『字のないはがき』(向田邦子・原作、角田光代・文、西 加奈子・絵/小学館・刊)は、驚くべき絵本だ。
向田邦子の原作を角田光代が文章化し、それに西加奈子が挿絵を描いている。この3人の組み合わせは、ほとんど奇跡というべきではないだろうか?
向田邦子はすでに故人であり、原作者とはいえ、相談したり同意を得たりはすることはできない。それなのに、まるで顔をつきあわせて打ち合わせを繰り返したかのように、三人の才能が一冊の本にまとまっている。
原作者・向田邦子について
原作となった「字のない葉書」は、向田邦子のエッセイ集『眠る盃』に登場するエッセイだ。よく知られているように、向田邦子は、戦争に翻弄されながらも必死に生きる家族との思い出を綴った作品を残している。その中でも“ちいさないもうと”の話は胸を打つものとして名高い。
彼女は1929年生まれ。 脚本家として活躍し「寺内貫太郎一家」や「阿修羅のごとく」など、人気テレビ番組の脚本を数多く書いた。抜群に面白い作品ばかりで私もテレビにかじりついて見たものだ。
売れっ子脚本家として一時代を築く一方で、エッセイや小説の世界でも活躍し、1980年に「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」などの短編連作で直木賞を受賞した。
それなのに、翌年、取材で出かけた台湾で飛行機事故に遭い、突如この世を去ってしまった。
このニュースを知ったときの衝撃を今も忘れられない。もっともっとたくさんの作品を生み出すはずだったろうに……。まさにこれからというときだったのに……。なぜ? どうしてこんなに早く……と、知り合いでもないのに、私はがっかりしてしまい、しばらくは彼女の本を手に取ることもできなかった。
向田邦子ファンだったという角田光代
『字のないはがき』で文章を担当した角田光代は、向田邦子のファンだという。彼女は1967年生まれだというから、向田邦子が亡くなったときまだ中学生だったはずだ。
今さら説明するまでもないが、角田光代は『幸福な遊戯』でデビューし、海燕新人文化賞を受賞した才能あふれる作家である。その後も優れた小説を次々と発表し、2005年に『対岸の彼女』で直木賞を受賞した。さらに、快進撃は続いていて『ロック母』では川端康成文学賞を、『八日目の蝉』では中央公論文芸賞を受賞するなど、小説を書くために生まれてきたように見える。
そんな角田光代だが『字のない葉書』を『字のないはがき』として出版するにあたって重圧を感じたという。大好きな向田邦子作品だけに、悩んだのだろう。
けれども彼女は逃げなかった。なんとしても自分がやろうと思い直した。おかげで、小さな子どもも読むことができる絵本が完成した。これは素敵なことだと思う。
西加奈子の描く向田ワールド
角田光代の勇気は、もう一つの奇跡を起こしたようだ。
挿絵を担当したのは、これまた売れっ子の作家西加奈子なのだ。彼女は文章だけではなく絵画にも才能を発揮しており、これまでも個展を開催したり本の装丁をするなど、幅広い活躍をみせている。
イランのテヘランで生まれ、エジプトのカイロで育ち、その後、大阪で暮らした西は、文章でも絵画でも独特な色彩を感じさせる作品を創る。
『字のないはがき』の中で、西加奈子は作家としての顔は見せようとはせず、ひたすらに絵で語りかけてくる。
わたしのかぞくは 六人。
きびしくて、おこるとこわいおとうさん。
いつも しずかなおかあさん(『字のないはがき』より抜粋)
角田の文章に沿いながら、西は「かぞく」を下駄の絵で示す。
律儀に並んだ六組の下駄。一番右は大きくてごつい青い鼻緒の下駄。おとうさんのものだ。隣が紫色で細めのもの。これはおかあさん。そして、段々と小さくて可愛いものになっていく。まさに六人家族がきっちりと並んでいるようで、思わずにっこりしてしまう。
そんな穏やかな家族の生活に変化が訪れる。ちいさな妹が疎開することになるのだ。すると、一番小さな赤い鼻緒の下駄が消え、ぽっかりと穴があいたように空間ができる。疎開とは、喪失とは、こういうことを示すのかと思わせる絵だ。
3人が集まって……
家族で身を寄せ合い、戦い、生き抜いた向田邦子。彼女の思いがつまったエッセイをわかりやすく、子どもにもわかるように書いた角田光代。二人の思いを絵画として結実させた西加奈子。
3人の直木賞作家が作り上げた『字のないはがき』は、時を越えたコラボレーションとなって私達に迫ってくる。きっと向田邦子も「あら、やるじゃない」と、ニコニコしながら眺めていることだろう。
令和のお盆にふさわしい「新作」、そんな気がしてならない。
【書籍紹介】
字のないてがみ
著者:向田邦子(原作)、角田光代(文)、西 加奈子(絵)
発行:小学館
何度読んでも泣けてしまう…。教科書にものっている名エッセイが絵本になりました。向田邦子さん作品のなかでも、とりわけ愛され続ける名作「字のない葉書」は、戦争中の向田さん一家のちいさな妹と、いつもはこわいけれど愛情の深いお父さんのエピソードを綴った感動の実話。お子さまとぜひ語り合ってください。
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