中国などで盛大に祝う春節。この旧正月が中国国内の経済に与える効果はとても大きく、2019年の小売・飲食業の売り上げは前年比8.5%増の約16兆2000億円規模に達しました。
しかし今年は、中国湖北省の武漢市を中心に猛威を振るっている新型コロナウイルスが経済にも影響を与えており、例年のような経済効果につながらないことが明らかになりつつあります。中国財政省は感染緊急対策費用を最初の湖北省から各地に広げて、感染拡大防止や公衆衛生サービスの対策費用として約603億元(約9000億円)を拠出し、早期の封じ込めに打って出ました。
武漢市から500万人が移動、待機・隔離要請は国内全域に
春節は一大イベントであるため、準備段階など前後の期間を入れると1か月近くに及びます。例年は正月前後の経済効果に関する報告が上がっていましたが、今年のデータは準備段階の数値にとどまっています。武漢市当局による1月22日の封鎖令によって、正月期間中とこれからの経済動向には大きな変化が生じると予想されます。
湖北省や武漢市当局は1月26日、春節や新型コロナウイルスの感染を避けるため、すでに500万人以上が武漢市を離れたと発表。中国の航空便統計サイト「Flight Master」によると、2019年12月30日~2020年1月22日に武漢市から出発した航空便の行き先は国内線では北京、広州、成都がもっとも多く、国際線ではタイ、シンガポール、日本(東京)の順になっています。
中国政府は感染拡大を防ぐために封鎖令を湖北省全域に広げ、国内の人々に対しても外出や不要な集まりなどをできるだけ控えるよう呼びかけ続けています。感染者の拡大に伴い、人々も自宅で過ごさざるを得ない状況となり、隔離状態を余儀なくされています。
中国全土にも及ぶ足止め対策により、国民にストレスが溜まることは想像に難くありませんが、このウイルスがいつ収束するのでしょうか? そんなこと予想できないという意見もありますが、研究者たちは調査を続けています。中国における技術分野の最高研究機関である中国工程院の院士で呼吸器疾患専門医の鍾南山(しょう・なんざん)氏は、1月28日に新華社のインタビューに応じ、「新型コロナウイルスによる肺炎の感染は今後7~10日前後でピークを迎え、その後は大規模な増加はない」と述べました。絶対的な予測は難しいと断わったうえでの見解ではあるものの、人々からは安堵の声も聞こえています。
ゲームや映画などのエンターテイメントにニーズ
これまでも新種ウイルスの猛威は、人々の意識や暮らし、ビジネスなどに大きな変化を及ぼしてきました。例えば、2003年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の際には、その拡大がネット通販などオンラインビジネスの急速な発展につながったのです。今回の新型コロナウイルスの拡大も中国経済に大きな打撃を与える一方で、人々の意識や行動の変化を後押しし、新たなビジネスモデルを生み出す可能性があります。
新型コロナウイルス拡大の影響を受け、上海のディズニーランドをはじめ中国各地の有名な観光地も相次いで営業停止を決めました。また、武漢市を離れた人以外は自宅やホテルなどで足止めされ、室内での滞在時間が長くなったことで、ゲームへの需要が大幅に増えたと言われています。「Honor of Kings」や「平和エリート」「陰陽師」など人気ゲームに費やす時間が記録的に拡大し、これらゲームを運営する企業に大きな収益をもたらしている模様。
映画館も営業停止となったため、春節期間における興業市場も大きな打撃を受けていますが、そんななかで「囧媽(Lost in Russia)」というコメディシリーズの映画がネットでの無料公開に踏み切りました。この動きは、隔離され時間を持て余す人々に娯楽を提供すると同時に、新たなビジネス展開を模索していると見られます。無料公開という大胆な試みをした背景には、人気YouTuberなどが手掛ける少し長めの動画や、15秒程度のショートムービー「TikTok」などの存在があり、それらを意識していたと考えられるでしょう。
インターネット環境さえ整っていればスマートフォンなどで娯楽を享受できるという意識の変化は、テクノロジーの発展とともに定着しつつあります。また、新型コロナウイルスの発生でオンライン講座なども密かに人気を博しており、一般的な店舗型の教育事業者も営業施策として受け入れているほど。今後の市場規模拡大が予想されます。
フードデリバリー事業者が病院からの注文を断るなど、感染への恐怖は市民生活のいろいろな場所で見られますが、この試練に対して創造的に挑むことも不可能ではありません。5G環境の広がりもあり、国内ではすでにフードデリバリー市場にとどまらず、ドローン活用を含む無人配達を積極的に展開しようとしている宅配事業者や企業が増えています。人々の隔離は国内外の経済に打撃を与えますが、同時にこれまで躊躇していたテクノロジーやビジネスモデルが注目されるようになれば、経済や社会の発展につながることでしょう。
新型コロナウイルスは中国の経済成長をさらに失速させるかもしれませんが、日本にとってもこの災禍は決して対岸の火事ではないでしょう。ウイルスの予防はもちろんですが、創造力や建設的な思考も求められています。