世界中で海外旅行が控えられているなか、観光業界では国内旅行が重要になっています。観光立国・イタリアも内需を喚起しようとしていますが、ソーシャルディスタンスが基本となった現在、観光地は新型コロナ対策に頭を悩ましています。しかし、そんななかで気を吐いているのが「アグリトゥーリズモ」と呼ばれる形態のホテル。ポストコロナの時代において、アグリトゥーリズモは観光業の支柱となるかもしれません。
「イタリア国内で過ごしましょう」
日本人の間でも安定した人気を誇る観光地イタリアは、イタリア政府のキャンペーンも功を奏し、2014年から順調に観光客数を伸ばしてきました。2018年に海外からイタリアを訪れた観光客数はおよそ4億3000万人で、そのインバウンド消費はイタリア経済にとって重要です。
中国と並び、イタリアはユネスコの世界遺産の数が世界第1位。文化的な魅力に加え、夏のバカンスシーズンには南欧の灼熱の太陽を求めて、ドイツや英国、北欧の富裕層が大挙して南下してくるのが普通の光景でした。ただ、今年はどう考えてもその可能性は低いというのが衆目の一致したところで、そうなると業界が頼るのは内需ということになります。
巧みな言葉遣いでコロナ危機を国民とともに乗り切ってきたコンテ首相は、この夏のバカンスは「イタリア国内で過ごしましょう」と呼び掛けています。もちろん感染予防が第一の理由ですが、国内の富裕層に国内でお金を使ってほしいという狙いもあるでしょう。
イタリア政府は、所得が低い家庭には国内で消費できるバカンス・ボーナスを支給するとまで発表していますが、この動きを理解するには、夏のバカンスが慣習化している欧米では否応なしに企業が休業に入ってしまうという事情も考慮しないといけません。
そもそも、欧州におけるバカンスの趣旨は、1か所に腰を落ち着けて閑暇を堪能することにあります。日本のツアーのように各地の観光地を巡るということはまれで、海や山などの大自然の中で目的もなくリラックスするのが理想とされているのです。
特にイタリア人は、バカンスシーズンはローマやフィレンツェの街は観光客に明け渡し、海や山に向かうのが一般的。この傾向はポストコロナの今年も変わらないでしょう。ただ、イタリア人がこよなく愛する海は、シャワールームや更衣室など、「密」による感染面での心配が高く、人々が押し寄せる人気の砂浜も同様に密の状態が安易に生まれてしまう可能性もあります。
そこで注目したいのが、アグリトゥーリズモ。基本的にアグリトゥーリズモは、農家や酪農家が敷地の一角を客に開放し、自家製の食材やワインを提供するというサービスです。そのため、田舎や山の一軒家がその大半を占め、事業形態はほぼファミリービジネスとなっています。客室数が少ないうえ、敷地も広大であるため、ソーシャルディスタンスを保つことがとても容易なのです。
都会の喧騒からほど遠い一軒家のアグリトゥーリズモには、どうしてもクルマを使い少人数で赴く必要があります。旅の移動で公共交通機関を使用しなければ、新型コロナに感染する可能性はさらに低くなるというメリットもあるわけですね。
長期滞在しても安価。キャンピングカーもOK
もともとアグリトゥーリズモには、さまざまな利点がありました。まずは、都会の洗練されたサービスとは異なる営業形態であるため、長期滞在をしても価格が抑えられるという点。提供される食事もイタリアでは「カザレッチョ」と呼ばれる田舎風の素朴なもので、ファミリービジネスが大半のため、大抵はその家のマンマが作ってくれるものが提供されます。
規模が大きいアグリトゥーリズモになると、週末に大自然を目指してやってくる人たちに向けたレストランを兼業している場合もありますが、いずれにしても敷地は広いため、街のレストランに比べるとソーシャルディスタンスは安易に保てます。
家畜の動物がいたり森があったり、家族連れでも時間つぶしに困ることはありません。長期滞在であれば、ここを拠点に近くの町や海などを訪問することも可能で、その日の気分でバカンスを楽しめるわけです。
家庭の経済的事情によってはアグリトゥーリズモの部屋を予約することが難しいこともありますが、そのようなときは敷地の一部をキャンプ場として開放しているアグリトゥーリズモを探すという選択肢もあります。
例えば、キャンピングカー族向けにサービスを提供する「Agricamper Italia」では、同社が契約するキャンプ可能なアグリトゥーリズモを網羅的に紹介していますが、そこでキャンプした客は、アグリトゥーリズモが生産・販売している物品を購入するという形で現地にお金を落としています。
ワインに特化した「エノトゥーリズモ」はさらに人気
農家や酪農家が多いアグリトゥーリズモですが、特に人気を誇るのがワインに特化した「エノトゥーリズモ」というカテゴリー。ブドウの木で覆われた丘陵地帯は心が洗われるような美しさがあり、北イタリアのランゲ地方は歴史的・文化的価値も認められて、ユネスコの世界遺産となっています。
ランゲほど高名でなくてもイタリアには著名なブドウの銘柄が数多くあり、各地でエノトゥーリズモが展開されています。新鮮な農産物やチーズを食べることができるアグリトゥーリズモも魅力は多いのですが、それがワインともなればイタリア人ならずとも盛り上がります。
ワインに合わせて美味しい料理が楽しめるバカンスともなれば、ワイン好きの人の満足度もより高くなります。エノツゥーリズモ業界も2020年夏のバカンスには大いに期待しており、ブドウ畑内をトレッキングしてロックダウン中のささくれだった心を癒す、というプランも進行中だそうです。
自然への回帰が進むといわれるポストコロナの時代では、バカンスの過ごし方も以前と変わる可能性があります。大自然のなかに佇むこうした宿泊形態が、今後は観光業の支柱となるかもしれません。