乗り物
2015/10/21 8:00

マツダデザインの新境地「魂銅器」はアーティストと職人の融合で生まれた

 

 

マツダは「伝統工芸」と「クルマ」という視点から、日本ならではの「モノ作りの完成度や美意識」を世界にアピールしていくことに積極的です。今年のミラノ・サローネ国際家具見本市で公開された「魂銅器」は、無形文化財 鎚起銅器 玉川堂とコラボ。同社の「魂動デザイン」を新しい形で世に示しました。

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魂動デザインの思想を鎚起銅器で表現したという「魂銅器」。一枚の平らな銅から叩いて縮めて製作されています。今年のミラノ・サローネ国際家具見本市で公開されました。

 

 

「無形文化財とのコラボで判明! マツダデザイン 躍進の原動力」の記事では、クルマメーカーであるマツダと、伝統工芸である玉川堂の意外な共通点に触れました。今回の記事では「魂銅器」を実際に作った玉川堂の職人・渡部充則さんにインタビュー。すると、「魂動デザイン関係者はアーティストたれ」を掲げるマツダとは、一線を画する意見を聞くことができました。

 

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玉川堂は創業1816年で、まもなく200年を迎える老舗。金「鎚」で、打ち「起」こしながら、器を作り上げていく「鎚起」銅器で有名な金属加工業者です。本拠地は金属加工産地として有名な燕市にあり、「新潟県無形文化財」の指定を受けています。

 

 

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渡部充則さん。広島県出身。玉川堂職人で魂銅器を製作。繊細でありながら奔放なフォルムを1枚の銅で表現。卓越した技術と造形へのこだわりを披露した。

 

 

「造形美ではなく“用の美”を追求したい」

渡部「私は鍛金師なので、実際のところは、アーティストという意識を持ったことはありません。美術学校でデザインを勉強したわけでもありませんし、何より玉川堂に入社したのも職人になりたかったからです。『モノ作り』という点では、眺めて愉しむのではなく実際に人が使う物を自分の手で生み出したかった。ですが、機能美という言葉があることからも明らかなように、研ぎ澄まされた道具は独特の美しさを宿すものです。美意識という意味でいえば、私は造形美ではなく“用の美”を追求する立場といえるかもしれませんね」

 

――では、“用の美”を具現化する鍛金師に必要なものとは何なのでしょうか?

 

渡部「“叩く”という意味で、物理的な力が必要なのは当然です。しかし、金属は作り手の想い、というかある種の物理以外のエネルギーをぶつけないと狙った通りには曲がってくれません。そもそも、1打1打金属を打つことによって生じる歪みなどの変化を正確にコントロールすることは至難の技なんです。そういう意味で、長年の経験と馴れは大きな要素といえるでしょう。そして、いちばん重要なのはベースメントの技術力。単純な作業に見えるかもしれませんが、職人として身につけなければならない必須の技術は山のようにあるんです。ですから普段の仕事とは別に技術を磨くための鍛金や、マツダの魂動デザインに関わる人でいえば、オブジェなどの創作に相当することも数を重ねています」

 

――渡部さんは「魂銅器」を制作するにあたっても職人の立場を貫いていますが、造形物として狙った部分はありますか?

 

渡部「魂銅器の仕事に関わるようになったのは3年ほど前からですが、基本的にはマツダさんのコンセプトに対して鍛金師として可能なことを提案するかたちで、最終的な造形を決めていきました。完成までの制作期間はのべ200時間ほど。造形物としては、ライトアップした際に陰影が印象に残るような紋様を狙っています。完成図というか、実際のカタチになるまでの工程はすべて頭の中で整理済みでしたから、ことさらに苦労した点はないのですが、ラインが合わさる部分は計算通りに仕上がるよう心がけていましたね」

 

――そもそもの質問ですが、クルマはお好きですか?

 

渡部「はい。自分が目指す方向は“用の美”ですが、個人的には造形美にも関心はあります。私は広島出身なこともあり、3代目RX-7(FD3S)などはデザイン的に大好きでした。外国車なら昔のアルファ ロメオ ジュリエッタや初代MINIとかも。こうしたクルマは、いずれも人が直接手で作り上げたと思わせる造形です。鍛金でいえば、叩くことで初めて生まれるようなデリケートな丸みが魅力的ですよね。私は“用の美”を追究する立場ですが、魂銅器に関わったことで最近は純粋な造形美、例えるなら“目で触る”世界にも俄然興味が湧いているんですよ」

 

 

昨今、「モノ作り」について語られる場面で、「職人」という言葉はともすると「アーティスト」と同義に使われることがあります(自戒を込めて)。取材して分かったのは、「職人は職人、アーティストはアーティストであること」。しかし、この差異を理解し、積極的に交わり、互いに刺激を与える活動を行っていることが、近年のマツダデザインの強さなのかもしれません。