スポーツ
2017/5/5 18:00

「名選手、名監督にあらず」を覆したあるスキルとは? サントリーサンゴリアス・沢木敬介監督インタビュー【前編】

「名選手、名監督にあらず」。プレーヤーで成功した選手は必ずしも指導者として大成するとは限らない、という意味だ。どんなスポーツにおいてもよく使われる言葉でファンの間で酒の肴になる常套句だが、そこに明確な裏付けがあるわけではなく、名選手が指導者としても成功したケースももちろん少なくない。

 

昨季のジャパンラグビー トップリーグ(※1)(以下:トップリーグ)で優勝、その直後の日本選手権(※2)でも優勝し、シーズン2冠を達成したサントリーサンゴリアス。日本のラグビーを牽引するトップチームを率いているのが、かつてサントリーの司令塔として活躍し、日本代表に選出された経験も持つ沢木敬介監督だ。

※1)国内16の企業チームが優勝を争う社会人リーグ
※2)大学王者とトップリーグ上位チームによるトーナメント
↑日本選手権で優勝し、歓喜するサントリーのフィフティーンと沢木敬介監督(右端)。監督就任1年目で2冠を達成した
↑日本選手権で優勝し、歓喜するサントリーのフィフティーンと沢木敬介監督(右端)。監督就任1年目で2冠を達成した

 

秋田県出身の42歳。一昨年、トップリーグ開幕後にチーム最低の9位と低迷した名門を、わずか1シーズンで王座へと返り咲かせた。2015年のラグビーワールドカップでは名将エディー・ジョーンズ(現イングランド代表ヘッドコーチ)のもと、日本代表のコーチングコーディネーターとして手腕を発揮。それまでにも、サントリーやU20日本代表でヘッドコーチを務めるなどコーチングキャリアを重ね、着実に結果を残してきた。サントリーの監督就任からまだ1年余りだが、全勝による2冠達成は「名将」と呼ぶにふさわしい実績だろう。

 

選手としては日本代表、指導者としても日本一。「名選手、名監督にあらず」を覆した沢木にその両方で成功することができた要因を聞く。それが当初想定していた本稿のテーマだった。しかし……

 

「プレーヤーとして成功したという感覚はまったくないですね(笑)」(沢木監督)

 

と、いきなり否定されてしまったのだ。

 

現役時代に磨いたコミュニケーションの「スキル」がいまもなお活きている

「たしかに日本代表にはなりましたけど、いま考えると“もっとできたな”という思いがあります。それは期間の長さではなく(31歳で引退)、もっといろいろなことに取り組んでおけばよかった、そうすればもっといい選手になれていたかもしれない、という意味ですね。いまでもそう思うことがあります」(沢木監督)

↑ラグビー日本代表として7試合に出場。アタックではもちろん、持ち味の強烈なタックルでも屈強な相手を苦しめた
↑ラグビー日本代表として7試合に出場。アタックではもちろん、持ち味の強烈なタックルでも屈強な相手を苦しめた

 

日本代表7キャップ(※3)のスタンドオフ(※4)兼センター(※5)。大畑大介、箕内拓郎といった同世代のスター選手とともに戦い、研鑽した。判断力に長けたバックスの司令塔だったが、183センチ80キロとサイズは決して大きくはなく、それをカバーするための工夫が必要だった。そこで沢木は考えた。

※3)テストマッチ(代表戦)試合出場数
※4)バックスのポジション。ゲームをコントロールするチームの扇の要
※5)バックスのポジション。インサイドセンターは主にスタンドオフからのパスを受け、アタックを組み立てる役割を担う

 

「足が特別速かったわけではないですし、フィジカル面でも特別アドバンテージがあったわけでもないので、いろいろな試合やスティーブン・ラーカム(元オーストラリア代表。現ブランビーズ ヘッドコーチ)のプレーを何度も見て考えました。ボールをキャッチする位置であったり、相手のディフェンスに対してのアライメント(立ち位置)の取り方であったり、パスするタイミングやスピードなどを見ながら参考にしましたね」(沢木監督)

 

同じポジションの世界のトップ選手がどのようなプレーをしているか何度も見ては学び、考え抜いた。それがサントリー、日本代表での活躍につながったわけだが、沢木の強みは他にもあった。

 

「自分の強みはタックルとコミュニケーションにあったのではないかと思います。タックルもスキル(技術)ですが、コミュニケーションも実はスキルなんです。一番大事なスキルだと言ってもいいでしょう。人それぞれに合ったコミュニケーションの取り方があり、それを実践していたことが大きかった。監督という立場になったいまでももちろん、グラウンド内外で常にコミュニケーションを取っています」(沢木監督)

↑沢木が目指しているのは世界基準のラグビー。ピッチでの指導にも熱が入る
↑沢木が目指しているのは世界基準のラグビー。ピッチでの指導にも熱が入る

 

コミュニケーション、つまり他の選手との意思疎通という「スキル」こそが武器。沢木はそう自負していた。そして監督となった現在も、選手とのコミュニケーションにおいて現役当時の経験が活きている。それが「名選手」から「名監督」へと引き継がれた大きな要素のひとつなのだろう。

 

また、社業に勤しみながらラグビーにも全力で取り組む社員選手が多いサントリーの風土を踏まえ、沢木はこうも語った。

 

「僕が現役のときに感じたのは、“仕事をしっかりできない人間がラグビーをしっかりできるはずがない”ということです。そして、プランニングと柔軟性の大事さも学びました。何事も日々状況が変わるので、立てたプランニングに固執し過ぎず柔軟性をもって取り組む。そして柔軟性を持てるだけの多様なスキルを身に付ける。現在のサントリーには決してブレてはいけない『アグレッシブ・アタッキングラグビー』という軸があるのですが、その軸をブレさせずに柔軟性を持ってやってきた。それが結果につながったと考えています」(沢木監督)

 

現役当時、社員選手として仕事にラグビーにと常に一線で働き、ビジネスとラグビーに通ずる部分を見出した沢木。この発見は現在のチームマネジメントにも大いに活きている。

 

<後編につづく>

 

写真撮影/齋藤龍太郎(楕円銀河)

現役時代プレー写真撮影/長尾亜紀