スポーツ
2018/9/2 18:00

次世代プラットフォームに進化!? 「運動会」に新たな兆し

近年、運動会の様相は大きく変化しています。平等を重視して順位を付けない学校が出てきていたり、運動会の騒音で学校に苦情がきたり、運動会に価値を見出す日本人が減っています。企業運動会は増えていると言われているものの、様々な統計調査で運動会は多くの子どもや社会人の間で人気がないことが分かっています。2017年にある人材企業が転職経験のある関東在住の515人を対象に行ったインターネット調査で、運動会は会社の嫌なイベント・行事ランキングで約45%を集めて1位になりました。

そこで、従来のやり方を変えて、新しい運動会を作るという試みが行われています。その名も「未来の運動会」。8月10~12日、このプロジェクトが國學院大學の渋谷キャンパスで行われました。未来の運動会とは何か? どうやって新しい運動会を作るのか? 未来の運動会にはどのような可能性があるのか? 未来の運動会の講師を務める犬飼博士さんと米司隆明さんにお話を伺いました。

↑犬飼博士さん。ファシリテーター、運動会協会理事/ゲーム監督。つながりと笑顔を生むプラットフォームとして、ゲームとスポーツに着目。人工知能を巻き込んだ次世代の遊びを日夜研究開発中

 

↑米司隆明さん。一般財団法人運動会理事で、年間200件以上の運動会をプロデュースするNPO法人ジャパンスポーツコミュニケーションズのCUO(Chief UNDOKAI Officer)。日本の運動会文化を世界に広めるため、インドやアメリカでも運動会を実施。著書に「チームの一体感を高める“社内運動会”の仕掛け」がある

 

未来の運動会の着想

運動会の従来モデルは、例えば学校では、主に先生が競技や種目、スケジュールを考え、指導する一方、生徒たちは先生の指示に従い、決まった競技をするというもの。運動やスポーツが好きな人は積極的に楽しめますが、それらが苦手な人は強制的に参加しなければなりません。

 

未来の運動会はもっと主体的です。その中心概念は「共創」。参加者たちは自分たちで運動会の競技を開発(develop)し、実践(play)します。これを「デベロップレイ(develop+play)」と言い、それをする人は「デベロップレイヤー(developlayer)」と呼ばれます。「運動会は作っていい」という発見が興味関心へとつながり、運動やスポーツが苦手な子どもたちの考え方を変えるきっかけとなると米司さんは著書「チームの一体感を高める“社内運動会”の仕掛け」で論じています。

 

2015年に東京で始まった未来の運動会は、もともとはコンピュータゲームの開発をしている犬飼さんによる発案だったそうですが、犬飼さんは「コンピュータゲームに代わる、新しいプラットフォームが運動会だ」といいます。

 

「僕はもともとテレビゲームやコンピュータゲームを作っていたのですが、それまではプレイステーション、XBOXといった機械にゲームをインストールして楽しんでいましたよね。いまだったらスマートフォンでゲームしている人が多いと思いますが、この延長線上にあるのが運動会なんです。私にとって運動会は“次世代機”。しかも、従来のゲームと違って、未来の運動会は自分たちで競技をクリエイトします。楽しく生きていくために、自らが主体となって新しいものを作り出していくということが、これからの時代の新機軸になるでしょう。運動会はそういうことを大切にする人たちが集まるコミュニティーであり、それを実践するためのプラットフォームになります」(犬飼)

 

完璧でない新競技を楽しむ

未来の運動会は2部構成。1つは、身体を動かしながら新しい競技、運動会を作り出す「運動会ハッカソン」。運動会のプログラムも決まっていません。もう1つは、そこで作られた新競技をプレーする「未来の運動会」。これらのイベントは3日間で行われますが、学校の運動会が先生たちを中心にかなりの時間をかけて準備されることを考えると、それほど長くもありません。

 

運動会は、学校や企業によってやり方や目的が異なります。学校の運動会は体力や課題解決能力、人間力を養う教育的な意義が重要視されている一方、企業運動会にはチームビルディングや企業への忠誠心などを高める狙いがあります。では、未来の渋谷の運動会のようなアプローチは過去にもあったものなのでしょうか? 年間200件以上の運動会をプロデュースしている米司さんは次にように言います。

 

「ゲームをハック(「プログラムを書く」という意味)するように運動会を作るという意味では、このような取り組み方はまったくなかったと思います。私たち運動会屋は普段、『どうすれば運動会として成立するか』『どうしたらルールとして成り立ち、競い合えるのか』ということを常に考えながら、企業や学校で運動会を行なっています。

 

そこへ、犬飼さんのようなゲームのデザインをバックボーンとして持つ方たちが『新しいものを運動会で生み出せないか』『運動会をハックできないか』と考え、僕も興味津々で参加させていただくようになりました。

 

サッカーや野球のようなスポーツを新たに考えていくのであれば、3日間などでは到底できません。しかし未来の運動会では、最初の2日間で新たな競技や種目が作られても、完成度は100%でなくても良いんです。あくまで大事なのは『自分たちで新しいものを生み出すこと』。3日目でディベロップレイヤーたちが、でき立てホヤホヤの競技をプレーする姿は微笑ましい光景なんです。これが未来の運動会の醍醐味ですね」(米司)

新しい競技の作り方

未来の運動会は限られた人たちの間でやるのではなく、広く一般に開放されています。会場を覗けば、小学生からご年配の方まで様々な人たちが集まっていました(渋谷といえばハチ公ということで犬のぬいぐるみも出演)。

 

しかし、限られた時間のなかで、ほぼ初対面の人同士の意見をまとめて、新しい競技を作り、さらに運動会のプログラムも決めるのは大変ではないでしょうか?

 

「参加される方の意見は皆バラバラだろうと思いになるかもしれませんが、話をするよりも先に、みんなで身体を動かしながら競技を作り、実践していくと、皆さんの考えが一致していくんですね。たとえば、『ぬいぐるみを投げて、それを先に取った人が勝ち』という競技を考えた場合、参加者がやることは『走る』『取る』ぐらい。ゲームはこれくらいで十分デザインできるわけですから、あとは実践していくしかないわけです。

逆に、話だけをしても何にもならないですし、実際には話す時間なんてほとんどありません。それよりも身体を動かして、実際にやりながら『面白い・面白くない』を決めていくんです。だから、大変なことはないですね」(犬飼)

 

未来の運動会では、これまでに様々な競技が新しく作られてきました。まずはハイテクを活用したもの。ドローンで人文字を当てる競技や、スマートフォンをボールに入れて振った回数を競うゲームができました。

 

しかし、もっと面白いのは開催した地域に根ざした競技。たとえば、大阪では「だるまさんが転んだ」から「なにわさんが転んだ(大阪)」がといった遊びが誕生しています。

 

「必ずしも『テクノロジーを使っていないといけない』というような縛りもありません。それよりも、皆が楽しみ、少しでもいいから『今までとは違うな』という運動会ができれば良いと考えています」(犬飼)

 

ここで、未来の渋谷の運動会で生まれた競技の一部をご紹介します。

 

[今日は渋谷で文字合わせ]

パネルが床に散らばって落ちており、そのなかに書かれた言葉の一部を組み合わせて、一つの言葉を作る競技。ハチ公前で記念撮影もする。

 

[ラップバトル]

各チームリーダーがDJと一緒にラップでチームを応援する競技。

 

[パチットモンスターズ]

モンスターボールと呼ばれる大きなボールのなかにハチ公を入れて、神輿で担ぎ、パイロンの間を縫って進みます。折り返し地点で「わっしょい」と掛け声を出し、ボールを一定回数大きくバウンドさせる。2チームで対戦し早くゴールしたほうが勝利。トーナメント方式。

 

[出前ハチ公]

ハチ公のぬいぐるみを使って2人1組となり、片方が目隠しをしてハチ公を持ち、もう1人が伴走して一緒にコースを回る競技。一番早くコースを回れたチームが勝つというルール。

オリンピックより民主的?

一方、2020年に東京はオリンピックを開催します。未来の運動会はこのスポーツの祭典をどのように見ているのでしょうか?

 

「オリンピックを楽しむ大半の人は応援や見ることを主体としていますよね。運動やスポーツで参加する人はごく限られたアスリートたちだけ。それに対して、未来の運動会はいつでも誰でも参加することができます。

 

東京オリンピックを機に運動やスポーツはより盛り上がりを見せると思いますが、未来の運動会にも良い影響があり、参加者が増えることを願っています。それと同時に、日本で生まれた運動会という文化が世界中にもっと広まっていけば良いと思います」(米司)

今日、日本の運動会は社会の変化によって、その価値が問い直されています。1960年代から運動会は内容の簡素化が見られ、競争や序列化の否定、組体操事故の顕著化などが起きていますが、「運動会は各時代の波にもまれながら現在の形にたどりついている」と中京大学名誉教授の木村吉次氏は体育科教育の2017年5月号で述べています。そうだとすれば、未来の運動会も、運動会が生き延びようとして、現代の波にもまれながら進化していることを示す現象なのかもしれません。木村氏は「(運動会が)ここまで生き延びることができたのは児童・生徒の楽しさを完全に失わせることがなかったからではないか」と考えています。共創に基づく未来の運動会によって、日本人が運動会の価値と楽しさを再認識するかどうか注目です。

 

(写真提供:渋都市株式会社)