「ヤマハ トリシティ」は通常の2輪バイクと同じ価格帯で3輪バイクが楽しめる新感覚の乗り物。2014年9月の発売からまもなく2年を迎えるが、新しく個性的なビークルということで、まだまだ街中で見かけることは少ない印象だ。果たして同モデルは日本のバイク市場に受け入れられているのだろうか? 静岡県磐田市のヤマハ発動機本社へと赴き、開発のプロジェクトリーダーである高野和久氏に状況を聞いた。
トリシティって何? そもそもトライクとは?
――トライクの登場によって注目を集めている3輪バイクですが、そもそもトライクとヤマハ トリシティとの違いについて教えてください。
高野和久プロジェクトリーダー(以下 高野) 車両を置いた状態で25度の角度まで床を傾ける「駐車安定角」と呼ばれるテストを行い、転倒しないものは自動車と同じ扱いにされます。そのため、一般的なトライクは自動車とされ、普通免許で乗ることが可能。一方、トリシティはフロントの車輪をクルマとは違って、左右で独立させています。なので、一般的なバイクと同様に車体は自立することはできません。車輪の幅も460㎜以下に設計されているために法規上では「1輪」とみなされ、通常の2輪車と同じカテゴリになるのです。トリシティを乗るためには2輪車用の免許が必要になり、トライクとトリシティは、同じ3輪あってもまったく違うカテゴリに属するのです。
――ということはトリシティはバイクと同じ乗り物と思ってよいのでしょうか?
高野 基本的にはバイクと同じですが、ヤマハでは「第3の移動体」と考えています。フロントを2輪にした理由は、通常のバイクの楽しさと快適さを両立させた「LMWテクノロジー」がベースになっているのですが、このLMWとは「リーニング・マルチ・ホイール」の頭文字。車輪や車体全体がリーン(傾斜)して旋廻する新たな発想のモビリティということです。
いまは“買い増しユーザー”が半数近く
――私の認識ではトリシティはバイクに乗れない、または初心者用イメージがありますが、エントリーモデルではないということですか?
高野 トリシティは「バイクは運転が難しくて乗れない……」と諦めていた人たちに対して、新たな選択肢としての間口を広げる高い安定性を備えています。フロントの片輪が滑ってももう片輪がフォロー。2輪構造はフロントタイヤがロックしにくく、急な横風でも高い安定感を発揮するので、乗り手のテクニックをアシストすることは間違いありません。しかし、購入者の内訳を見ると”買い替えユーザーや、複数台所有の“買い増しユーザー”が半数近くを占めています。現在進行形でバイクに乗っているユーザーたちがトリシティの魅力を認めてくれているのは、初心者だけでなく上級者をも網羅する高い性能を秘めているからだと自負しています。
――バイク経験がある人たちに認められる性能とは、どんなものなのでしょうか?
高野 トリシティの前輪は左右(のフロントフォーク)がそれぞれ独立した形状になっています。それは高い安定性を発揮するだけでなく、路面の追従性のアップにもつながっているのです。通常の1輪ではなく2輪にすることで路面への接地面積が増え、コーナリング時の安定感やグリップ力が向上。初心者には快適で安定感を与えますが、上級者にはスポーティな走りが楽しめる“懐の深さ”が大きな魅力なのだと思います。
――“上級者も納得させられるスポーティさ”といえば、高野さんはMotoGPでヴァレンティーノ・ロッシ選手のマシンを開発していたとお聞きしたのですが、そのノウハウがLMWテクノロジーに反映されているのでしょうか?
高野 トリシティとレーシングマシンとはまったく別ものですが、フロントを2輪にしたことでタイヤを積極的に使える“裏ワザ”があることは確かです(笑)。通常2輪車の場合にはコーナーの手前でブレーキングを完了させてから進入するのですが、トリシティは4輪車(クルマ)のようにフロントのブレーキをかけながらコーナーに進入することも可能。ブレーキを上手に使ってコーナリングを楽しむという意味では、ロッシ選手のようにタイヤをコントロールして走るのと共通点があるかもしれません。
――さきほどの話に戻りますが、トリシティはフロントタイヤが片輪ずつ独立しているんですよね? 一体、どのような仕組になっているのでしょうか? バイクが好きな人でも車軸でつながっているように勘違いしている人もいるとか。
高野 そのお話はよく耳にします。トライクの後輪のように車軸で固定してしまうと、コーナリング時に外側のタイヤが浮いてしまい、十分なロードホールディングを発揮することはできません。トリシティのLMWテクノロジーを簡単に説明すると、天地が開いた箱を横向きに置き、それを左右に潰してみると分りやすいかもしれません。側壁が左右の車輪とサスペンション、上壁が車体と前輪部分をつなぐ機構、下壁が路面になるのです。左右で独立したテレスコピックサスペンションと、それを支持するパラレルリンクによって、左右のタイヤはそれぞれが路面の凹凸に反応し、イン側/アウト側のサスペンションが伸縮することで、外側のタイヤが浮いてしまうことなく路面に追随するのです。
――そのメカニズムが一般のユーザーに理解してもらえれば、トリシティの凄さが伝わると思うのですが、メーカーとしては何かアクションを起しているのですか?
高野 ヤマハとしてこの思いを伝えたいと努力をしているのですが、なかなか浸透してくれないのは歯がゆいですね。昨年のモーターショーではプロトタイプとして大排気量の「MWT-9」を発表したり、トリシティ125にABSを装備したモデルを追加するなど、積極的な活動を続けています。また、トリシティは世界30か国以上で販売しているのですが、主要各国におけるユーザーからの声を聞き取り、フィードバックしたニューモデルをリリースする予定です。
世界を見据えた+35ccのニューモデルを9月から順次販売
――トリシティ155がニューモデルとしてリリースされると発表済みですが、どんなモデルになるのでしょうか?
高野 まだ詳しい情報を公開できないのですが、新型モデルは、ユーザーから頂いた賛否の声を反映させたモデルとして大きな進化を遂げています。今年の9月から欧州を皮切りに世界各国で販売する予定となり、日本国内では年内の発売を目指しています。
――125と155では大きな違いを感じないのですが、なぜ155なのでしょうか?
高野 トリシティの需要は日本国内だけでなく、フランスやイタリアでも大きな人気を博しています。その中にはモアパワーを望む声もあり155ccという選択肢をプラスしたということです。また、日本国内でも高速道路だけでなく、大きなバイパスでも125cc以上ではないと通行できない場所も多く、コンパクトで機動力を重視した155ccモデルをラインナップに加えました。トリシティ155は高速道路の走行が可能になり、より行動範囲が広がるメリットもあるのです。また、新型のトリシティ155は走りと経済性を両立したブルーコアエンジンや新設計のフレームを採用し、確実に進化を遂げています。
――今後の展開としては、排気量のバリエーションは増えて行くのでしょうか?
高野 ユーザーからの声が高まれば、もちろん可能性はあります。東京モーターショーで展示したMWT-9も排気量のバリエーションを考慮したプロトタイプであり「コーナリングの達人」をコンセプトに製作したスポーツモビリティですから、新たな方向性を目指しているのは確かです。また、トリシティは路面への追従性が高く、オフロードでも優れた運動性能を発揮することも将来的な広がりを見せるかもしれません。
「楽しさ」の提供を続けることがマーケット拡大につながっていく
――LMWが描く未来図とはどのようなものなのでしょうか?
高野 日本国内のバイク市場はリターンライダーに支えられているといわれますが、弊社のYZF-R25などは29歳以下の若い世代が約半数を占めています。
メーカーが楽しさを味わえるモデルを提供すること、新たなるセグメントを構築することでバイク市場は活性化するはずです。LMWはスタートしたばかりですが、トリシティが新たなるモビリティとして認知されることで、新たなるマーケットが確立できると信じています。また、電子デバイスによる安全性のサポートやスマートフォンとの連動による先進性など、未来のモビリティとして無限の可能性を秘めているのです。そして、LMWテクノロジーが描く究極の目標として掲げているのは「ころばないバイク」であり、その実現は容易ではありません。しかし、難しい挑戦だからこそ”やりがい”があり、夢に向かって一歩でも近づくことが私たちのヤマハに課せられた仕事なのです。
【取材を終えて】
発売から2年経てのトリシティの現在地は、バイクマニアがその新しさを消化中真っただ中! といった印象だ。今後モデルが拡充して使用できるシーンが増えることでより効率よく消化が進んで、ふだんバイクに乗らない人、バイクの運転が苦手な人にも波及していくといった流れになるはずだ。進化と認知度はまだ少し時間がかかりそうだが、確実に前に進んでいることを実感した取材だった。
【URL】
LMWテクノロジー紹介サイト http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/lmw/mezakoro/