日本ではあまりうまくいっていないEV(電気自動車)の普及。しかし北米の雄・テスラは、日本以外での鮮やかすぎる販売的成功をもとに、日本にトドメとなる1台を展開させてきた。人気モデルである「モデル Y」の航続距離を強化したバージョンは、日本の市場にどれだけ食い込めるだろうか?
■今回紹介するクルマ
テスラ モデル Y
※試乗グレード:デュアルモーターロングレンジAWD
価格:652万6000円
「加速は必要ないが、長い距離を走りたい」人に最適な選択肢
テスラと言えば世界一のEVメーカー。そのテスラのなかで現在一番売れているモデルが、SUVの「モデル Y」だ。
SUVと言っても、最低地上高が特に高いわけではなく、セダンタイプのモデル 3の全高をこんもりと上げ、そのぶん室内を広くしたモデルだと考えればいい。そもそもセダンの販売は世界的に絶不調。そんななかでモデル 3は健闘していたが、モデル Yの生産が本格化したことで、そちらに主役の座を譲ったわけだ。
日本で販売されるモデル Yには、従来2つのグレードがあった。ベーシックなRWD(563万円)と、デュアルモーターAWDパフォーマンス(727万円)だ。WLTCモードの航続距離は、RWDが507km、パフォーマンスが595km。パフォーマンスのウリはスーパーカー以上のバカ加速だが、一般ユーザーには性能過剰だった。
そこに今回、中間的存在の「デュアルモーターAWDロングレンジ」が加わった。価格は652万円とちょうど両車の中間で、航続距離は605km。パフォーマンスより価格が75万円安いので、「バカ加速は必要ないが、安心して長い距離を走りたい」というユーザーには、最適な選択となる。今回は、発売間もないこのクルマに試乗した。
バッテリーマネジメントが優れた、EV界のエリート
モデル Yロングレンジに限らないが、テスラのEVには、ドアに鍵穴もタッチセンサーもない。キーを登録したスマホを持つオーナーが近づくだけで、自動的にドアロックが解除される。
運転席に乗り込んでも、ボタンがほとんどない。電源ONのボタンすらない。これまた、キーを登録したスマホを持ったオーナーが乗り込むだけで、自動的に電源が入るのだ。ステアリング右に生えたレバーを下げるとDレンジに入り、発進が可能になる。
この、ほとんどボタンがない操作系には、中高年は大抵ビビッてしまう。不安で不安でたまらなくなる。でも、慣れれば気にならなくなる。初めてのスマホのようなものだ。
ステアリング右のシフトレバーと左のウィンカー以外のあらゆる操作は、中央のディスプレイで行なうことになる。運転中のタッチ操作は結構難儀でイライラするが、声で操作することも可能だ。音声認識はスマホ並みに優秀なので、ナビの設定やエアコンの温度変更は、声で操作するのが吉。
いよいよ走り出そう。充電100%で電源ON、エアコンもONの状態で、ディスプレイに表示される航続距離は525kmだった。WLTCモードの605kmよりは短いが、公称の87%に当たる。通常EVの実際の航続距離がWLTCモードの7掛け程度なのに比べると、かなり長い。さすがテスラだ。
テスラは、バッテリーのマネジメントが非常に優れている。つまり充放電の制御が上手なので、同じバッテリー容量でも、より長い距離を走れて、バッテリーの寿命も長い。最初に表示される「525km」という数字からも、それがうかがえる。さすがEV界のエリートである。
サスペンションがしなやかで、乗り心地は快適
走り始めると、まさにEVそのもの。音もなくスムーズに加速する。驚いたのは、新車の割にサスペンションがしなやかだったことだ。ボディも猛烈にしっかりしているので、乗り心地は素晴らしい。
以前乗ったモデル 3は、サスペンションがハードすぎて乗り心地は最悪レベルだったが、今回のモデル Yは雲泥の差だった。もともとテスラ車は新車時のサスのあたりが固い傾向があったが、改良されたらしい。
市街地で気になるのは幅の広さだ。全長は4760mmなのでちょうどいいが、全幅は1925mmもあり、取り回しには多少気を遣う。
そのぶん室内は広い。セダンのモデル 3と比べると、全高は180mm高く、全長も65mm長いのだから当然だ。パノラミック・ガラスルーフが標準装備なので、開放感もある。ラゲージ容量は、リアシートの後ろ側で854L。これで足りない人はまずいないと思うが、リアシートの背もたれを倒すと、2041Lという巨大な空間になる。フロントのボンネット下にも117Lの容量のトランクがある。実用性は十分だ。
駆動用モーターは、前後に1基ずつ搭載。詳細な出力は非公開だ。モデル Yパフォーマンスに比べると加速は控え目だが、それでも十分すぎるほど速い。
ライバルに対して優位に立つ航続距離の長さ
テスラ車の美点は、速度を上げてもあまりバッテリーを食わない(電費がいい)点にある。新東名の120km/h制限区間を120km/hでブッ飛ばしても、100km/hのときとあまり電費が変わらないのだ。空気抵抗は1.4倍に増加しているはずなのに、不思議で仕方がない。EVは速度を上げると急激にバッテリーを食うものだが、なぜかテスラはその割合が小さい。これも優れたバッテリーマネジメントの賜物だろうか? テスラは技術的な情報をほとんど公表しないので謎だが、そう考えるしかない。
東京から240km先の浜松SAで折り返し、富士川まで合計340km走った段階で、バッテリーにはまだ34%電力が残っていた。つまり、100%使い切れば500km走れた計算だ。残り20%まででも、約400km走れることになる。さすがロングレンジ。ここまで航続距離の長いEVは、この価格帯にはほかに存在しない。ライバルに対して、2~3割は優位に立っている。
富士川のテスラスーパーチャージャー(テスラ専用の急速充電スポット)の250kW器で30分間充電したところ、87%まで回復した。推定充電量は40kW。平均充電速度は80kWhだ。最大50kWがスタンダードのチャデモ(CHAdeMO)の急速充電器よりはるかに速い。しかもテスラスーパーチャージャーは、一か所のスポットに4~6器の充電器が並んでいるから、充電待ちもまずない。
テスラスーパーチャージャーは、現在国内70余か所、300器強が整備されている。なにしろテスラ専用なので、気分は貴族。この充電速度で、この利便性。EVは「テスラか、それ以外か」で、天と地の差があると認めざるを得ない。
SPEC【ロングレンジ AWD】●全長×全幅×全高:4760×1925×1625mm●車両重量:1980kg●パワーユニット:デュアルモーター●最大出力:250kW●最高時速:217km/h●航続距離:605km
【フォトギャラリー】(画像をタップすると閲覧できます)
撮影/池之平昌信