雑貨・日用品
2019/8/10 11:00

知っておきたい最新のキーワード「社会派化粧品」って何だ?

ここ数年、都市部から地方に移り住む人が増え、都市圏に住む20代の4人に1人が地方移住に強い興味があると答えています(平成29年度国土交通白書より)。また、移住はしなくても、ふるさと納税を通して故郷以外の地域ともかかわりを持ったり、ご当地キャラクターやB級グルメの流行があったりと、地方への関心は高まりつつあるようです。

そんななか、全国各地で製造されている“地方発信のコスメ”は、地方創生の一端を担い、いま少しずつ注目を集めはじめています。そのコスメに「社会派化粧品」と名づけ取材してきたジャーナリストの萩原健太郎さんに、地方発コスメの魅力と、地方が抱える社会問題について聞きました。

写真提供:地域法人 無茶々園
写真提供:地域法人 無茶々園

 

その地域ならではのものづくり

萩原さんが『社会派化粧品』という本を出版したのは、2019年5月のこと。北海道から沖縄まで17社のコスメメーカーを取材し、各メーカーのブランドヒストリーをまとめました。

 

その土地の特産品や有機栽培のもの、環境に配慮した素材などを厳選して作り、社会貢献につながっている化粧品を、“社会派化粧品”と名づけました。作り手の思いが詰まった、顔が見えるコスメは、エンドユーザーのことを考えるだけでなく、地方が抱える社会問題にも立ち向かうソーシャルプロダクツといえます」(ジャーナリスト・萩原健太郎さん、以下同)


「社会派化粧品 social cosmetics」
萩原健太郎/キラジェンヌ

 

地域ごとの問題は社会全体が抱える問題につながっている

社会派化粧品の魅力は、国産であることや素材のよさはもちろんのこと、いま日本が抱えている社会問題への意識を持てることです。

 

「いずれの場合も、もともと化粧品工場やメーカーがあったわけではありません。移住者の手によって、あるいは農家の後継者やその土地に住んでいた人たちが、農業のあり方や人口減少といったその地域が抱える課題や、福祉や障がい者雇用などについて危機感を感じて立ち上げたプロジェクトです。そして実は、その土地それぞれの問題のように見えますが、それは社会全体の問題でもあります。

 

今回の書籍や、それぞれメーカーのホームページでも、そのブランドが生まれるまでにどのようなことがあったのか、どんなふうにして生産されるようになったのか紹介しているので、まずは知っていただきたいです。知れば、ただ商品を買うだけでなく、買うことで社会問題に取り組める、意味のある買い物になる。“社会派化粧品”には、そういう人と人とのつながりを感じられる魅力があります」

 

さまざまな社会派化粧品

それでは実際に、萩原さんが取材した社会派化粧品をつくるコスメメーカーが、どのようなストーリーではじまったのか、4社の例を見ていきましょう。

 

1.【愛媛県西予市】有機栽培の「無茶々園」発のブランド

無農薬食品に関心のある人には聞き馴染みのある、みかん農家の無茶々園は、40年前、愛媛県西予市の農家で育った後継者3人が立ち上げた有機栽培ブランドです。柑橘を使ったジュースやジャムなどの加工品を製造しながらふと、捨ててしまう柑橘の皮で何かつくれないか考えたところから、化粧品の開発がはじまります。

 

「エッセンシャルオイルの製造からはじまり、今では基礎化粧品のほかにバスソルトやハンドクリーム、バームなどもあり、都心の雑貨店でもよく見かけるようになりました。環境に配慮し、石油由来の添加物を使わないことや、きれいな黄色と男の子のイラストが目をひくパッケージデザインで、瞬く間に人気となりました」

みかんの果皮を活用したエッセンシャルオイル
↑柑橘の果皮を活用したエッセンシャルオイル

 

有機農業は手間がかかり、効率化を図ることが難しいため、新しい雇用をつくったり福祉事業を広げたりする余力を生むのには難しさがあります。

 

「そのぶん、加工品やコスメなどの商品で事業を拡大し、地域の活性化につながるような企業努力を重ねた結果、県外からの移住者も増えたそうです。現在yaetocoを担当する岩下さんも県外からの移住者ですから、雇用場所をつくることが、地方の企業にとって重要な役割であることがわかります」

yaetoco http://yaetoco.jp/

 

続いて紹介するのは、北海道の“林業の町”で生まれた社会派化粧品など、3ブランドです。

 

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2.【北海道上川郡下川町】林業の町からできたプロダクツ

23区とほぼ同じ面積の下川町はその9割が森林という環境で、かつては農林業や鉱山の町として栄えていた下川町。林業の衰退や鉱山の閉山とともに人口が減り、過疎化という問題を抱えた町は、さまざまな取り組みを試みました。それまで使われていなかった森林資源を活用するために、トドマツの枝葉を使ってアロマテラピー用のエッセンシャルオイルの製造も、その取り組みのひとつです。

 

「はじめは森林組合の職員が製品を完成させ、そこからかたちを変えながらも、地元下川町の森林から採取した資源を自社で蒸留し、精油や芳香蒸留水を作っています。森で暮らすというライフスタイルの発信を大切にしているブランドで、どんな人でも使えるようにと、ソープやハンドクリームなどのコスメや、アロマ雑貨を中心にラインナップを増やしています」

↑トドマツの枝葉を使ったエッセンシャルオイル

 

現在スタッフ全員が移住者というNALUQのメンバーはユニークです。「代表を務める田邊さんは、北海道大学在学中に森林に関心を持ったことがきっかけで、移住をしてきた方です。ほかにも、旅行中に商品を見たことがきっかけで移住した方や、下川町と東京に拠点を持ちながら製造から営業まで携わっている方もいらっしゃいます。下川町全体を見ても、移住者は増加しているといいます。移住者がいる地域は新しい移住者がそのコミュニティに入りやすく、いい循環を生んでいるのだと思います」

NALUQ https://fupunomori.net/

 

3.【新潟県阿賀野市】みんなでつくる障がい者就労支援事業所の製品

大学時代に知的障がいのある子どもたちと過ごした経験から、障がい者就労支援事業所で働きはじめた代表の本多さん。どんな人も一緒に働いてかかわり合える場所づくりをしたいと、企業の下請け業務だけでなく、福祉施設でのものづくりに着手しはじめました。

 

「工場運営やブランディングなどはバックアップを受けながら、木工作業で出た地元の越後杉のおがくずを使ったリネンウォーターができあがりました。現在は、事業所の自主生産品として製造されています。“しょうがいしゃだっていろいろできる”を合言葉に、障がいのある方々も楽しく暮らせるよう働ける場をつくることは、ボーダーレスな社会への一歩となるでしょう」

↑天然杉のリネンウォーター

 

これからの社会では、障がいの有無や国籍の違いなど、人との違いを受け入れていくことが求められています。「本多さんは、障がいの種類や程度、成育環境が違う一人ひとりがしっかりやりがいを持って働けるようにと、作業所の運営に努めていらっしゃいます。こういう場が増えていくことで、障がい者を取り巻く社会問題を大きく解決できることにもつながります

sorashi-do http://aopoco.com/sorashi-do.html

 

4.【佐賀県唐津市】生まれ故郷の活性化に貢献

佐賀県最北端の島、加唐島には希少価値の高い天然のヤブツバキが自生しています。そのツバキから採れる椿油で、地域の活力となる看板商品を開発しようと、唐津市出身のデザイナーである松尾聡子さんがはじめたプロジェクト。

 

「島の人口の60%以上が高齢者で、ツバキの収穫は難しいと地元住民に反対されていたそうです。しかし、熱意が伝わって協力を得られるようになり、島民とともに椿油を抽出。何度も試作を重ねて完成したのが、加熱せずじっくり熟成させた洗顔石鹸TSUBAKI SAVONです。椿油を35%(種子およそ90個分)も配合した無添加石鹸は、商品のよさはもちろんのこと、地域を元気にする力にもつながっています」

↑自生のツバキから採った椿油の洗顔石鹸

 

TSUBAKI SAVONには、地元の方々の地域愛がたくさん詰まっています。「地方にいくと、地元の方が“なにもない街だから”とおっしゃることが多いのですが、近すぎて見えていないケースも多いのです。ツバキはまさにそういうあまりにも身近な存在のものでした。“デザインの持つ力で地域の魅力を掘り起こし、町と人を豊かにしたい”と松尾さんがおっしゃるように、こうしてその場所を象徴する植物や名産が、新たな雇用やコミュニケーションの輪をつくり出すことが、これからの社会にもっと必要になっていくでしょう」

TSUBAKI SAVON http://www.birds-planning.com/tsubakisavon/

 

 

地域でいきいきと働く姿

萩原さんがこの本で伝えたいことは、社会問題を解決するプロダクツであること以外にもうひとつ、重要なことがあるといいます。

 

「取材を通して見えたのは、“社会派化粧品”の開発に乗り出した方々が、移住や転職、そのほかさまざまなアクションを自ら起こした姿でした。彼らは何かに疑問を感じて、それを自分の問題として考え、解決できる方法を模索して今があります。どの方もいきいきと仕事に邁進し、やりがいを感じて生きている姿は勇気を与え、今の自分を見つめ直す手がかりにもなります」

写真提供:バーズ・プランニング

 

働き方を考えるきっかけづくりに

これからの人生の長さを考えたとき、今の働き方があとどのくらいできるか、あるいは今の仕事を続けたいかどうか、考えたことはあるでしょうか?

 

「地方取材をしていると、地元の伝統工芸を引き継ごうと学ぶ人や、移住してまさにその土地を開拓しようとしている人などに出会うことが多くあります。少し視野を広げれば、どんな人にも活躍の場があり、楽しい仕事を見つけることができるんです。社会派化粧品を通してさまざまな生き方があると知ることで、働き方を考えたり、やりたいことや好きなことを見つけたりできるといいですよね」

 

社会に貢献するだけでなく、自分の日々の生活や生き方を考えられるコスメは、オンラインショップや都心の雑貨店でも購入できます。しかし萩原さんは「ピンと来たら現地に行って、その土地の空気を感じて買うのもおすすめです」と話します。そうして知らなかった地域や人とのつながりを持つことが、なにか新しいことを生みだす一歩になるかもしれません。

 

【プロフィール】

ジャーナリスト/萩原 健太郎さん

ジャーナリスト。日本文藝家協会会員。デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆を中心に活動。近著に、『社会派化粧品』(キラジェンヌ)、『フィンランドを知るためのキーワード A to Z』(ネコ・パブリッシング)、『ストーリーのある50の名作照明案内』(スペースシャワーネットワーク)などがある。8月には、『北欧の絶景を旅する アイスランド』(ネコ・パブリッシング)を出版予定。

 

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