現在、イギリスでは都市封鎖が段階的に緩和されつつあります。しかし、子どもたちは1日1回の屋外での運動を目的とする外出以外は基本的に自宅で過ごしているため、運動不足やストレスが懸念されています。そんななか、たくさんの子どもたちが、あるYouTube動画にハマりました。それが「PE with Joe(ジョーと一緒に体育)」。どんな内容なのでしょうか?
PE with Joeは、イギリス人の誰もが不安を抱えていたロックダウン初日から、33歳の人気フィットネスインストラクターのジョー・ウィックスが生配信しています。PE(Physical Educationの略)は体育のことで、幼児や小学生でも自宅で気軽に行えるエクササイズとして平日の週5日間、午前9時から30分間ライブ配信。子どもたちにとって、ジョーはいわば「オンライン体育教師」といえるでしょう。
そんな彼が子どもたちに大ヒット。初日のアーカイブ動画再生回数は660万回に達しました。翌日3月24日の生配信は95万5185人が同時視聴し、「フィットネス・ワークアウトのYouTube生配信最多視聴者数」としてギネス世界記録に認定されたのです。ジョーのYouTube公式チャンネル「The Body Coach TV(ザ・ボディコーチテレビ)」登録者数は5月初旬で236万人以上と、大人気になっています。
家族で楽しむ「朝活」
この爆発的な人気の要因としては、大人向けダイエットをジョーがサポートする大手民放局番組「The Body Coach」への出演や、ベストセラーとなった15分でできるヘルシー料理のレシピ本「Lean in 15(15分で引き締まる)」の出版など、すでに彼が高い知名度を得ていたことが挙げられます。さらにロックダウンと同時に、おこもり生活をサポートするためにいち早く生配信を開始した行動が、SNSやメディアで注目を集めたのだと考えられます。
自宅のリビングルームから届けられるほぼ予算ゼロに等しい手作り動画にもかかわらず、継続的な人気となっている理由はほかにもあります。
まずは、平日の同じ時間に配信していることが子どもたちの毎朝の日課として定着し、盛り上がりにつながったといえるでしょう。これは日本の小学生たちが夏休みに行うラジオ体操に似ています。バラエティに富んだ運動メニューや、ラジオ体操とは異なりますが、BGMを流さずにかけ声だけでテンポよく喋り続けるジョー独自のスタイルも話題を呼ぶことになりました。
イギリス人が大好きな「仮装デー」を毎週金曜日に設けたり、時にはジョーの家族も登場したりという遊び心も、話題づくりに貢献していると思われます。自分と娘が衣装を身につけて戦いごっこをするなど、親しみやすく子どもが飽きないような工夫も人気の大きな理由といえるでしょう。
ちなみに、ジョーが着ているピタッとしたスポーツウェアや、背景に映っている自宅リビングルームのインテリアなどもSNSの話題になるほどで、毎朝子どもと一緒に番組を心待ちにしている保護者も多いそうです
このようにPE with Joeは、単なる運動習慣としてだけでなく、長期化する学校閉鎖により不規則になりがちな子どもの生活リズムを整えてくれています。また、家族一緒に楽しめる手軽な平日の“朝活”として、ストレス解消や心身ケアにも一役買っているようです。
慈善活動もする国民的ヒーロー
そんなジョーの爆発的な人気にテレビ局も注目。BBCとチャンネル4の2局から「PE with Joe」の番組放送打診が舞い込みました。しかし、ジョーはその魅力的な依頼をキッパリと断っていたことが4月半ばに判明。テレビ局の枠にとらわれず、世界中の子どもたちにエクササイズを届けたいという思いからの決断だったそうです。
さらに特筆すべきは、ジョーがYouTube動画によって得た 9万1000ポンド(約1216万円)にものぼる広告収入などの利益を、イギリスの国民医療機関NHSへ寄付したことです。このニュースはイギリス国内だけでなく、アメリカのメディアでも大きく取り上げられました。
マスクや医療用防護服などの深刻な品不足で英国政府の責任が問われているなか、国民の間では医療従事者に対する感謝が大きく広がっています。イギリス人はもともと慈善活動に熱心なこともあって、ジョーがNHSに贈ったこの「善意」は人々の心に深く響いたようです。
ジョーはロックダウン前からフィットネスインストラクターやタレントとして活躍し、エクササイズと健康に関する活動をいろいろ行ってきました。すでに多くのファンを獲得していましたが、コロナ禍における社会貢献によってその知名度と影響力はますます高まり、いまではイギリスの国民的ヒーローのような存在になったといえます。
日本とイギリスにはこの時期8時間の時差があるため生配信は日本時間の夕方になりますが、アーカイブ動画には公式チャンネルからいつでもアクセスできます。日本の皆さんも本場イギリス英語の勉強を兼ねつつ、リモートワークによる運動不足解消や子どもとのコミュニケーション手段としてPE with Joを試してみるとよいかもしれません。
執筆/ハモンド綾子