中学時代は卓球部に所属していた。でも、ほんとうは部活動なんてしたくなかった。はやく帰りたかった。
トレーニングと称して毎日、校舎のまわりをぐるぐると何周も走らされながら「こんなもん、将来生きていくうえで何の役に立つんだ。めんどくせ」と文句ばかり言っていた。不真面目な部員だったので上達しなかった。
陸上競技のメダリストが書いた本がある。題名は『負けを生かす技術』。これを読んだあと、部活動をもっとマジメにやっておけばよかったという気持ちにさせられた。実践するのは、いまからでも遅くない。
一流アスリートだけが知っている秘訣
本書『負けを生かす技術』の見どころは、以下のことばに集約されている。
失敗をたくさんし、相手をがっかりさせ、それでもその後に立ち上がる。そんな失敗の持つ本質的にポジティブな面が、プロセスとして自分の中に組み込まれていくと、そうしたプレッシャーはずいぶん違うものになる。
(『負けを生かす技術』から引用)
結果を出せない人は、上達するためには「負け」が必要ということを知らない。「負け」や「失敗」を過剰に恐れるから新しいことにチャレンジできず、三日坊主で投げ出してしまうからいつまでたっても上達しない。成果も出せない。
『負けを生かす技術』の著者は、為末大さん。オリンピック出場選手であり、世界陸上で2度も銅メダルを獲得している一流のアスリートだ。
たとえ現役時代を知らなくても、為末さんの発言はTwitterやFacebookなどでシェアされることが多いので、一度くらい見かけたことがあるかもしれない。北京オリンピック出場後に現役引退を表明した。現在は「走る哲学者」として活躍している。
負けるが勝ち
メダリストですら、何度も「負け」を経験している。
為末さんは、オリンピック初出場の試合で転倒してしまった。まさかの予選落ち。若いときに強烈な挫折を経験したからこそ「負けを生かすこと」を意識できたという。まさに「負けること」が、世界陸上メダリスト・為末大を作り上げたといってもよい。
超一流のスポーツ選手といえども、勝ちつづけることはできない。野球選手の打率は、たいてい4割に満たない。9つの金メダルを獲得しているカール・ルイスですら、オリンピックで「勝つ」ために、そのほかの競技大会ではあえて「負け」ていたという。
負けをマネジメントするのは「勝つ」ためであり、なによりも「ふたたび勝つ」ためだ。いちど勝つだけなら難しくない。まぐれやラッキーがあるからだ。だが、勝ちつづけることは難しい。お笑い芸人やミュージシャンに一発屋が多いことでもわかる。
負けなければ、勝ちつづけられない。禅問答のようだが、つねに勝負をせまられるアスリートだからこそ至ることができた境地なのだろう。日本選手権で数えきれないほどの連覇を果たし、世界陸上で2度も銅メダルを獲得している為末さんだからこそ説得力がある。「走る哲学者」と呼ばれるゆえんだ。
負けてなんぼの人生だ
新規開拓をになう営業部員には、体育会系出身者が向いているといわれる。体力があるし、過酷な練習に慣れているからストレス耐性が高い。さらに付け加えるなら、スポーツを通じて「負けの生かし方」を体得していることも無関係ではないだろう。本書を読んで納得した。
「負けを生かす技術」を知っていれば、人生はもっとうまくいくような気がする。為末さんは元アスリートの経験を活かして、それを一生かけて広めようとしている。現在おこなっている精力的な著述活動やツイートは、その一環なのだろう。
為末さんのように「スポーツが生きるうえでどのように役立つか?」を具体的に語ってくれるなら、スポーツの効用を理解しやすくなる。日本人スポーツ選手には、引退後にもっと自分語りをしてほしい。
(文:忌川タツヤ)
【文献紹介】
負けを生かす技術
著者:為末大(著)
出版社:朝日文庫
負けや失敗を避けるあまりに失うものがある。勝敗が生活に直結する過酷な世界で、25年間のアスリート人生を終えた“走る哲学者”が語る生き方。急増する「周囲からの評価に過敏になって萎縮する若いビジネスパーソン」に贈る一冊。