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2022/3/24 18:30

甲子園のカクテル光線がLEDで超進化! 今季の虎を後押しする世界初の技術とは

日本最古の球場・阪神甲子園球場(以下、甲子園)。世界中に現存する球場のなかでも3番目に古い同球場は、1924年(大正13年)に誕生して以来、多くの野球人やファンから愛され続けてきた。世界に燦然と輝く「聖地」である。

もうすぐ100年を迎えるその長い歴史のなかで、甲子園は幾度もの改修を受けた末に、現在の形になっている。そして、2021年のオフシーズンにも、球場の歴史に残る大きな改修が行われた。4月5日に行われる阪神タイガースの甲子園初戦がもっと楽しみになる、そんな改修レポートをお届けしたい。

 

甲子園を照らし続けてきた2色の光

2021年のオフの改修ポイント、それは球場内を照らす照明だ。今回の改修の意図・内容は、甲子園の歴史と深く関わっているので、まずはそこから説明しよう。

 

甲子園にナイター用の照明設備が竣工したのは、戦後間もない1956年4月25日のこと。その当時から現在に至るまで、聖地のグラウンドをずっと照らし続けてきたのが、「カクテル光線」と呼ばれる独特の照明だった。

↑2016年に筆者が撮影した、甲子園のカクテル光線。よく見ると、照明の灯りのなかに、オレンジと白が混在していることがわかる

カクテル光線とは、オレンジと白、2色の光源を混ぜてつくられた照明を意味する。その照明が誕生したきっかけは、オレンジがかった光を発する白熱電球だけでは野球のナイターに必要な明るさを満たすには不十分だったことから、より明るい白色の光源・水銀灯を併置したことにはじまる。これにより、太陽の光のような温もりと、十分な明るさを兼ね備えた照明が実現したのだ。カクテル光線を導入したのは甲子園が初で、その後多くの球場、スポーツ施設へと普及していった。

 

しかし、よりエコで高性能なLED照明が登場したことで、カクテル光線の立場は厳しくなっていく。現在では、カクテル光線の温かみを感じられる場所は、ほとんど存在しない。そんな時勢にあって、甲子園はずっと、オレンジと白の光にこだわり続けてきた。球場がどれだけ変化しても、聖地のグラウンドを照らす光の色は、伝統の一部として守られている。1974年の改修で、光源の素材こそメタルハライド灯と高圧ナトリウム灯に変わったものの、オレンジと白の色味はそのままだ。

 

“カクテル光線なくして甲子園なし”。それが甲子園の歴史と伝統である。

 

2年の歳月をかけて開発した”カクテル光線LED”

2021年オフ、甲子園のカクテル光線がついにLED照明へと変わった。しかし、ほかの球場と同じようなLEDではない。これからの聖地を彩る照明は、2年の歳月をかけて独自開発された、世界初の”カクテル光線LED”だ。

↑新しくなった照明をグラウンド内から撮影。色味、明るさともに、従来のカクテル光線とほとんど変わらない印象を受けた。あくまで個人的な印象として、かつての照明より微妙に明るいようにも感じたが、改修が行われたという事実を知らされなければ、その違いにはまず気付かないだろう

 

↑今回の改修で、銀傘に設置されている照明もLEDに切り替えられた

 

甲子園に新規導入されたこのLED照明は、カクテル光線のオレンジと白の色味を極限まで再現している。しかし、LEDは単色で使用するのが一般的であり、2色のLED照明を併置する、ましてやカクテル光線を再現するという試みは前例のないものだった。

 

2年という長い開発期間は、その難問を解決するために試行錯誤を繰り返した証だ。この照明の開発を担当したパナソニックの技術者・岩崎浩暁さんによれば、色温度2050ケルビン・5700ケルビンの照明を2つを組み合わせることで、カクテル光線の色を再現するという課題を達成したという。

↑新たに設置された照明のサンプルを間近で撮影。色温度は、オレンジのほうが2050ケルビン、白いほうは5700ケルビンに調整されている

 

LEDが生む、新たな甲子園名物とは

球場照明をLED化するメリットは、大きく分けて2つある。まずひとつは、CO2排出量の削減だ。甲子園の例では、照明の完全LED化により、CO2排出量を従来比で約60%も抑えることに成功した。甲子園では、球場が100歳の誕生日を迎える2024年8月1日を控え、「KOSHIEN “eco” Challenge」と題した、環境にやさしい次の100年に渡っても愛されるスタジアムをつくるプロジェクトを進めている。

 

LED化によるもうひとつのメリット、それは、甲子園独自の演出を導入できたことだ。タイガースのチャンス・得点・ホームランや、コロナ禍以前はジェット風船が舞っていたラッキーセブンの盛り上げ、試合後に流れる勝利の六甲おろし……ファンの興奮が高まる多くのシーンで、ほかの球場では見ることのできない光景が出現する。

↑写真左下の照明塔に、タイガースのTHマークが浮かび上がっている様子。このような演出が多くのシーンに導入されている

 

↑周囲が暗くなった状態で、THマークを再び撮影。この写真は露出を抑えているので暗く見えるが、肉眼では断然明るく見える


↑ラッキーセブンと、勝利後の六甲おろしの演出を通しで動画撮影。上の写真同様、この動画も照明塔の点滅を鮮明に写すため、露出を抑えて撮影している。勝利の余韻を堪能できる六甲おろしフルバージョンは、やはり格別だ

 

これらの演出は、LEDの導入無くしては到底不可能なものだ。従来の照明では、一度照明を消してから再度点灯するのに10分以上の時間を要するうえ、照明器具1基1基を個別制御することはできなかった。一方で、LEDは瞬時の滅点灯が可能で、球場全体で756基も設置されている照明のひとつひとつを個別に制御できる。

↑バックスクリーンを虎が疾走。それと同時に、照明にも虎が走る様子が映し出される


↑虎が走る演出を動画に収めた。バックスクリーンと照明の連動性がよく分かる

 

甲子園スタッフの赤楚勝司さんによれば、これらの演出が導入された背景には、コロナ禍による影響もあったという。あの忌まわしいウイルスが流行してからというもの、球場の名物であったジェット風船は感染防止のため禁止になり、声を出しての応援すらもできなくなってしまった。大声で六甲おろしを歌えるあの興奮は、なかなか帰ってきそうにない。

 

そんな苦境の時代でも、「どうにかしてファンを楽しませたい」という思いから開発されたのが、LED照明による目新しい演出だった。今回の試みは、コロナ禍の制限のなかで模索された、ファンサービスの新たな形でもある。

↑かつてのラッキーセブンでは、タイガースの攻撃前に無数のジェット風船が聖地の空を舞っていた(写真は2017年、筆者撮影)

 

新たな照明を背に躍動する、阪神の選手たちの様子が頭に浮かぶ

ここまで記事を読んでくださった方はお気付きかもしれないが、筆者は何を隠そう、20年来の阪神ファンである。タイガースの優勝・日本一を祈り続けている身としては、照明が切り替わったことによる選手への影響が気になるところだ。

 

それについて赤楚さんに伺ってみると、3月4日のナイター練習でチームへの確認、微調整が行われた際の話を教えてくれた。新しい照明は選手に好評で、「以前より守りやすい」という声もあったという。ここ数年のタイガースは守備を大きな課題としているが、”新しいカクテル光線”は、チームの背中を強く押してくれることだろう。

↑照明の取材の前には、デイゲームのオープン戦、阪神×広島戦を観戦。快く勝利……といきたいところだったが、試合は引き分けに終わった

 

今回の取材では、照明演出のデモンストレーションとして、勝利の六甲おろしを聞いた。今シーズン、あれが幾度となく球場にこだますれば、必然と阪神の優勝は近づいてくる。秋には、”湧き立つ大地に輝る”かの如く、この照明に照らされた矢野監督が宙を舞う姿が見れることを信じたい。

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