳は我ながら気色悪い。
「Mr.ノーバディ」(イリヤ・ナイシュラー・監督)鑑賞。
6月26日(土曜日)
招致活動のころから日本でのオリンピックには反対だったが(どこならいいのかはわからないし、どんな形で開催していけばいいのかを考えたこともないのだが)、昨日、陸上の代表選考会である日本選手権男子100メートルを、固唾を飲んでテレビの前で見た。
世間的に勝負弱いと言われている桐生選手を私は応援していた。もちろん私も勝負弱いから感情移入してのことだ。世評通りなどと言うと大変に失礼な物言いなのだが、桐生選手は5着で、オリンピックへの切符を取れなかった。日本人で初めて9秒台を出し、ずっと東京オリンピックを目指していただけに、どのように自分の気持ちに落とし前をつけるのだろうかと考えてしまうが、「一区切りついた」というサバサバとしたコメントを出していた。本気の努力というものをした人は、その結果が出なかったときに、吹っ切れた気持ちになれるのだろうか。私など中途半端な努力とも呼べないような努力しかしたことがないからか、求める結果が出なかったときはグズグズウジウジと落ち込み、何ならその落ち込みに妻を引きずり込んでブチ切れさせてしまうこともある。
それにしても、こうしてオリンピック予選など見ながら、一方ではこれまでの飲食店を筆頭に我慢に我慢を強いられている人たちのことも考える。やはり、オリンピックのために今この瞬間も我慢を強いられるのだなと思うと腸が煮えくり返っているに違いないと思う。オリンピックが終わったあとに、もしかしたら本当に全世界が「がんばれニッポン」などと言っているかもしれない。さすがにオリンピック開催がコロナに勝った証というあまりにバカげた物言いは聞かれなくなったような気がするが、オリンピックを開催すれば確実に感染者が増えることは私でもわかる。オリンピック中に身内がコロナで亡くなる人もいるだろう。それがオリンピックのせいかどうかはわからなくても、オリンピックがなければ死ななかったかもしれないのに……とは思うだろう。そして開催することに対して「安心、安全」だけを繰り返す人のことを一生恨んだりするようなことにもなるだろう。そう思うと、やはりこの状況での開催はないほうがいいのではと思う。思いながら、きっと私はテレビで放映される競技のいくつかを見るだろう。
6月27日(日曜日)
朝7時に家を出てジョナサンで書く。ようやく近所のサウナが解禁されたので、久しぶりに行く。そして案の定、整う(前は頑なに「整う」フレーズは使わなかったが、このフレーズはやはり使いやすい)。サウナ後、アイスを食べながら息子とサボテンを買いに行く。息子は「クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃」(橋本昌和・監督)を数日前に見てから、1日千回くらいサボテンが欲しいと連呼していた。
小さいサボテンを2個購入。棘が邪気を払うとのことで、さっそくトイレに飾った。が、良い気も払うとのことで、扱いには気を付けねばらない。
「開運」という言葉が大好きな私は、家中を開運グッズで埋め尽くしたいと常々思っている。家にはお守りやお札やダルマやエミューの羽や旅行先で買った開運グッズ、魔除けグッズを沢山飾ってあるが、今のところ一番効果があったのは招き猫として拾ってきて飼ってる2匹の猫だ。
6月27日
午前中、書く。午後、娘の野球の試合を見に行く。
今日は男子チームとの練習試合。練習試合だからか娘はセカンドでスタメン出場。親としては一気に緊張する。が、中学生ともなると男子との体力差はいかんともしがたく、1回表の男子たちの攻撃が終わる気配がない。退屈になってきた私はスマホを見たりしていた。すると歓声があがり、娘がハイタッチしている。どうやら好守備を見せたようだが見事に見逃した。ようやくチェンジとなり娘たちのチームの攻撃は男子チームのスピードボールにあっという間に三者凡退。そしてまた男子の長い攻撃が終わって、娘に打順が回る。初球から振っていくが空振り。これは三球三振かもなと思った瞬間、見事にライト前にライナーで打球を飛ばした。思わず「お!」と腰を浮かしたが、ライトゴロになってしまった。
試合は結局コールド負け(当たり前だ)。私のころは男子と女子が試合をするなど中学生ではありえなかったが、これも少子化が原因なのだろうか。
帰宅後、グダグダとした野球談議をしていたら、ついつい熱くなってしまい、野球をやめるやめないまでの大ゲンカを娘とやらかし、「だったらやめちまえ!」と捨て台詞を吐いて、言った瞬間から大後悔。子どものことは見て見ぬ振りするくらいがちょうどいいのかもしれない。他人の子にはそれができるのに、自分の子にはできない。当たり前か。
以前、妻がポロッと「生んだ瞬間から誰の子かわからなくして、1か月ごとに赤ちゃんをとっかえひっかえして育てると地球上で決めれば、平和が訪れるかもしれない」と言っていた。実現することはないだろうが、一理あるかもしれないと思った。
【妻の1枚】
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【プロフィール】
足立 紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が公開中。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』(新潮社・刊)。
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