日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回はタイからです。新型コロナウイルスが経済にも大きな影響を与えている状況のなか、日本企業が進出し東南アジアの一大製造拠点となっているタイで始まりつつある危機下における事業継続のリスクを最小化する試みとは…。
JICAは、タイで2011年に発生した洪水被害の教訓を活かし、「地域全体で取り組む事業継続マネジメント」に向けた研究を産学連携で進めてきました。民間企業だけでは対応しきれない産業集積地の地域的防災対応への研究から得られた知見が今、コロナ後を見据えたサプライチェーンの新しい形にヒントを与えています
新型コロナでタイ国内のサプライチェーンが寸断
タイは、多くの日本企業が進出し、1980年代以降に石油化学や自動車関連産業の産業集積が進んできました。タイ国内に部品の製造から組み立て、販売までをひとつの連続した供給連鎖のシステムとして捉えるサプライチェーンが構築されており、メコン経済回廊の中心拠点として工業団地の整備が進んでいます。
しかし、新型コロナウイルス対策のため各国で都市封鎖や外出制限が広がると各企業とも生産や物流の活動を見直さざるを得なくなります。特に今年2月の中国の生産活動停止はタイをはじめとしたASEAN各国に大きな影響を及ぼしました。
JICAタイ事務所の大塚高弘職員はその影響について、「タイでも非常事態宣言が発出され、県境をまたぐ移動制限や外出自粛要請が行われたことから、人の行き来は大幅に減りました。日本企業を含む多くの製造業が立地するタイでも工場の稼働を停止させざるを得なくなるなど大きな影響が出ました」と話します。
産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かす
今回の新型コロナウイルス感染拡大という危機下において、2018年からタイで実施してきた災害時における産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かすプロジェクトが開始されました。
タイでは、2011年に発生した水害を教訓に、工業団地を取り巻く地域コミュニティの災害リスクを可視化して、企業、自治体、住民が地域としてのレジリエンス(しなやかな復元力)を強化して、災害を乗り越えていくための研究をしています。
研究の日本側代表者である渡辺研司氏(名古屋工業大学大学院教授)は、現在実施しているプロジェクト成果の活用について、次のように述べます。
「プロジェクトで設計していく枠組みは、迫りくるリスクに対しての対応を地方自治体・住民・企業やその従業員などといった地域内の利害関係者が情報を共有し、意思決定を行い、対応行動を調整するプラットフォームとなることを目指しており、今回のコロナ禍に対しても活用可能と考えています」
サプライチェーン再編に備え、ウェビナーで知識を共有
これからに向け、グローバル・サプライチェーンの弱点を見直す手がかりとして、JICAタイ事務所は4月末、「新型コロナウイルスによる製造業グローバル・サプライチェーンへの影響と展望」と題したウェビナー(オンラインwebセミナー)を開催しました。JETRO(日本貿易振興機構)バンコク事務所の協力を得て、タイ政府の新型コロナウイルス感染症に対応した具体的な経済支援政策を紹介するとともに、渡辺研司教授による今後の課題を見据える講演を実施しました。
セミナーにおいて渡辺教授は、今回の災害を「社会経済の機能不全の世界的連鎖を伴う事案」と捉えた上で、「コロナウイルスの終息は、『根絶』ではなく『共存』。長期戦を想定したリスクマネジメントが必要となる」との展望を示しました。そして、「今までにない柔軟な発想を持って、転換期を見逃さないことが必要」とし、今後のレジリエンス強化の重要性を強調します。
さらに、「災害や事件・事故による被害を防ぎきることは不可能。真っ向からぶつかるのではなく、方向を変えてでもしぶとく立ち上がることが基本となる。通常時から柔軟性をもって対応しこれを日々積み上げることや、いざという時に躊躇なき転換を行う意思決定を行うことのできる体制を持つことこそが、転禍為福を実現するレジリエンスだ」と結びました。
ウェビナーには、在タイ日本企業の担当者を中心に240人が参加し、うち約6割は製造業およびサプライチェーンを支える企業からでした。
JICAタイ事務所の大塚職員は、「ウェビナーは渡航・外出制限下でも機動的に開催できるため、今回は企画構想から18日間で実施することができました。タイの感染拡大が収まりつつある一方、今後の見通しや計画策定に必要な情報が不足しているタイミングで、タイムリーに開催することができました」とオンラインイベントの手応えを語りました。
長年積み上げてきた日本とタイとの信頼関係をベースとして、精度の高い現地情報や研究の知見を多くの関係者と共有できる場が、実際の課題解決に貢献する。そんな国際協力の現場がここにあります。
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