2017年は、日本初の民間のワイン製造会社が生まれた1877年、つまり日本ワインはじまりの年から140年。この記念すべき年に、ワインにまつわる話題を集めた連載をスタートします。注目のワイナリーを訪ねたり、盛り上がっているジャンルにフォーカスしたり、知っておきたいマナーをまとめたりと、シーズンやトレンドに合わせ、さまざまな角度からワインが醸す奥深さに迫ります。
初回は、いま話題を集めている地方のワイナリーを訪ねました。ところは富山県氷見市。立山連峰を望む小高い丘の上にひっそりと佇むワイナリー、「SAYS FARM(セイズファーム)」です。
ミニマリズムを究めたワイナリー
車で向かう道中、山道で時折現れる看板もさりげなく、果たして到着しても、ここで間違いないのだろうかと心配になってしまうほど。今回訪れたセイズファームは、木々の合間に溶け込むように存在しています。
このワイナリーを構成するのは、ブドウ畑と醸造所、ヤギ小屋とニワトリ小屋、野菜ガーデン、宿とレストラン、そして海。
コンパクトで整然としていて、シンプルで美しくて。シンプルと同義の単語には、「ミニマム」と「ミニマル」の2種類がありますが、ミニマムは“最低限”とか“最低値”を指す一方、ミニマルは限りなく少ないものの“必要充分”であることを指す言葉。
セイズファームはまさに、ミニマルなワイナリーです。
「この土地が育むもの」という思いでスタート
2007年から開墾、2008年に植樹が行われ、初めてワインが造られた“ファーストヴィンテージ”は2009年。現在所有するブドウ畑は、全部で3.5ヘクタールに及びます。
栽培しているブドウ品種は、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、メルローをはじめとする主要な8種類。セイズファームのワインはすべて、この3.5ヘクタールの自社畑で収穫されたこれらのブドウから造られており、契約農家から買いつけたブドウを原料とするワインはありません。この土地の個性を反映したブドウ栽培を、自社の徹底した管理の下で行っているのです。
ブドウの樹はすべて垣根仕立てで、約1.5メートル間隔に植えられています。一般的に、高密度の方がブドウの品質を高めると言われ、1.5メートルは決して狭くはありません。それでもこの幅をキープするのは、土地柄湿度が高いため、風通しを良くすることで病害を防げるという理由に加え、富山湾からの潮風をしっかり感じてブドウが育ってくれるような環境を作りたい、という思いから。風を遮らないよう、草をこまめに刈ることにも努めています。
結果、化学農薬などの使用はほとんどなく、ほぼ有機栽培に近い畑に仕上がりました。教科書どおりのロジックだけでなく、10年にわたってこの土地の“声”を聞き、辿り着いた結果ともいえます。
醸造家の横顔、思いに触れる
「ただ放っておいても、良いブドウにはなりません。やっぱり手をかけてあげて、その土地に合うようなやり方を良いタイミングでその時々やっていくことが、すごく大事なことだと思っています」と話すのは、栽培・醸造責任者の田向 俊さん。落ち着いた声のトーンと静かに語られるパッション。“造り手の人柄をワインの味わいに感じる”とはよく言われますが、この造り手ご本人からも、ミニマルな空気感が漂っているようです。
畑作業を担当する社員は、田向さんを入れて3名。午前中には、地元の人たちが6人前後手伝いに来て加わってくれるとか。3.5ヘクタールの管理としては、充分すぎるほどの人員。収穫の時には、ガーデンスタッフ、レストランスタッフ、さらにグループ会社社員たちまで総勢20〜30人前後で作業をするといいます。
「僕たちは、ブドウを良い熟度まで持って行く、ということをとても大切にしています。もっと少人数でも運営は可能ですが、栽培過程の『今ここ!』というタイミングを逃さないためにも、必要な人員の投入は惜しみません」(田向さん)
日本ワインに注目が集まる今、国内にいても、造り手の横顔や思いに触れながらワインを楽しむことができるようになり、それが飲んだワインに対して品質以上の感動や愛着を覚えるきっかけになる。飲むだけでなく、醸造家に会いに行くというのも、新しいワインの楽しみ方のひとつでしょう。
ブドウにとって何がミニマルに最適かを追求する
「澱はワインをフレッシュに、とても良い状態に保ってくれるもの。ですから僕らは、発酵が終わったあとも澱をそのままにして沈降を待つ“シュール・リー”という製法をすべてのワインで取り入れています。そのため、澱とワインをより多く接触させられる小型のステンレスタンクを使っているんです。こういった道具も、アロマティックなブドウならそのアロマをしっかりと表現できるもの、とそれぞれの特性に合わせて選び、使用しています」(田向さん)
現在は、フレッシュな味わいを表現するために小型のタンクを使用していますが、今後生産量が増えてくれば、熟成を視野に入れたワイン作りに適した大きな樽も必要になるかもしれない、とも。年を重ねるごとにブドウの声を聞きながら、醸造所の風景も変わっていきそうです。
氷見を「立ち寄る場所」から「滞在する場所」へ
氷見と言えば寒ブリ。そのほかにも新鮮な魚料理が豊富な土地ですが、ゆっくり滞在して見学するような観光スポットは多くありません。
「美味しいものを食べに立ち寄るだけでなく、この土地にゆっくり滞在して、氷見を好きになってもらいたいんです。そのためにレストランと宿を併設しています」(田向さん)
レストランのメニューには、目の前の野菜ガーデンで採れた、新鮮で彩り豊かな食材がふんだんに使われています。コーケコッコー! とブドウ畑の横で元気に鳴いているニワトリたちが産んだ卵も、お皿の上に並びます。ワインだけでなく、「この土地の育むもの」を大切に、そしてシンプルに表現しているのです。
「氷見の食材に合わせたワイン造りをしているのですか?」という問いに、醸造家である田向さんらしい回答が返ってきました。
「実はワインの味わいを氷見の食材に合うように、という意識はあまりもっていません。なぜなら氷見では、今までワインがないなかで、すでに素晴らしい食文化が発展してきたから。新鮮な魚があって、それに合う日本酒という存在がすでにあって。だから、僕らはただこの土地を表現するワインをしっかり造って、そこに氷見の食材を使った新たな料理の発想や工夫が生まれて、それによって氷見らしい食文化をさらに豊かにしていきたい。既存のものに寄り添うというより、ワインが加わることによってもっと豊かになっていけばいいなと思っています」
“僕らはただしっかりとワインを造るだけ”。自然と真摯に向き合いながらワインを造ることだけに注力する、醸造家の思いが強く感じられます。氷見のワインと食材で作られる新しい食文化の基準、ぜひ今後注目していきたいと思わされます。
氷見の土地に合う、期待のブドウ品種「アルバリーニョ」
現在造られているワインの種類は約10種類。そのどれもが人気で常に品薄状態だそうですが、県外では入手が難しいものも多いとか。なかでも「アルバリーニョ」というブドウ品種を使った白ワインは、現在のところ、このワイナリー内のショップ以外では入手が難しい、希少なもの。
スペインの大西洋沿いに広がる、リアス・バイシャスというワイン産地で古くから栽培されているアルバリーニョ。海から数十キロメートル圏内、畑はほぼ標高200メートル以下の場所に広がり海からの湿気を含んだ風を受けながら育ちます。30年前まで、当地以外ではほとんど栽培されていなかった品種で、高貴なブドウ品種として知られるものです。現地でも、豊富な魚介料理と合わせて楽しまれる白ワインが造られています。
ここセイズファームでは2012年から栽培しており、今年で3回目の収穫。年々しっかりと根を張って、良い状態になってきているといいます。
「アルバリーニョの魅力は、ブドウが熟した時のブドウ自体の存在感、魅力が今栽培しているブドウのなかで一番高い点だと思っています。熟した時の糖度と酸度の上がり具合や、皮が厚くて病気になりにくいところも魅力。そういうことを総合的に考えると、この土地にもっとも向いている品種はアルバリーニョだと思います」(田向さん)
今のところ、アルバリーニョの生産量はまだ全体の3%程度で、数百本しか造られていません。今後は栽培面積も増やして、数千本単位を目指しているとか。日本ワインのファンであれば今、誰もが飲みたいと切望するセイズファームのアルバリーニョ。来年春以降、運がよければワイナリー内で出会えるかもしれません。
ボトルにも表現されるセイズファームの世界観
ちなみにミニマルで美しい世界観は、ワインのラベルやキャップにも表れています。白地のラベルにタイピングしたような文字で、商品名、製造年、生産者、生産地、内容量、生産本数のみが整然と書かれています。それはまるでデータ表で、色や絵柄は一切ありません。ボトルの口を広く覆うキャップシールもなく、先端がロウキャップで封じられているだけなのです。
「富山は全国でもワイン産地として決して有名な場所ではなく、ワイナリーを立ち上げた当初、どうしたら多くの人の手に取っていただけるかを試行錯誤しました。結果、ワイナリー全体の世界観をラベル含めたボトルの見た目にも、と考えてこのスタイルに行き着きました」(田向さん)
無駄なものは削ぎ落とされ、シンプルに洗練されたデザイン。まさにワイナリーの世界観、醸造家の思い、そしてワインの味わいが表現されているようです。
東京から約2時間、思い立ったら日帰りでも訪れることができるこの空間は、日々のライフスタイルをミニマルに見直すヒントを与えてくれるかもしれません。
Winery
SAYS FARM(セイズファーム)
住所:富山県氷見市余川字北山238
電話番号:0766-72-8288/090-7743-8288(レストラン予約専用)
営業時間:10:00〜17:00(ショップ・ギャラリー)/11:00〜14:30,15:00〜16:30L.O,17:30〜21:30(レストラン)
定休日:なし
撮影/泉山 美代子、取材・文/山田マミ