2022年からスタートした、JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(以下、リーグワン)。日本ラグビーの頂点を決めるこのリーグの初年度は、5月末にプレーオフが行われ、埼玉県・熊谷市をホームとする埼玉ワイルドナイツ(以下、ワイルドナイツ)が初代王座に輝いた。
リーグワンの特徴のひとつは、各チームが地域密着を掲げていることだ。たとえば、ワイルドナイツは、熊谷スポーツ文化公園の敷地内に本拠地を置いており、チームの母体となっているパナソニックに加え、埼玉県、熊谷市がトリオを組んで、チームの“城下町”とも呼べるような、特徴的な街づくりを推進している。ただファンを集めるだけにとどまらない、スポーツチームを中心にした街づくりの模様を取材した。
埼玉県、熊谷市、パナソニックのトリオが築いた、“ラグビーの城”
そもそも、国や自治体が所有する「公園」のなかに、企業が運営するスポーツチームが本拠地を構えるのは異例のこと。それを可能にしたのが、埼玉県、熊谷市、パナソニックの3者の間で締結された包括協定だ。
熊谷市は、駅の目の前にラグビーのゴールポストが設置されているほど、ラグビータウンとして高い知名度を誇っている。そのブランドを活かしてさらなる地域振興を図りたい自治体側、チームの強化やファンサービスの向上を図りたいワイルドナイツ側、双方の目的が一致したことから、2019年にその包括協定は結ばれた。
この協定によって取り決められたのは、当時、群馬県太田市に本拠地を置いていたワイルドナイツの熊谷市への本拠地移転、それにあわせた地域振興事業の実施だ。そして、その「地域振興事業」は、“街づくり”といって過言でないほどの様相を呈している。
その中心として築かれたのが、ラグビーにフォーカスしたスポーツ複合施設「さくらオーバルフォート」だ。この名称は、埼玉の「さ」、熊谷の「く」、ラグビーの「ら」に、ラグビーボールの楕円を意味するオーバルと、城砦を表すフォートを組み合わせた造語。地域に根ざしたラグビーの城であることを示すネーミングだ。
先に紹介した包括協定の締結を受け、一般社団法人埼玉県ラグビーフットボール協会が主体となって建設されたさくらオーバルフォート。ここには、2019年のラグビーワールドカップの会場にもなった埼玉ワイルドナイツのホームスタジアム「熊谷ラグビー場」や練習用グラウンド、クラブハウスが入居する管理棟など、ワイルドナイツの関連施設が集まっている。
そんなさくらオーバルフォートの最大の特徴は、宿泊施設や飲食店、整形外科といった、一般人が利用できる施設が多く併設されていることにある。ラグビーを観る人、実際にプレイする人、双方にとってこの上なく恵まれた環境が整備されているのだ。自治体が土地を提供し、スポーツチームの本拠地を建て、周囲に施設を誘致する取り組みは、日本初のものだという。
理念に共感する法人・市民が城下町を形成
宿泊施設や飲食店、整形外科といった施設のなかにはワイルドナイツのチーム名を冠しているものもあるが、これらを運営しているのはチームとは別の法人だ。それらの法人は、それぞれがワイルドナイツのサポーターとして、チームを支える存在でもある。「世界に発信できるラグビーパークをつくる」という理念に共感した法人・ファンがここに集い、まさにワンチームとしてワイルドナイツの城下町を形成しているのだ。
さくらオーバルフォートにある施設の具体例を紹介しよう。まずは、ラグビー練習場の目の前にそびえる宿泊施設「熊谷スポーツホテル PARK WING」だ。このホテルの主な利用者は、ワイルドナイツの試合観戦に訪れたファンのほか、ラグビーの練習合宿をする学生が想定されている。その想定が反映された部屋のラインナップはとてもユニークだ。
その最たるところは、大柄な体躯のスポーツマンでも余裕をもって入れる、大型のカプセル宿泊スペース「ボックスベッド」を117室も揃えている点だろう。一方で、青々とした芝生が茂るラグビー練習場を最上階の4階から一望でき、ダイニングキッチンや大型バルコニーまで備えた「スイートルーム」もある。
カプセル宿泊施設と、スイートルームが併設されているホテルは、国内でもあまりないのではなかろうか。少なくとも、筆者は初めて出会ったものだった。なお、一般的な「シングルルーム」「ツインルーム」も設定されている。
ホテルの目の前にあるラグビー練習場は、合宿に訪れた学生が利用するほか、ワイルドナイツの練習にも、もちろん使用されている。ワイルドナイツの練習スケジュールは常に公開されているので、そのタイミングにあわせて窓のある部屋に宿泊すれば、プロが練習する様子を上からじっくり眺められるというわけだ。
また、グラウンドの脇から、間近に見学することもできる。取材の際にも、グラウンド真横、時にはこぼれたボールが飛んでくるような位置で、練習を見学する市民の姿がみられた。
グラウンドの周囲には、ワイルドナイツのクラブハウスが入居する管理棟や屋内練習場がある。管理棟の1階は、イタリアンが楽しめるカフェレストラン「フォルテ ブル」として開放されており、一般客も利用可能。また、2階は「スポーツ×食」をテーマにしたシェアスペースになっている。
スポーツチームのクラブハウスというと、ファンは入れないようなものを想像しがちだが、ワイルドナイツのそれは、明らかに毛色が異なる。地域、ファンへの密着ぶりが、施設の作りからも感じられた。
そして、グラウンドから徒歩数十秒の場所には、熊谷ラグビー場がある。チームスタッフによれば「本拠地とスタジアムがこれほど近いチームはほかにない」とのこと。リーグワンの他チームの本拠地を見学したことはない筆者ではあるが、すぐに納得してしまうような近さである。
地域住民も気軽に通う、ワイルドナイツの名を冠した整形外科
さて、グラウンド外にも、チームに関連した施設が複数立っている。そのひとつが、グラウンドから徒歩数分圏内にある整形外科・ワイルドナイツ クリニックだ。MRIなどの検査設備を整えた同院は、スポーツ関連の治療に力を入れつつも、地域に根差した一般患者向けのクリニックとして運営されている。多くの地域住民が通院する同院の存在は、ワイルドナイツが周辺住民と一帯の存在となっていることの象徴にもなっているようにも感じた。
ファンが集まるカフェは、駅からの交通拠点としても機能する
「ワイルドナイツ カフェ」は、試合の前後にファン同士の交流ができる、オープンな雰囲気の飲食店。ワイルドナイツのイメージカラーである青を基調とした店内に、ラグビーを思わせるメニューが多く並んでいる。ビールの大ジョッキを「ワイルドサイズ」と呼称するなど、店内はワイルドナイツ一色。ワイルドナイツ カフェはスタジアムから徒歩5分程度の距離にあるので、気軽に寄れるという点もファンに喜ばれる存在だ。
ワイルドナイツ カフェには、ただの飲食店だけにとどまらない機能もある。それが、スタジアムと熊谷駅を結ぶ、交通拠点という役割だ。その正体は、電動自転車のシェアサイクルステーションである。
さくらオーバルフォートが位置する熊谷スポーツ文化公園は、熊谷駅から3kmほど離れた場所に位置している。歩くにはややしんどい距離だ。駅からはバスが運行されているものの、そのキャパシティには限りがある。実際、2019年のラグビーワールドカップでは、駅からスタジアムまでの観客導線が問題になった。そこで行われたのが、100台の自転車を観客がシェアサイクルするという実証実験だ。
実験で一定の有効性を確認できたことから、現在では、熊谷駅やスタジアム周辺などに20か所のサイクルステーションが設置されている。その拠点のひとつが、ワイルドナイツカフェというわけだ。ちなみに、熊谷市内にはサイクリングロードが整備されている道が多い。このシェアサイクルは、街の特徴を活かした試みでもある。
なお、ワイルドナイツ カフェやシェアサイクルを運営しているのは、熊谷市に本拠を置く中小企業。ワイルドナイツが、地域経済を盛り上げる存在として機能している好例だ。
ワイルドナイツGMが語る、さくらオーバルフォートの未来図
ワイルドナイツをリーグワン王座に導いた、飯島GMは言う。
「さくらオーバルフォートの一番の価値は、大きな空と天然芝。これをラグビー以外にも活かして、子どもや障がい者も、あらゆる人が自然を感じながら走り回れる場にしたいですね」
埼玉県、熊谷市、ワイルドナイツの試みはまだスタートしたばかりだが、そこを本拠に戦う選手たちは、リーグ優勝というこれ以上ない結果を残してくれた。チームの活躍は、熊谷市にさらなるラグビーフィーバーをもたらすことだろう。その中心には、さくらオーバルフォートという、堅城がそびえている。