西武鉄道の新型通勤電車40000系「S-TRAIN(エス-トレイン)が3月25日から走行を開始した。これまでもなにかと注目を集めてきたこの電車は、「人にやさしい、みんなと共に進む電車」とされている。はたして、これまでの通勤電車とどのように違うのだろうか。その違いに注目した。
西武鉄道は東京の都心と武蔵野地区、埼玉県西部を結ぶ路線網を持つ。1945(昭和20)年に武蔵野鉄道と旧西武鉄道が合併、現在の西武鉄道が設立された。高度成長期には沿線の人口増加にいち早く対応、私鉄初の10両編成の電車を走らせるなど、大量輸送ということを主眼に電車を造り、そして運行を行ってきた。
そんな西武鉄道の車両に変化が現れたのは、2008年に登場した30000系からである。「Smile Train 〜人にやさしく、みんなの笑顔をつくりだす車両〜」が30000系登場時のコンセプト。たまごをモチーフにした内外装のデザイン、女性社員の意見を取り入れ、利用者の視点を取り入れた通勤電車として注目を浴びた。
そんな西武鉄道の電車のイメージを大きく変えた30000系。この後継車両として3月25日から走り始めるのが40000系「S-TRAIN」だ。西武鉄道としては、ほぼ10年ぶりに導入する新型車両となる。2016年度に、10両編成の40000系2編成が造られ、運行に向けてすでに試運転が繰り返されている。
【S-TRAINの特徴その1】向きを変えて利用が可能なロング・クロス転換シート
40000系の特徴としてまず注目したいのは、シートの向きが変えられるところ。クロスシートにもなり、ロングシートにもなる。ロング・クロス転換シートとも呼ばれる座席で、このシステムを生かした「有料座席指定列車」が3月25日から運行を開始した。
平日は、所沢発の豊洲(東京メトロ有楽町線)行きが朝夕4本。豊洲発の所沢行きが夕方3本走る。さらに土休日は、飯能発の元町・中華街(横浜高速みなとみらい線)行きが朝に1本、西武秩父発の元町・中華街行きが夕方に1本。同じく土休日に元町・中華街発、西武秩父行きが朝に1本、飯能行きと所沢行きが夕方に1本ずつ運転される。
上記の列車では、座席をクロスシートの配置(車端部の座席のみはロングシートのまま)で走行する。座席指定ということもあり、平日であれば快適な通勤タイムを過ごすことができるし、土休日は観光気分がゆったり楽しめる。
ロング・クロス転換シートのメリットは、クロスシートの「有料座席指定列車」としてだけでなく、ロングシートに変更して、通常の通勤電車としても走れるところにある。終点の駅に到着して、乗務員が運転室にあるスイッチを操作するだけで座席の向きが変更でき、有料座席指定列車として、または通常の通勤電車としてすぐに折り返し運転が可能なのだ。
実はロング・クロス転換シートを備えた通勤電車が、いままでになかったわけではないーー。
こうした車両を初めて走らせたのが近畿日本鉄道。L/Cカーの名で走らせている。ほかにも、東武東上本線のTJライナーもロング・クロス転換シートを備えている。このTJライナーの場合、着席整理券を発行。有料の座席定員制電車として自社路線内を走らせている。
S-TRAINの画期的なポイントは、自社路線だけでなく、他社の路線に乗り入れ、他社の路線内でも「有料座席指定列車」として走れるところだ。土休日に運行される列車は、西武鉄道から東京メトロ、東急電鉄、横浜高速鉄道と3社の路線に乗り入れて走る。
こうした他社線へ乗り入れる有料座席の列車は、特急形電車では他に前例がある。だが、ロング・クロス転換シートとはいえ、通勤用の電車が有料座席指定列車となって複数の会社の路線に乗り入れて走るというのは初めてのことだ。
なお、S-TRAINの指定料金は平日の所沢〜豊洲間の列車の場合、510円均一(乗車券は除く)。土休日の西武秩父〜元町・中華街間の場合、300〜1060円(乗車券は除く)。指定券は西武鉄道の42の駅窓口と停車駅に設置される指定券券売機をはじめ、東京メトロ、東急電鉄、横浜高速鉄道の停車駅でも駅窓口と指定券券売機で購入できる。また、インターネットでも購入・予約が可能だ。
【S-TRAINの特徴その2】車椅子やベビーカーに配慮したパートナーゾーン
40000系を導入するにあたって、どのような車両にすべきか。車両専門チームだけでなく、社内から選抜した若手社員(女性社員を含む)を加えたプロジェクトチームが結成された。
結果として、前述した「人にやさしい、みんなと共に進む電車」をコンセプトとして新型車両が検討された。なかでも、キーワードとなったのは「やさしい」「沿線に寄り添う」「未来志向・先進性」……。そうしたキーワードが形として実った例が、10号車(池袋駅側)の先頭部分に設けられた「パートナーゾーン」である。
1番前と2番目のドアの間のスペースをまるまる使ったスペースがパートナーゾーンで、車内中央に車椅子を固定する設備や、パートーナーが軽く腰掛けられる簡易座席の“腰イス”が設けられた。また、このスペースに面した窓は、小さな子どもたちでもラクに外が見えるようにより大きなサイズになっている。
混みあっている電車はベビーカーや車椅子を使う人たちにとって、気まずい思いになりがち。そこで、10号車にパートナーゾーンという設備があると事前にわかっていれば、そこを目指して乗車すれば良い。何とも心強いスペースだ。このほかにも、ベビーカーや車椅子を利用しやすいように座席を設けないフリースペースを10両中3か所に用意している。
【S-TRAINの特徴③】一車両に2〜4台の空気清浄機が装着された
やさしさを感じさせる設備はパートナーゾーンのみに留まらない。40000系には、車両の車端部の壁に空気清浄機(プラズマクラスター)が採用されている。しかも一車両につき2〜4台もだ。混みあう車両の中は、空気がよどみ息苦しく感じることがあるもの。こうした設備は通勤客にとってうれしい配慮だ。
このほかにも、通勤電車につきものの中づり広告を排除。天井部分や乗降ドアの上にモニター (Smileビジョン)を備えた。このあたりも新時代の車両ということがいえるだろう。
また、通勤電車としては珍しいトイレが備えられていることも見逃せない。これは最長、西武秩父〜元町・中華街間にかかる2時間強という到達時間を考慮して設けられたものだ。
未来志向の通勤電車40000系 S-TRAIN。同車両のデビューに伴い、他社と協調して鉄道の新しい可能性を探ろうと歩み出した。戦後まもなく、大手私鉄会社の間で激しい競争関係にあった頃には考えられないことだ。ロング・クロス転換シートの車両は、2018年春には京王電鉄にも新型車が導入される予定。また、2017年に京阪電気鉄道の通勤電車にも、座席指定車両を取り入れられることが発表されている。
今後、こうしたやさしさや快適さを考慮した通勤用の電車は、多くの鉄道各社で取り入れられていくことになりそうだ。そんな新しい時代を彩る車両たちに今後も注目していきたい。