日本で最初のワインブームが到来したのは、高度経済成長期の終盤である1970年代初頭。その後、’70年代後半には1000円前後の低価格ワインが次々と発売され、’80年代後半からはボジョレー・ヌーヴォー解禁が年中行事となり、’90年代には赤ワインの健康効果が話題に。そして2012年頃からは第7次ワインブームと呼ばれ、自然派ワインや国産ワインが注目を集めました。
そんな日本のワイン市場で、いま話題となっているのが“都市型ワイナリー”。ワイナリーといえば、山梨や長野などの広大な敷地にぶどう畑や醸造施設を擁する大規模なものをイメージしがちですが、ここ数年の間に、東京や大阪などの都市部でワインづくりに励む小規模なワイナリーが増えているのです。
今回は、そんな都市型ワイナリーのひとつ、2016年8月にオープンした門前仲町の「深川ワイナリー東京」を訪れ、ワインづくりへの思いから東京のワイナリー事情まで、お話を伺いました。
ワインづくりを気軽に体験
深川ワイナリー東京への入り口はふたつ。ワインをつくる現場である醸造所には建物正面から、建物の右手奥から入るとテイスティング・ラボがあります。正面入り口から入った醸造所内はひんやりと涼しく、コンパクトな空間に、低温発酵のためのタンク5基と熟成に使われる木樽5つのほか、原料となるブドウや瓶詰めされて出荷を待つワインなどが、所狭しと置かれていました。
毎年9月頃から仕込み時期に入る日本のワイナリー。取材に訪れた日も、醸造所内ではブドウから茎を取り除く除梗(じょこう)作業が行われていました。額に汗して、除梗に使う機械のハンドルを握るのは、醸造部長の上野浩輔さんとふたりの若い女性。
実はこの女性たち、「ワインづくりを体験したい」とやってきたボランティアとのこと。これが深川ワイナリー東京のワインづくりの、特徴のひとつでもあるのです。
「僕たちが東京にワイナリーを構えたのは、東京は国内外からいろいろなものが集まるところだから。例えば山梨のワイナリーは、山形のシャルドネでワインはつくらないでしょう。でも、東京ならできる。山形県産シャルドネでも山梨県産甲州でも、オーストラリア産シラーでも、東京らしいワインがつくれるはず。いろいろな個性をもった美味しいものがある、それが東京らしさだと思うんです。
それに、ワイナリーが都市部にあれば、たくさんの方に気軽に来ていただけます。うちのワインづくりのほとんどの工程が手作業なのも、訪れた方に参加していただきたいからなんです。この前も、お孫さんを連れたおばあちゃんがいらしてくださって。そんな風に、子どもからお年寄りまで、さまざまな方が訪れてくださるのは、うちが“街の中”にあるからこそではないでしょうか」(深川ワイナリー東京 醸造部長・上野浩輔さん)
醸造所でワインづくりに参加することはもちろん、深川ワイナリー東京ではぶどう収穫ツアーやワインセミナーなども開催。「モノづくりだけではなく、コトづくりのためのワイン」をテーマに、ワインが身近に感じられるさまざまな企画を提案しているのです。
TOKYOの新たなブランドとして
深川ワイナリー東京でつくられるワインは、年間3万本弱。そのボトルには手作業でラベルが貼られます。ラベルに記されているのは、ワイナリーのキャラクターである「ワインマン」と、ブドウ品種、産地など。そして、もっとも目を引くのは「TOKYO」という文字と数字4桁の仕込み年です。
3年後に開催される「TOKYO2020」、すなわち東京オリンピックを意識したラベルデザイン。東京でワインづくりが行われており、“東京ワイン”は東京が誇るブランドのひとつであると、海外からの旅行者でも分かるようにしっかりとアピールしているのです。
「僕らがワイナリーを始めたのは、都内で3軒目。ことし4軒目として浅草に新しく始められた方がいらっしゃいますし、さらにいま準備中の方もいると聞いています。
日本酒づくりは水や8割、米が2割と言われていて、水がきれいな場所じゃないと難しいとされています。でもワインづくりは、いいブドウと設備さえあれば、どこでもできる。これからも東京のワイナリーが増えていって、いつかは原料を共有したり情報を交換しあったりできたらいいなぁ、なんて思っています」(上野さん)
日本人にしかつくれないワインを
深川ワイナリー東京が目指すのは、国内産であっても海外産であっても、そのぶどう品種ごとの個性を際立たせたワイン。東京のワイナリーだから東京近郊のぶどうにこだわるのではなく、世界各国の料理が楽しめる東京だからこそ、料理に合わせてワインの個性を選べるように、多種多様なワインを発信していきたいのだそう。
「例えば、同じオーストラリア産のメルローを使ったとしても、オーストラリア人がつくったワインと、日本人の僕がつくったワインとは違うはず。国が違えば、食の好みも違います。僕のワインは、自然と日本人好みの味わいになっているんだと思います。
今後は、自分が見たことも触ったこともないようなブドウ品種でワインづくりに挑戦したい。ワインの仕込みは一年に1度しかないのだから、毎年新しいものにチャレンジしていきたいです。あとは、料理とワインのペアリングをもっと追求したいですね」(上野さん)
実は、ことし9月にテイスティング・ラボの奥に、会員制レストラン「ワインマンズテーブル」がオープンしたばかり。イタリアンのコースとともに、料理に合わせたワインがいただけます。毎週火曜には、系列店の「九吾郎ワインテーブル」の料理長による寿司会席とともにワインが楽しめるとのことです。
さらに盛り上がる“東京ワイン”
もう一軒、東京から世界に向けて日本のワインづくりを発信しているワイナリーをご紹介しましょう。「フジマル醸造所」は“ワインを日常にする”をモットーとして、2013年に大阪市、2015年には東京の清澄白河にワイナリーを構えました。醸造所の2階にはピエモンテ出身のイタリア人シェフが腕をふるうイタリアンレストランがあり、食材の良さが際立つ料理を、ワインとともにじっくりと味わえます。
このフジマル醸造所では、ワインの醸造過程において“濾過”も“清澄(せいちょう)”も行いません。そこには、ブドウそのものの個性を味わってほしい、という意図があるのです。
「私たちのワイナリーでは、農家さんが育て上げたブドウの個性をできるだけ活かすため、添加物も品質を守る最低限しか使いません。そのため、アルコール度数がとても低いワインや色の薄い赤ワインなどもありますが、それも個性として捉えて楽しんでいただけたら。
気軽に訪ねることができる東京のワイナリーだからこそ、ワインをもっと身近に感じていただけるように工夫していきたいです。また、ワインの向こう側には畑があり、農家さんの努力があることを伝えたい。そういったところに面白さや親しみを感じて、国産ワインを飲む方が増えたらいいなと思います」(清澄白河フジマル醸造所 醸造部長・木水晶子さん)
これからも増加傾向にある“東京ワイン”。思い立った時に気軽に立ち寄って、テイスティングしながらワインを買って帰ったり、ワインづくりに参加してみたり、料理とワインの思わぬペアリングを発見したり、とその魅力はさらに大きくふくらんでいくはず。都市型ワイナリーの存在は、ワインと私たちの距離をグッと縮めてくれそうです。
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Winery
深川ワイナリー東京
住所:東京都江東区古石場1-4-10 高畠ビル1F
電話番号:03-5809-8058
営業時間:10:00〜22:00(月火10:00〜18:00)
定休日:不定休
清澄白河フジマル醸造所
住所:東京都江東区三好2-5-3
電話番号:03-3641-7115
営業時間:レストラン17:00〜21:30LO(土日祝のみランチ11:30〜14:00LO)
テイスティングルーム13:00〜21:30LO
定休日:月曜(祝日の場合は営業、翌火曜休み)
取材・文=吉田 桂 撮影=真名子
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