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2024/8/7 19:00

日本の伝統は“夫婦別姓”!? 世界と日本の「選択的夫婦別姓」とそのメリット・デメリット

2024年6月、経団連(日本経済団体連合会。日本の主要な企業によって構成される経済団体)が、「選択的夫婦別姓制度」の早期実現を求める政府への提言を行ったことで、法改正の気運が一気に高まっています。事実、ある世論調査では6割以上の国民が選択的夫婦別姓を支持。それにも関わらず、全夫婦の実に96%がほぼ自動的に夫の姓を名乗っている現状は問題であるとして、国連からは3度にわたり改善勧告を受けているのです。

 

そこで今回は、日本で「夫婦同姓」の常識がなぜ生まれたのか、選択的夫婦別姓にはどんなメリット・デメリットがあるのか、世界の法律はどうなっているのかなどを立命館大学産業社会学部の筒井淳也教授に伺いました。

 

 

法律義務は日本だけ!?
「夫婦同姓」に至るまでの歴史

今は誰もが当たり前に持つ姓ですが、庶民が名乗り始めたのは近代日本になってからのこと。どのような経緯で姓は庶民に導入されたのでしょうか?

 

「江戸時代までは、原則として公家と武士のみが姓(名字)を名乗ることができました。庶民が姓を公称できるようになったのは明治時代に入ってからです。1870年発布の太政官布告(だじょうかんふこく)という法令により許可されました」(立命館大学産業社会学部・筒井淳也教授、以下同)

 

明治幕府はなぜ庶民に姓を持たせたかったのでしょう?

 

「兵役や徴税などの利便性から、国民を名前で管理したかったからですね。江戸時代までは、村の一員として名主などに管理させておけば問題ありませんでした。明治幕府は中央集権化を推し進めていたので、庶民にも姓を導入し、戸籍を整備することで徴兵や税収の効率化を図ろうとしていたんです。
しかし、1870年の布告には強制力がなく、姓はほとんど普及しませんでした。そこで、1875年発布の太政官布告で義務化し、姓を持たないことが違法とされました。また、翌年の太政官指令では、夫婦別姓(別氏)にすることが定められました」

 

日本の伝統は、実は「夫婦別姓」
約680年続いた封建時代の家父長制に由来

注目したいのは、この1876年の指令で義務付けられたのは「夫婦別姓」であったということ。これはなぜでしょうか?

 

「当時の日本社会は、アジアの伝統でもある儒教文化や父系制の影響を大きく受けていました。父親からもらった姓を大切にするという文化があったんです。女性でも結婚したくらいで姓を変えるというのは父親への敬意を欠きますし、女性を受け入れる家からしても、結婚したくらいで大事な姓をくれてやるわけにはいかない、と考えられていました。現在でも、儒教文化圏の中国や韓国では原則的に夫婦別姓です。こうした文化的背景から、その後約20年にわたり強制的夫婦別姓が続くことになりました」

 

現代的な「夫婦同姓」は、1898年に改正された民法により導入されました。

 

「1898年の民法により、夫婦別姓の伝統を変え、家単位で同じ姓を名乗ることが定められました。結婚後は夫か妻のどちらかの姓を選択することができましたが、ほとんどの女性は男性中心主義的な家父長制の価値観に基づき、生家と距離を置いて新しい家に入るという考え方を強くしていきました。こうして、姓は同一世帯で一緒に暮らす人々の“ラベル”という役割を担うようになりました」

 

“選択的”であることは見落とされがち
知っておきたい“別姓”のメリット・デメリット

「選択的夫婦別姓制度」は、同姓・別姓のいずれかを強制するのではなく、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の姓を名乗るかどうかを決定できる自由を認めるものです。この“選択できる”という特徴を見落としてしまう人が多いと、筒井教授は語ります。

 

「“選択的”とは、希望した人だけが行うという意味です。夫婦で熟考して、デメリットが大きいと思えたり、別姓に不安があったりするなら、選ばなければいいということです。選択の自由があることで夫婦にとってのデメリットを減らすことができます。“別姓”であることに目が行きがちですが、“選択的”であることにも、もっと注目してもらいたいですね」

 

別姓を選択するメリット…
改姓に伴う手続きの煩雑さがゼロに!

ここでは、同姓か別姓か選択する際に知っておきたい「別姓」のメリット・デメリットを紹介します。まず、最大のメリットは改姓に必要な手続きが不要であることです。

 

「選択的夫婦別姓を望む声は、女性の社会進出が進むとともに大きくなっています。つまり、働く女性にとって名前を変えることの煩雑さがいかに大きな負担になっているかということです。最近では、ウェブ上のサービスやサブスクリプションにも名前を登録しますし、それに必要なクレジットカードの名義も当然買えなければなりませんから、その手続きの多さは尋常じゃないはず。『なぜ自分だけがこんな苦労をしないといけないのか』という不公平感も強まっています。
もちろん男性が女性の姓に合わせた場合、男性も同じような手続きを踏む必要があります。ただ、現状では女性の姓に変える男性はわずか4%。夫婦で別姓を選択すれば、手続きの面倒さを被ってきた女性の負担は軽減されるでしょう」

 

別姓を選択するデメリット…
子どもと自分の姓が異なる可能性

次に、夫婦別姓になるデメリットとして考えられるのは、親と子どもの姓が異なることで、親であることの証明を求められるケースが増える可能性です。

 

「これまでは親子で同じ姓を名乗るのが当たり前でしたから、親子で姓が異なると『本当に親ですか?』と不信感を持たれる可能性があります。親子関係を証明するために戸籍謄本を持ち歩いたり、行政が親子関係の証明を発行する必要性も出てきたりするでしょう。
この『親子関係の証明』は、ヨーロッパ社会でもしばしば問題となっています。そもそも『姓が同じ』だけで親子関係が証明できるわけでもないのですが、『違う』となると確認されてしまうことが多いのですね」

 

夫婦別姓が当たり前になればそうした手間は減るかもしれませんが、『あれ?』と感じられる期間は長く続くかもしれません、と話す筒井先生。

 

「今までと違う制度を導入するときは、若干の手間は引き受けなければなりませんね。それが嫌だと思えば、同姓を名乗る選択肢があります。そもそも、制度のデメリットは制度の不備なので、親子で姓が異なることに起因する問題は、行政が積極的に解決していってほしいと思います」

 

海外ではどうなっている?
夫婦の姓に関する世界の法律

現在、夫婦同姓を法律で義務付けている国は、日本のみといわれています。では、他国の夫婦の姓に関する法律はどうなっているのでしょうか?

 

■ フランス:強制的夫婦別姓、ただし通称使用は認可

「フランスは、伝統的に強制的夫婦別姓が基本となっています。19~20世紀頃には『配偶者の姓を名乗る』ことを求める運動が展開されましたが、法的には依然として生まれたときの姓を保持する必要があります。選択的別姓を求める現在の日本とは、出発点も、求めるものも逆ですね。
ただし、最近になり『通称』(公式名とは異なり、社会生活で日常的に使用している呼称のこと)の使用を通じた夫婦同一姓の公称は認められるようになりました。通称であれば『連結姓』(夫婦がそれぞれの姓を組み合わせて作った新しい姓のこと)を名乗ることも可能です。身分証明書には本姓と通称を併記できます」

 

■ ドイツ:かつては強制的夫婦同姓、法改正により選択的夫婦別姓に

「今の日本の状況と一番近いのはドイツではないでしょうか。ドイツはかつて強制的夫婦同姓を導入しており、しかも夫婦どちらかの姓でよい日本と違って『夫の姓』に合わせることが法的に義務付けられていました。1991年に法改正がなされ選択的夫婦別姓が導入されると、夫婦で共通の姓を使用するか、それぞれの旧姓を保持するか選択できるようになりました。子どもの姓については、第一子の出生時に決めた姓をその後に生まれる子どもにも適用します。
日本では、選択的夫婦別姓の下、子どもの姓がどうなるかについて具体的な決定はまだなされていませんが、個人的にはこのドイツ式ルールが採用されるのではないかと推測しています」

 

■ イギリス:姓の選択がもっとも自由な国の一つ

「イギリスには姓に関する法律がありませんが、結婚後に妻が夫の姓を名乗る夫婦同姓の文化がありました。あくまで社会的な慣習によるものです。それが徐々に選択肢が広がり、現在では、夫婦で共通の姓を使用する、それぞれの旧姓を保持する、連結姓にする、新しい姓を作るなどのバリエーションがあります。子どもの姓をつける際にも法的制約はありません。イギリスは、姓の選択に関してもっとも自由な国の一つといえるでしょう」

 

■ アメリカ:自由度は高いが、州によって手続きが異なる

「イギリスと同様、アメリカも姓の選択の自由度が高い国ですが、州によって手続きが異なります。1970年代にいくつかの州で裁判があり、結婚後に女性が夫の姓を名乗ることを強制されるのは違憲であるとされ、女性が自分の姓を保持する権利が強化されました。ただ、実態としては今でも7割くらいが夫の姓に変えています」

 

■ イタリア:基本的には選択的夫婦別姓、妻は自らの姓に夫の姓を加える権利を有する

「イタリアはやや特殊で、夫の姓は変わらないものの、『妻が夫の姓を名乗る』『妻の姓の後に夫の姓を加えた連結姓を名乗る』という時代が長く続きました。1950年代以降、家族のあり方や女性の権利について議論が活発化し、これまでの義務を“権利”と解釈するようになりました。1997年からは、公式の書類では結婚前の姓のみが有効とされています。
子どもの姓については、夫の姓をつけることが法律で定められていましたが、2022年にイタリアの裁判所が『父親の姓を強制する現行の法律は違憲』と判断。これにより、両親が共同で決定した場合には、子どもに妻の姓を付けることが可能となりました」

 

準備万端、でも導入進まず?
選択的夫婦別姓の実現までの道のり

選択的夫婦別姓の導入に向けて、私たちは今どのフェーズにあるのでしょうか?

 

「1996年には、法務省の諮問機関が選択的夫婦別姓制度に関する具体的な法律案をすでに作成しています。2015年には、最高裁が『夫婦同姓は合憲』としつつも、『制度のあり方は国会で論じられるべき』としました。同様の判断が2021年にも下されています。しかし、政府内には反対する意見もあり、議論さえできない状況が約30年も続いていました。
そんな中、2024年には経団連が『改姓が女性のキャリア形成の妨げになっている』として、制度の早期実現を求める提言を政府に行いました。国民の多くも選択的制度であるならば問題ないと支持を示しています。こうした時代の変化に伴い、今後は本格的な議論が進んでいくことでしょう」

 

基本的に「夫婦は対等」
改姓してくれる相手の苦労を忘れないで

最後に、選択的夫婦別姓制度が実現し、夫婦が姓の選択に迫られたとき、配慮すべきポイントはなんでしょうか?

 

「まずは、夫婦で十分に話し合うこと。夫婦の姓は2人で決めることですから。話し合いで決まらなければ、じゃんけんで決めてもいいかもしれません(笑)。夫婦が真に対等なら、どちらの姓になっても問題はないはずです。
しかし、夫婦の姓の決定は、本人たち以外の思惑が交錯することもあります。夫の親が妻の姓に変えるのを嫌がるとか、妻の親が夫の姓に変えるよう言ってくるとか。それでも、夫婦は基本的には対等であることを忘れないでください。そして、もし相手が自分の姓に合わせることになったら、相手に極めて面倒なことをさせているんだと想像力を働かせてほしいと思います」

 

 

Profile

立命館大学 産業社会学部 教授 / 筒井淳也

専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究、ワーク・ライフ・バランス研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)など。内閣府第四次少子化社会対策大綱検討委員会・委員、京都市男女共同参画審議会・委員長など。