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2021/11/17 17:00

“音楽と国際協力の意外な相関関係”とは? 最前線で活動を続ける斉藤ノヴさん・夏木マリさんと語り合います

「音楽」と「国際協力」って実は意外な共通点があるんです。音楽には、言葉や文化の壁を越えて人と人の距離を縮め、理解を深め、結びつける力があります。音楽は、国境を越えてお互いを支え合う「国際協力」にも大きく作用しているのです。

そんな「音楽」の持つ力を活かして、エチオピアなどで途上国の子どもたちへの支援を続けている斉藤ノヴさん、夏木マリさんと、「国際協力」に携わりながら、音楽を愛して止まない独立行政法人国際協力機構(JICA)の二人が、“音楽×国際協力”の深~い関係を、一緒に紐解きます!

写真右/(C)HIRO KIMURA

 

<この方にお話をうかがいました!>

写真/(C)HIRO KIMURA

斉藤ノヴ(さいとう・のぶ)さん
パーカッショニスト。1967年に京都から上京し、浜口庫之助「リズム・ミュージック・カレッジ」でリズム・レッスンを受ける。1970年に下田逸郎氏と「シモンサイ」を結成し『霧が深いよ』でレコードデビューを果たした。スタジオミュージシャンとしても大きな活躍を見せ、サディスティックス、松任谷由実氏、サザンオールスターズなど日本を代表するミュージシャンの作品に参加する。2011年、夏木マリ氏との結婚を発表した。現在、音楽活動と並行して、夏木氏と共に、途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の運営を務める。

 


夏木マリ(なつき・まり)さん
歌手、俳優、演出家。1973年、歌手デビューを果たす。1980年代からは演劇にも幅を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。1993年からはコンセプチュアルアートシアター「印象派」のすべてのクリエイションを務める。2009年からパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)を主宰。2014年からは毎年秋に京都の世界文化遺産 清水寺でパフォーマンス『PLAY×PRAY』を文化奉納している(後述)。

 


小田亜紀子(おだ・あきこ)さん
JICA筑波次長。1990年代の前半に南米アルゼンチンに赴任して以来、2006年から3年半、中米ホンジュラス、2013年から約2年半、カリブ地域のドミニカ共和国と中南米カリブ地域に駐在。駐在しているなかでアルゼンチンタンゴ、ボレロ、フラメンコ、メレンゲなどに触れ、ラテン系の音楽に興味を持つ。以後、現在に至るまで、フラメンコの踊りと歌を続けている。

 


坂口幸太(さかぐち・こうた)さん
JICA中南米部 中米・カリブ課 課長。外国語学部ポルトガル語卒で2006年から5年の期間JICAブラジル事務所に駐在。自作曲を中心にしたバンド歴は約30年に及び、ボーカル、ギター、ベース、ドラムなどを担当。JICAでの「定時にカエラナイト」というイベントやTICAD(アフリカ開発会議)広報企画「Bon for Africa」の立ち上げメンバー。

 

ナイフやお皿が楽器に!? 「特別な準備」は一切要らない、生活のなかの音楽

音楽は世界共通のエンタテイメント。その音色一つで自然と人と人との距離を近づける不思議な力があります。そんな力は、地域の文化や価値観に寄り添い、共感を深めることが根底にある「国際協力」にもいい作用を生み出している?? まずは4人に共通してゆかりのある中米・カリブ地域のラテン音楽のお話から、音楽の力の不思議を探ります。ラテン音楽には、パーカッションが必要不可欠。斉藤さんとパーカッションの出会いから聞いてみましょう。

斉藤ノヴさん(以下、斉藤):パーカッションとの出会いは、歌に挑戦するため17歳で東京に出た後のことでした。上京して、作曲家の浜口庫之助先生が主宰するミュージックスクールに入ったんですけど、「お前、歌はだめだな……」って言われちゃいまして(笑)。そんな時、スクールに置かれたパーカッションに目が留まったんです。浜口先生はブラジルの文化に造詣が深く、コンガやボンゴをスクールに置いてありました。試しに叩いてみると、1つの楽器からいろいろな音が出てくる。その音で、季節感とか、温かみとか、寒さが表現できることに気づいたんです。それがおもしろくて、パーカッションに興味を持ち始めました。

小田亜紀子さん(以下、小田):そのときパーカッションを叩いたことが、すべての始まりだったんですね。

斉藤:そうです。ある夜、浜口先生がスクールに連れてきた「トリオ・パゴン」というブラジルの3人組が演奏会をしてくれることになりました。一人はパンデイーロ(皮付きタンバリンの打楽器)を持っていたけれど、ほかの2人は何も持ってない。するとその2人は、キッチンからフライパンとスプーン、洋皿とナイフを持ってきて演奏を始めたんです。

「コンチキコンチキコンチキコンチキ……」

彼らは、波打った洋皿の縁をナイフで擦ったり、フライパンとフローリングの床をスプーンで打ったりしながら音を出してリズムを作っていきます。それを見た時、「なんでも楽器になるんだ!」って、強烈なカルチャーショックを受けたんです。

小田:素敵な演奏会ですね! 私は、カリブ地域のイスパニョーラ島が発祥の音楽が好きで、よく聴いてはいたのですが、実際にイスパニョーラ島に行って驚きました。現地の人たちにとって、音楽や踊りは“挨拶”。イベントを開催するときは、かしこまった挨拶から始めるのではなく、まずはみんなで踊って「さあ始めよう!」と雰囲気を盛り上げるんです。音楽や踊りが特別なものではく、“生活の一部”だというのが印象的でした。

↑JICAのイベントでドミニカ共和国の国旗カラーの衣装をまとい踊りを楽しむ女性たち

 

ラテン音楽の魅力と、音の先に見えてくる生活と文化

斉藤:ラテン音楽といえば、ぼくは過去に、ラルフ・マクドナルドというパーカッショニストと対談しました。彼はカリブのトリニダード・トバゴ共和国(以下、トリニダード・トバゴ)の血をひいていて、同国発祥の「ソカ」(ソウルとカリプソが混ざった)というリズムでニューヨークのミュージックシーンに新しい風を送り込んだ人物なんです。

マリさんとトリニダード・トバゴへ行ったとき、現地の「ソカ」のリズムに感動しました。その彼が亡くなったので「ソカ」のリズムを継承しようと、曲の中に取り入れたりして、新しいラテン音楽のリズムになればと演奏し続けているんです。

↑「パーカッションは、叩くことで子どもから大人までみんなが楽しい時間を共有できる。それは世界共通です」と、斉藤さんはパーカッションの魅力を話してくれました

夏木マリさん(以下、夏木):実は私たちがトリニダード・トバゴに行ったとき、カーニバルの真っ最中だったんですよ。

斉藤:空港に降り立ったら、もうみんな踊ってたよね!

夏木:ホテルでは踊りながらチェックインしたりして(笑)。みんながカーニバルを楽しんでました。私は、トリニダード・トバゴで初めて本物のスチールパン(スチールドラム)に出会ったんです。全部手作りで、音楽を奏でて、大勢でパレードする。すごい迫力でしたよ。

↑トリニダード・トバゴで現地のミュージシャンと演奏を楽しむ斉藤さん
↑トリニダード・トバゴのカーニバルは世界三大カーニバルのひとつとして知られ、街中が熱気に包まれます

 

坂口幸太さん(以下、坂口):私は、JICAの仕事で5年間、南米のブラジルに駐在していたのですが、実はそのとき、リオのカーニバルに出演したんです。

斉藤・夏木:それはすごい……!!

坂口:夜の10時に始まって朝の5時に終わる、大興奮の2日間でした。ブラジルで感じたのは、音楽から派生する踊りが国のナショナリティを高めていることです。ひとりひとりが音楽のある暮らしを大切にし、その結果、生活に音楽や踊りが根付いているのが中南米やカリブ地域に共通する点ではないでしょうか。

↑ブラジリアの坂口さんの自宅にて。人が集まれば毎回セッション
↑海外で体験したエピソードの話では、それぞれが当時の情景や気持ちを思い出し、終始盛り上がりました

 

大切なのは、未来を担う「子どもたちの可能性にアプローチ」すること

坂口:音楽が生活に根付いていて、媒体として人とのつながりが密になる関係性って、国際協力に似ているんですね。私たちが担当する中米・カリブ地域は、素晴らしい音楽や踊り文化を生み出していますが、一方で深刻な社会課題も抱えています。現地には大きな経済格差が存在し、教育を受けられない子どもたち多く、また教育の質にも問題があります。その改善に向けて私たちは、中米地域で算数教育改善のための事業を30年にわたり行ってきています。

斉藤さんと夏木さんが、エチオピアの子どもたちの教育と、女性達の雇用環境整備を支援する「One of Loveプロジェクト」を始めたのには、どのようなきっかけがあったのですか。

↑エルサルバドルで実施しているJICAの算数教育のプロジェクトでは、算数の教科書を開発しています。写真は小学校での教科書授与式の日の様子。教科書を手に涙を浮かべて喜ぶ生徒もいました

 

夏木:私は、もともと個人で途上国のチャイルドスポンサーをしていました。いつか子どもたちに会いに行きたいなと思っていたら、ノヴさんが「ぼくの楽器と君の歌で子どもたちに音楽を届ける旅をしてみようよ」って誘ってくれたんです。

旅先のエチオピアでは、貧困により学校へ行けずに働く子どもたち、教育を受けることもなく、子どもの頃から働き続けてきた女性たちに出会いました。それは、日本で暮らし当たり前のように学校教育を受けてきた私にとって、途上国の現実と向き合う衝撃的な出会いだったんです。

帰国後、ノヴさんや友人たちと話し合い、「One of Loveプロジェクト」を立ち上げました。日本でオリジナルのバラ「マリルージュ」の生産と販売を開始。バラの収益の一部とGIGの収益で、エチオピアの貧困にあえぐ子どもと女性たちを対象とした支援活動をしています。

活動開始直後の2010年、さっそく子どもたちにパソコンや文房具を寄付しました。その翌年、日本では東日本大震災が起きます。すると、エチオピアの子どもたちがパソコンを使って、「今年はぼくたちへの支援はいらないから、日本のみなさんを支援してください」というメッセージを送ってきてくれたんです。1年前は字の書けなかった子どもたちが、大きな成長を遂げたことを実感できて、すごくうれしかった。

↑斉藤さんと夏木さんが楽器を持って旅に出たのは2008年。「エチオピアで1個の愛を見つけた」という意味で「One of Love」と名づけたそうです

 

小田:子どもたちの可能性にアプローチし、その成果まで感じられる素晴らしいお話ですね。

私は、中米のホンジュラスにいたとき、貧困地域の女性の起業を支援するプロジェクトに携わっていました。ホンジュラスの地方の貧困地域では、女性は教育を受けず家庭を守ることが当たり前で、とても遠慮がちです。私たちのような外国人と普通に話したりすることも怖い、といった様子でした。でも、プロジェクトに関わり、自分でお金を稼ぐという経験を積んだ女性は自信をつけて行動的になり、表情まで輝いていくのが印象的でした。

↑ホンジュラス・貧困地域の女性たちがペーパークラフトを製作する様子を見学。小田さんは写真中央
↑ホンジュラス・誇りと喜びにあふれた表情で堂々と写真に納まる貧困地域の女性たち

夏木:よく分かります。私もエチオピアで小田さんと同じ体験をしました。

エチオピアでは、貧困家庭の女性の多くがバラ園で働いています。彼女たちと話してみると、バラは“ただの農作物”という認識で、嗜好品として出荷されていることを知りませんでした。私が、バラが人の心を潤わしたり、慰めたりしてくれる素晴らしい花であることを伝えると、彼女たちの表情が明るく変化していったんです。

私は彼女たちに、誇りを持って仕事をしてもらいたい。バラを育てることが、みんなを幸せにする仕事であることをこれからも伝えていきます。

小田:女性たちが誇りを取り戻す瞬間を目の当たりにしたエピソードですね。

↑エチオピアのバラ園で働く女性達は子どもの頃に教育を受けられなかったため、字が読めません。仕分け作業をする際は、長さの異なるバラの絵が描かれた壁に収穫したバラを当てて長さを測ります

 

アートのチカラが新しい「行動」の原動力になる

夏木:「One of Loveプロジェクト」の一環として、11月28日に京都の清水寺で舞踏奉納『PLAY×PRAY』を行う予定です。このパフォーマンスを通して「One of Loveプロジェクト」を知り、途上国の現状に触れるきっかけにしていただければと考えています。

↑『PLAY×PRAY』は、夏木さんとパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)の舞踊と、清水寺・執事補 森清顕師の声明とのコラボレーションによる文化奉納

 

坂口:JICAでも、アートを媒介した国際協力ができると考えています。それはアートには「伝える力」「共感を呼び起こす力」があるからです。たとえば、いろいろなアーティストを開発現場にお招きして、技術移転の方法や、広報の仕方にアーティスト独自の視点・思考でアドバイスをしていただく。さらに、アーティストの皆さんが現地の情報や体験を日本に持ち帰り、発信することでより多くの人が国際協力に関心を持つ。そんな循環が生み出せればと。2019年に横浜で開催されたTICAD7(第7回アフリカ開発会議)の際に立ち上げたBon for Africaというイベントはまさにその好事例でした。そして次のTICAD8 (2022年8月チュニジアで開催予定)においてもこのような共感を呼び起こせるイベントができないかと考えているところです。

「BON for AFRICA」特設サイト
http://bon-africa.org/

日本舞踊を通した日本とアフリカの異文化交流の音楽映像作品「BON for AFRICA」
https://youtu.be/3r4P1S8i1yM

 

夏木:おもしろいアイデアですね! 「One of Loveプロジェクト」は、2年前に千駄ヶ谷小学校とエチオピアの小学校で生徒同士の絵の交換をしてもらうという取り組みをしました。絵のテーマは「お友達」。エチオピアの子ども達は色鉛筆を持っていないから、私たちが寄付した鉛筆で真っ黒な絵を描くんです。「お友達」というテーマに対して、牛を描いてくる子もいました。千駄ヶ谷小学校の校長先生は、生徒達が絵の交換を通して、その国の環境や習慣、価値観の違いを知る機会になったと喜んでくださいました。

↑右側下段がエチオピアの小学生の作品。「One of Loveプロジェクト」は、絵を通じた子どもたちの国際交流をサポート
↑絵に描かれたモチーフから、お互いの国の文化や生活の様子をうかがい知ることができます
↑夏木さんが千駄ヶ谷小学校を訪問。「今後も日本の子ども達が途上国の様子を知る機会になるような活動を続けていきたい」と話してくれました

小田:絵の交換の話はとても興味深いです。感性の違いにお互い驚いたでしょうね! 子どもの頃にそういった経験をすると、視野が広がっていくのではないでしょうか。私が今いる日本国内のJICAのオフィスでも、学校の生徒さんに来てもらい、海外協力隊の体験や開発途上国のことに触れてもらう機会をご提供しています。

坂口:音楽や踊り、美術などのアートを入り口にして国際協力に関心を持ってくださる方はたくさんいると思います。その入り口の灯りが消えないように、私たちも火を灯し続けていければいけません。

斉藤:ぼくはマリさんと一緒に海外を旅して、音楽や踊りでみんなが笑顔で時間を共有する体験をしました。そんなふうに、笑顔でみんなの日常や将来が充実していくよう、「One of Loveプロジェクト」を続けるのがぼくたちの宿命かな。

夏木:海外の支援をしていると、「日本も自然災害で毎年のように被害を受けているのに、どうして海外の支援を?」というご意見をいただくことがあります。でも、たとえば、自然災害の原因の一つには地球温暖化という課題があります。地球温暖化は、一国だけではなく世界中の国々が共に取り組むことで初めて改善できるもの。自分たちが大変な時こそ、問題の本質に目を向けて地球規模で考える視点を持てればいいですよね。

小田:お二人のお話から、なにか一つでも行動を起こして、動き続けることの大切さを感じました。
今日はありがとうございました。いつかぜひ、私たちの現場にも来てください!

↑斉藤さん・夏木さんのお話から多くの学びが得られました

 

■11月28日に夏木マリさんの京都・清水寺での舞台奉納をYouTubeにて配信!

「『One of Loveプロジェクト』の活動に対して賛同いただき、京都の清水寺で開催している舞踏奉納の『PLAY×PRAY』は、今年で8年目になります。アーティストたちの力を借りて、多くの人たちに『私たちは動いている』ということをお伝えしたいです」(夏木さん)

NATSUKI MARI FESTIVAL in KYOTO 2021『PLAY × PRAY』第八夜
■日時:2021年11月28日(日)20:45配信開始(21:00より奉納パフォーマンス)
■配信: 夏木マリ公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/c/marinatsukiofficialchannel