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2023/3/20 20:30

On(オン)躍進のカギは、自前のコミュニティにあり! 共同代表が語る/大田原 透の「ランニングシューズ戦線異状なし」

ギョーカイ“猛者”大田原 透が、走って、試して、書き尽くす! ランニングシューズ戦線異状なし

2023「On」春の陣① オン・ジャパン駒田博紀共同代表に聞く、顧客の雲=「OnFriends」

 

2013年に日本に上陸した、「On(オン)」。この10年での躍進は著しく、ランニングのイベントはもちろん、街でも目にすることが圧倒的に増えている。今回、On躍進の秘密を、Onの顔とも言えるオン・ジャパン共同代表の駒田博紀さんに伺うべく、東京・原宿にあるアジア初のフラッグシップストア「On Tokyo」にお邪魔した。

↑オン・ジャパン共同代表の駒田博紀さん。自称「ゆるランナー」にして、トライアスリート、琉球空手の準師範、セミプロライター。以前、駒田さんが勤めていた商社がOnの日本総代理店になったことをきっかけに、セールスとマーケティングの担当に就任。その後、Onと商社との契約終了を契機に、日本法人の立ち上げに携わり、2022年4月よりオン・ジャパン共同代表に就任

 

ランニングを楽しくする!

「2010年にスイスで創業した当初から、Onが掲げているキーワードは“ランニングを楽しくする”です。Onは創業時から“走り始めることの素晴らしさ”や“走り続ける喜び”を、メッセージとして発信し続けていました。」(駒田さん)

 

On創業当時のランニング業界は、“走り切る”や“フィニッシュラインを○時間以内で”など、競技性を重視したメッセージをコミュニケーションの核に据えていた。こうした風潮に対してOnは、半ば意識的に、半ば無意識的に“ランニングを楽しくする”マーケット戦略に取り組んだという。

↑東京・原宿のフラッグシップストア「On Tokyo」のエントランスにて。“ギョーカイ猛者”は、商社時代の駒田さんも、もちろん知ってます!

 

「Onのマーケ戦略が他社と異なる理由は、スイスの創業者3人のパーソナリティによるところが大きいと思います。創業者のひとりはプロのトライアスリートですが、他の2人は、どちらかというとランニングが好きではありませんでした。」(駒田さん)

 

2人のうちのひとりはスノーボード選手。彼にとってのランニングは、体重を管理したり、足腰を鍛えるために“仕方なく走る”もの。もうひとりはビジネスパーソンで、走ることは、リフレッシュしたり、発想を豊かにしたりするために生活に必要なツールだったという。

 

「つまり2人は、トライアスリートのように“走る(ことで得られる勝利の)ために走る”人たちではなく、ランニングは、何か他の楽しみのための手段や言い訳だったのです。こうした“ランニング以外のことのために走る”人たちは、ランニング以外にも楽しみがないと長続きしないのです。」(駒田さん)

 

Onが着目した、ランというスポーツの新たな側面

「僕もトライアスロンをしますが、走った後のビールが旨いや、走っているのだから高カロリーな食事も大丈夫、一緒に走る仲間と食べるごはんが美味しいなど、そういった楽しみが必要です。スイスの創業者たちも、当時からそう考えていました。」(駒田さん)

 

確かに、自己ベストなどタイムを縮める“走るために走る”人は、ピラミッドの頂点のひと握りでしかない。筆者を含めた大多数の人たちは、沿道の仲間の声援に対してハイタッチで応えるとか、終わった後に競った相手を互いに讃え合うことを楽しんでいるのだ。

 

「ランニングは不思議なスポーツで、ひとりでも走れるのですが、チームスポーツの要素を加えると、もっと楽しくなります。」(駒田さん)

 

走る楽しさを前面にしたメッセージを発信し、しかもビジネスの形にするのは容易ではない。今でこそ様々なコミュニティが存在するが、10年以上前の、地域や会社のランニングクラブは、いわば“大人の部活”的な存在で、練習会をメインに互いを高めあうイメージがまだまだ強かった。

 

「ちょうど10年前、僕がOnを広める活動を日本で始めた時も、商社マンとして、短期的に結果を出すことを求められていました。当時は、楽しさを共有するためのイベント開催は、ちょっと考えにくい状況でした。こうした状況が変化した理由のひとつは、Onのグローバルが、独自のイベントフォーマットを築いたことだと思います。」(駒田さん)

↑上段の左側にあるのが「クラウドモンスター」、その奥のライトグリーンのシューズが最新の「クラウドサーファー」だ。次回から2回にわたって、この2足を実走レビューする!

 

“走る楽しさ”を分かち合う、Onの独自イベント

分かりやすい例として駒田さんが紹介してくれたのは、「スクワッドレース」という、チーム対抗イベント。5人ひと組などでチームを作って、参加者全員が一斉にスタートし、チームがゴールした平均タイムを競うという。他のレースにはないユニークさは、早くゴールしたら、コースに戻って仲間の背中を押したり、励ましても良い点。こうした“仲間とのランニングの楽しさ”を分かち合うイベントの開催をOnはグローバルで進めたという。

↑Squadには“仲間”という意味がある。Onが提案する、仲間が助け合ってゴールする、チームスポーツとしてのランニングの楽しみ方のひとつだ。(C)Koestler

 

「日本でも、『OnFriends』というSNSを通じたコミュニティが始まりました。Onのグローバルでも、他の国の例を見ないユニークな試みだと高く評価されています。#OnFriendsと検索すると、6万1000件くらいの蓄積があります。僕が使い始めたOnFriendsを、多くのOnユーザーが使ってくれるようになりました。」(駒田さん)

 

OnFriendsは、単なる顧客層の塊ではなく“ひとりひとり顔を思い出せる人たち”だと駒田さんは語る。OnFriendsを通じて、オンラインでも、オフラインでも、人々が繋がりあってきたことを、駒田さんは10年かけて、つぶさに見てきたのだ。

 

「オン・ジャパンが始まって10年の今、コミュニティのイベントが行われています。『Meet OnFriends Tour 2023』という名称で、網の目のようにつながりが濃いOnのコミュニティを、全国で走って結びます。東京から横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡まで1700㎞、今まさに走っています。」(駒田さん)

↑3月5日に始まったツアーは、福岡を目指し西走中! “一緒に走りたい”と思った方なら、誰でも大歓迎だとか。OnFriendsで検索してみよう

 

福岡を目指し、西走! Meet OnFriends Tour

Meet OnFriends Tour 2023は、東京~福岡を5つのブロックに分け、6月18日のゴールに向けて、断続的に2週間の単位で各ブロックを走るという、壮大なイベントだ。駒田さんも、オン・ジャパンの社員も走れば、「OnFriends」、そして「OnFriends」に誘われた人も走るという。

 

「コミュニティの網が濃いところは人が集まるでしょうし、薄いところでは独りで走ることになると思います。Meet OnFriends Tourは、独りでは絶対にできないし、オン・ジャパンの社員だけでも無理。“頼むから一緒に走って欲しい”とSNSで発信し続けています。無事に成功するか、何とかなるか……。うーん、分からない……。この記事を読んだ方は、ぜひ参加してください。」(駒田さん)

 

OnFriendsは、バーチャルであり、リアルでもある、まさに雲をつかむような人たちだ。駒田さんの言葉を借りれば、“クラウド(雲)だけに、水の粒が各地に散らばっていて、それに熱量が加わると、一気にふわっと雲のように拡がる”のだとか。こうした水の粒の役割を果たす、起点になるような人物が全国に何人かいて、OnFriendsは各地で三々五々、クラウド的に活動をしているという。

 

深くて濃い、最強のコミュニティ

「大阪であったマラソン大会では、“Onを履いて走る人を励ます、私設エイドを作ります!”と、ある起点役が呼びかけてくれました。僕ではなく、彼ら彼女らが自分で企画し、実行してしまうんです。OnFriendsのコミュニティでは、僕が企画するまでもなく、大会の私設エイドだけでなく、さまざまなイベントを企画し、合宿まで“起こって”います。」(駒田さん)

 

OnFriendsは、“楽しいから”という理由で自発的に動いてくれる、理想のコミュニティだという。OnFriendsのイベントは、Onの製品を身につけなくても参加OK。OnFriendsのグループラインの中には、駒田さんの参加を認めないグループラインすらあるという。その理由は“雰囲気が、公式っぽくなるから”だとか。

 

多くのブランドは、製品の販促や、顧客情報の収集を目的に、そのブランドの製品を身に着けることを条件にして、イベントやコミュニティを運営している。しかしOnFriendsは、そうした発想とは異なる、ある種の“哲学”に貫かれて運営されている。

 

「冒険心に溢れていて、失敗しても次は成功すると信じ、そうした挑戦を仲間とも楽しめる。山や海に行ったら、その環境を大事にしようと自然に行動している。そんな人っていますよね。僕は、そういう人がOnのシューズを履いていなくても、勝手にOnFriendsだと決めてしまいます(笑)。」(駒田さん)

 

こうした濃い結びつきのコミュニティは、上がらないコンバージョン率のために規模を拡大し続けるしかない“薄い結びつき”のマーケティングと対照的な存在と言える。

 

秘訣は、“何人の人と、深く交流したか”

「1回の参加人数は少なくても、一緒に走って、レースを楽しんだ人たちは、何年経ってもOnのイベントのことを憶えています。ブランドとしての効果は計り知れませんし、ビジネスとして数字も物語っています。でも、こうした結びつきを追いかけられるテクノロジーは、まだないんですよね……。」(駒田さん)

 

Onが日本上陸して10年。自らも楽しみながら、バーチャルとリアルを縦横無尽に織り込みつつ、Onの顧客と直接触れ合うことを地道に続けてきた駒田さんだからこそ、OnFriendsという稀有なコミュニティが存在している。

 

「僕は、ラッキーでした。常に数字を負うような、いち担当者レベルでは、こうした取り組みはできません。しかも、上陸当時ひとりだったOnの事業を、10年経った今、成功として振り返ることができるのです。その秘訣を強いて言えば、“何人の人と深く交流したのか”なのでしょうけれど、何をもって“深い”のかも表現できませんよね。でも、日本のOnのコミュニティが“深くて濃い”ことは事実なのです。」(駒田さん)

↑駒田さんに誘われ、筆者もMeet OnFriends Tour初日の一部を走ってきた。高校生から壮年のおっさん(私だ!)まで、OnFriendsと一緒に約7㎞。Onファンのお店の大歓迎に、駒田さんも大感動。OnFriendsは、顧客だけでなく販売店も巻き込む重層的で熱いコミュニティなのだ

 

テクノロジーの進化も、“ランを楽しむために”!

「私たちのテクノロジーであるソール形状『クラウドテック』の進化も、“どうしたら、もっと走ることを楽しんでもらえるか”の追求の連続です。着地した瞬間のふわっとした感触、その直後のボン! とカラダを押し出してくれる感じ。“雲の上の走り”と私たちが呼ぶOnのシューズの良さを、さらにアップデートし続けることがOnの進化なのです。」(駒田さん)

 

新型コロナ禍を経て、日本のランニングシーンは大きな変動期を迎えている。競技性の高い市民マラソンが消滅したり、参加料金の高騰なども重なり定員割れする大会も少なくない。駒田さんは、日本のランニングシーンの変化をどのように見ているのだろうか。最後に、質問してみた。

 

「確信できるのは、コロナ禍による3年間の分断を経て、人のつながりと、祭りが求められていることです。今、必要なのは“愛と平和と、ハイテンション”です。Meet OnFriends Tour は、まさにそのためのイベントです。Onはランニングを通じて、ハッピーな人生を送る人を増やしたいと思っています。」(駒田さん)

 

いよいよ次回から、新発売となった「クラウドサーファー(Cloudsurfer)」と最大の厚底を誇るOnの代表モデル「クラウドモンスター(Cloudmonster)」のインプレを紹介する。Onの実力や、如何に⁉

 

撮影/我妻慶一

 

 

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